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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
三学期/結局二人は変わらない?
220/225

200.バースデープレゼント

「個人的に」

「うん」

「リベンジ……したいことがあって」

 さっきとは違う路線を使って二人の家の方向に六割方戻った辺りで。

 並んで初夏のころに乗った観覧車を見上げる。

「勿論、桃香が高いところちょっと苦手なのはわかってるから……」

「はやくん」

「!」

「もちろん、手を繋いでてくれるよね」

 笑顔で二回、そうしている手を握られる。

「当たり前だよ」




「えへへ……」

「どうした?」

「この前と違って、ちゃーんとはやくんとお付き合いしてるんだよね、って思ったら、ね?」

 手を繋いだまま、完全に力を抜いてもたれかかってくる甘い香りに確かにその通りだな、と頷く代わりに軽く頭をぶつけ返す。

 正確には体格差から頬を額の辺りに、になってしまうけれど。

「じゃあ、この前は何だったんだ?」

「あの時はまだ、仲良しの幼馴染」

 笑いを含んだ隼人の声に、こちらはもう完全に笑い声の桃香が答える。

「だって、あの頃はね」

「ん?」

「はやくん、とっても優しかったけど……あんまり甘えさせてはくれなかったもの」

「そりゃあ……その」

 一瞬だけ言葉を探してから。

「体裁とか、諸々……あるし、それこそ付き合っていたわけじゃないし」

「そういうものなの?」

「そういうものというか、何より……」

「何より?」

「こんな素敵で可愛い女の子に幼馴染ってだけで恋人になって貰っていいものかどうか迷う気持ちはあった」

 あの頃の苦みを持った味を吐き出せば。

「なっちゃったね」

「そりゃ……思うことはあっただけで、桃香が好きなのは間違いなかったし、彼女にしたかったし」

「えへへ、そう?」

「そうだよ……その、それでも抑えきれては無かったと思うし」

「そだね」

 くすくすと笑いながら桃香が空いた手で鼻先を突いて来る。

「だいじょうぶ」

「うん?」

「この一年だけで、はやくんはわたしが知ってる中でいちばんすてきな男の子」

 心からの歓喜を噛みしめながら、可能な限り冷静に返す。

「……ありがとな」

「それでね」

「?」

「昔からの分と合わせて、今たいへんなことになっちゃってるよ?」

「……確かに」

 思い返す桃香のしてきた細々に、納得しかできない。

「でしょ?」

「何でそんなに自信満々なんだよ」

「ゆるぎない事実だからだね」

 えっへん、と胸を張った桃香が……一転小声で囁いて来る。

「だいすきです」

「……!」

「えへへ……」

 してやったりの顔の肩を捕まえ引き寄せて耳元に返す。

「くすぐったいよ」

「俺も、好きだよ」

「うん!」




「ええと、それで、なんだけど」

「うん」

「あの時桃香が言ってたけど……頂上がタイミング、ってことでいいか?」

「タイミング……?」

 一瞬、首を傾げたけれどすぐに思い出した様子で。

 心得たように瞼を閉じて軽く見上げ気味の角度になってくれる。

「えへへ……」

「ん?」

「はやくんがじょうずになってる気がしたの」

「まあ、何というか……回数をしたし」

「いっぱいしたね」

 身を寄せ合った時の高さなどを割と把握し始めている自覚はある。

 あとは呼吸の合わせ方等も。

「でも、まだまだこれからも、したい……と思ってる」

「さっきそういう約束しちゃったもんね」

 ご満悦の表情の桃香がそこからへにゃりと笑う。

「リベンジ、ってこれでよかった?」

「まあ、うん」

 ほっと一息ついでに、ポロリと一言零れる。

「一応、その、あの時しなかったのは間違いじゃないとは思うけど少しは気にしてたし」

「わたしも、テレビで観覧車見るたびにちょっと思い出してたかも」

「……ごめん」

「でも、今度からはさっきのはやくんのこと思い出すから」

「それはそれでどうなんだ……」

「別にいいでしょ?」

 今更ながら気恥ずかしさに苦笑いするけれど、桃香は意に介さず満足そうな笑みを浮かべる。

「つまりね」

「ん」

「素敵な誕生日デートだったね、ってことだよ」




「ほんと」

「うん?」

「素敵な時間ってあっという間」

 それから一時間かけて最寄り駅まで戻って……駅からの人もまばらになるころ桃香が呟く。

「なら、少しだけれど」

「?」

「回り道して、帰ろうか」

「うん」

 万が一も考えて余裕を持たせた帰宅時間は定刻通りで、その余裕で少しでも一緒に居たい気持ちから指で公園の方を示せば、即座に頷いて同意をくれる。

「ほんとは、まだまだ帰りたくないけど」

「その、大切な娘さんを預かっているから、そこは良い子で頼むよ」

「はーい」

 不満とその物言いを面白がっているのが半々くらいで感じられる声。

 それはそれでおかしかったけれど、もう少しご機嫌な響きを聞きたくてほんの少し話題を変える。

「今日は、満足して貰えたか?」

「もちろん」

 そう言ってくれることがほとんど分かっていたのに聞くのはズルかったよな、と思いつつも……その言葉に心の底から満たされるのを感じる。

「ふたりっきり水族館はのんびり回れたし、観覧車の思い出は上書きしてくれたし」

「まあ、うん」

「あとは……」

 いつもは立てている人差し指を曲げた形で鍵のように示して。

「予約の予約、されちゃったしね」

「いや、まあ」

 否定する気などさらさらないけれど、若干の言い淀みも見逃してくれない。

「ね?」

「した、けど」

 その瞬間、絡めている指同士のうち自分の中指と薬指で挟んでいる部分を意識したりもしながら。

「はやくん、知ってる?」

「何を?」

「わたし、小さいころはやちゃんとバイバイするのがすっごく嫌だったの」

「……よく、覚えてるよ」

 半べそで服の袖やら裾やらを放して貰えなかったことを思い出す。

「それでね」

 さっき鍵の形をさせた指をピンと伸ばして口元に添えながら。

「実はいまでもすっごくさみしくなるから、苦手」

「……一応、基本すぐそこにいるけどな」

「でもね、そのうちその必要をなくしてくれるんでしょ?」

「それは、そ……」

 当たり前だろうと言い掛けて……うっかりその様を想像する。

「はやくん?」

「いや、その……それってさ」

「うん」

「すごいこと、だよな」

「だよねっ!」

 勢い込んで見上げる動作に街灯の光が完璧な角度で差し込んで笑顔が輝く。

 また、その場合、日によっては桃香が出迎えてくれるというケースも当然有り得ることにも気づいてしまっていた。

「だからね」

「ああ」

「それがわたしがはやくんのお嫁さんになりたい理由の三割くらいだから、うれしいな、って」

「俺も、今まで以上に一緒に居れるのは嬉しいよ」

「えへへ……じゃなくって!」

 蕩けた頬を一転膨らませて繋いでいない方の手で太ももあたりを軽くペチペチと叩かれる。

「あ、あのね」

「ああ」

「か、かわ……いい彼女がそう言った残りの七割、気にならないの?」

「確かに俺の彼女はすごく……世界で一番可愛いけれど」

 流石に自分でそう言うのはちょっと躊躇うのか、と納得しながら……むしろ桃香がそうなっているとするりと口にできる自分の天邪鬼ぶりに内心苦笑いする。

「も、もー……」

「その、気になるかと言われれば、だけどな」

「うん」

「幾ら俺でも桃香にずっとこうしていてもらっているからわかるというか、俺の十割ときっと同じだから」

「そう?」

 じゃあ教えて? と言ってくる瞳に頷いて応える。

「大好きで幸せだからずっと一緒にいたい」

「えへへ……いっしょだったね」

「ああ……特に」

「?」

「付き合ってもらってから二ヶ月くらいではあるけど、毎日すごく実感できたから……昔約束した通り、予約の予約、させて貰ったよ」

 限りなくスローペースになっていた足を止めて、公園の七夕の日話をしたベンチの前で。

「覚えててくれたんだよね」

「当たり前だろ」

 六年……いや、もう七年前になる約束。

 そうできる年齢になるまでに帰って来るから、まずは恋人から、と。

「ずっと桃香が一番だったよ」

「えへへ、わたしも」




「あらためて、すっごい誕生日プレゼント、もらっちゃったね」




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