199.予約の予約。
「少し上るけど、大丈夫か?」
「う、うん」
五分ほどで階段の下に辿り着き、少し息が上がりかけている桃香を振り返ってから我に返る。
「ごめん、スピード速かったな」
「う、ううん……だいじょうぶだよ」
びっくりしちゃったけど、という桃香が小声で続ける。
「それに、ちょっと、よかったし」
「何が?」
「強引なはやくん」
「……悪かった」
「だから、よかったのに」
逆に頬を膨らませられてしまいながら……ああ、これを教室で言われたらまた大変なことになるやつだ、と先程の衝動による行いを反省する。
ただ、そこで冷静になるのも……いや、なれるのも違うかもしれないけれど。
「でも、だんだん混んできてるね」
「そうだな」
息を整え終えて桃香が尋ねてくる。
「有名な所、なの?」
「まあ、その……」
「?」
「行ってみれば、わかる」
「えっと、これって」
「ん」
反省を活かしゆっくりと上がり切った先で。
フェンスに所狭しと掛けられている南京錠に目を丸くしている桃香の手を引きながら販売機で同じものを購入する。
「これって、鍵をかけて誓っちゃうの、だよね」
そんな確認に頷いて。
「その、桃香さえよければ」
展望台の中でも比較的人の少ない方に誘導しながら、提案する。
「予約の予約的なことを……させて貰えればな、と思って」
「えっと……」
隼人の左手に乗っている錠に触りながら頬を染めている桃香に確認される。
「その、はやくんが言ってる、ただの予約は……何になるのかな」
「それは、その……」
一度息を吸ってから、意を決して。
桃香の左手をそっと取りながら。
「桃香のお父さんお母さんにもう一度許しを貰う前に……桃香のここに贈り物をさせて貰うこと、だけど」
「わ……」
動きを止める桃香に、釈明する。
「いや、その……流石に本番の予約をお願いするにはまだ早いというか、全然俺が若輩者過ぎてそういう訳にもいかないというか」
「……」
「勿論、話が飛びすぎているというか、恋人になってもらってまだ短いだろうというのも最もだから、その、保留でも全然構わないんだけど」
言葉以上に動悸が飛び出そうなくらい速まっているのを自覚しながらも、なお口を動かそうとしたところを。
「はやくん」
「ん……」
口先に触れてきた桃香の人差し指に止められる。
「むしろ」
「桃香?」
「わたしで、いいの?」
そんな問いかけに反射的に答える。
「桃香以外在り得ない」
その勢いにちょっと笑ってから、桃香が改めて微笑む。
「えへへ……そなの?」
「当たり前だろ……というか、桃香じゃないと駄目だ」
「うん、わたしもいっしょ」
錠を乗せていた隼人の手を上から握りながら、額が胸に軽く当たる。
「いっしょだね、はやくん」
「えっと、こうかな?」
「ああ」
一度、販売していた場所まで戻ってペンを借りてさっき砂浜にしたように二人で順番に名前を書いて。
「はやくんにお願いすればいいのかな?」
「いや、一緒にやろう」
「うん」
錠を渡そうとした仕草にそう提案して、にこやかに答えてくれた桃香の手に添えるようにして。
「ここにする?」
「ああ、それでいいよ」
「じゃあ……あ、ちょっと待って」
「ん?」
「はやくん、もうちょっとこっちに寄ってよ」
「わかった」
少し甘える色も混じった声に促されて身体を寄せる。
昔、スイカ割りで二人で棒を持って構えたことを思い出すような体勢。
「せーの」
全くスムーズにとはいかないけれど、二人の指でゆっくりと音をさせて錠を閉める。
「えへへ……」
「どうした?」
「嬉しいもん」
桃香の頭が、ぐりぐりと押し付けられる。
しばしの間そうした後、確かめるような呟きが聞こえた。
「永遠の愛……だって」
「まあ、そういう触れ込みらしいな」
精一杯素っ気なく返すも……そもそもこの場所に誘った時点で意図があったことはバレバレだった。
「その……」
「?」
「絶対に、ずっと桃香のことが一番好きだから……そういうことにはなるだろ」
「わ……」
隼人の上着の生地から、桃香がぱっと顔を上げる。
「えっと……」
「ああ」
「その、あ、愛の告白……みたいだね」
「いや、そのものだけどな」
無人という訳でもないけれど誰も他人のことなど気にしていない空間で、この際、と強めに踏み込む。
自分の言葉が良く聞こえないくらい心臓が跳ねていたけれど、珍しく余裕のない照れ方をする桃香に快いものを感じていない訳でもなかった。
「え、えっと……あのね」
「ん」
「わたしも……ずっとずっとはやくんがいちばん大好き」
「ありがとな」
そう言ってもたれかかってきた桃香の背中と腰に軽く手を回す。
そのくらいは、良い筈だった。
「え、えっと……」
「……ん」
「あ、こ、これはうれしかったから、だからね」
しばらく隼人の胸に埋もれてから、両目元を払って離れた桃香が泣き笑いの表情を見せてくれる。
「ありがとね、はやくん」
「ん」
「とってもすてきな誕生日プレゼント、もらっちゃった」
「よかった……」
もう一度額を胸に当ててきた桃香の後ろ髪に軽く指を通してから。
「その、俺も桃香から大切なものをあらためて貰えたと思う」
「うん」
言葉で確かめ合って。
そしてまたそのまま言葉の要らない時間を過ごした後。
「え、えっと……じゃあ、帰ろっか」
落ち着いて、やや冷静になった桃香がまだ赤い頬でそんなことを言ってくる。
「いや……それなんだけど」
「はやくん?」
「もう一か所、寄りたいところがあるんだけど……いいか?」




