193.ハプニング。
「あとは、お姉ちゃんたちに、かな?」
「そうだな」
班別行動も後半戦。
多少荷物が嵩張っても土産物を買う段階に進んでいる。
「そういえば、この前ベーカリーに行ったときに聞いたんだけど」
「ん? ああ」
「あそこのお姉さんの修学旅行は長崎で、やっぱりお土産はカステラだったみたい」
「まあ、だよな」
今朝方宿で必要分を集計した地元銘菓の用紙を思い浮かべる、事前に話題にした時は今はそんなシステムなのかと父が感心していた。
家族や知り合いは基本そちら(ちんすこう)で済ませたが……。
「彩お姉ちゃん、修学旅行でお土産別にくれたしね」
「ああ」
夏頃、そういった事情があったため二人で共同で買おうという相談だった。
「そうしたら、悠姉さんに無いと拗ねそうだしな」
「ね」
「……いっそ、さっきのTシャツの所で思い切り面白いのをお揃いで買おうかとも思ったんだけど」
「あはは……」
本人たちにはウケそうだし何のかんの着こなすだろうとほぼ確信できた、が……。
流石に本物のお嬢様にその所業に出るのは憚られ通常の土産物が並んでいるスペースを見ている次第だった。
「いっそのこと、木刀……にしちゃう?」
「いや、それはどうなんだ」
他の男子は隣の店が良い感じの品揃えだと蓮に先程引っ張られて行っていた。
他方、女子の面々はというと何処かに行くようなことも言っていなかったがいつの間にか姿が見えない。
多分、というか絶対に変に気を回されている。
「でも、何かお揃いっぽいのがいいかも」
「二人ともちょっと嫌な顔をしそうなところを含めてな」
「あはは」
ただ、変にとは思うものの。
「マグネット、とかいいかな?」
「観光名所とかのやつか?」
「それよりもシーサーとかいいかも」
桃香を独り占めしている時間はやっぱりいいと思ってしまう……元々十二分に独占している自覚も無論あるけれど。
「おーい、隼人」
「決まったかい?」
物としてはシーサーに決着した後、リアル系統かデフォルメかで議論を交わし二人がさっき買ったシャツが後者だったため、同じようにそちらにしてレジに向かうタイミングで友也と誠人が戻って来た。
「決めたけど……他の二人は?」
「まだ最後の吟味をしてるところなんだけど、グループで五千円超えるとおまけして貰えるみたいから隼人も何かあるかな? って」
「そうなんだ」
「あ、木刀とかだけじゃないから安心してくれ」
「それはわかってるよ」
そんな会話を隣で聞いていた桃香が声を掛けてくれる。
「一旦わたしがお会計しておくから、先に行ってみてたら?」
「そうか?」
「うん」
二人にさせて貰っちゃってたしね、といった表情で笑った桃香にじゃあそうしようかな、と頷く。
「出て右側、だっけ?」
「そうそう」
「じゃあ、そっちだから……迷子になるなよ?」
「ならないよ」
過保護だねぇ、と苦笑いする二人について店先を出る時にもう一度振り返るとレジの二番目になって丁度財布を取り出している桃香が目線を上げて手を振ってくれた。
ものの二、三分といったところかな? と思いながら外に出た。
「うん、流石にそれはいいかな」
「何でだよー」
「悪くは無いだろうが」
念願のアイテムを手にしている蓮や地名入りの派手なペナントを持っている勝利にちょっと自分のキャラとは違うな、と首と手を横に振る。
ほらやっぱり隼人はそう言うだろ? と笑う友也に頷きながら、そろそろ桃香が追い付いて来るかな……と入口の方に意識を遣った所、ふわりとした姿はまだ見えなくて。
「……?」
ただ、少々荒い声が聞こえて。
「ごめん」
「隼人?」
足早に店内を元来た方に戻った。
「!」
見知らぬ同年代か上の制服姿の男性三人の背中の向こう側に怯えた表情を見付けて。
外側から回り込むようにして桃香と三人の間に割って入る。
「何か……」
そのうちで一番大柄な茶髪が聞くに堪えない誘い文句を口にしながら桃香に伸ばそうとしていた手を払おうとして、後が厄介かと思い止まったものの……もう片方の手は迷いなく桃香の肩に回していた。
額に力が入っているのが自分でわかるくらい細まった視界で相手を睨み付けながら口から出た声は自分で驚くくらい低かった。
「俺の彼女に……何か用事が?」
明らかに腰が引けながらも、隼人一人と見て何かを口に出そうとした瞬間。
「念のため動画で撮らせてもらっているから……もう止しなさい」
その怒気の籠った言葉通りの体勢で花梨たちが歩道の向こうから駈け寄り。
「俺のダチに何をしようってんだ?」
「承知しねぇぞ」
さっきまで居た店舗からは勝利たちが飛び出してくるに至って、何やら捨て台詞を残して彼らは去って行った。
無論、耳に残す意味も無い言葉などは聞こえずに。
「大丈夫……だったか?」
「あ、うん!」
弾かれたように反応した桃香が、目元を一度擦ってからまだ少し震える声を出す。
「その、いそいではやくんのところ行かなきゃ……って思ったんだけど、何人もいて通せんぼされちゃって」
「ん……」
「ごめんね」
「桃香は悪くないだろ……というか、俺が離れたらいけなかった」
肩に回していた手は、一旦ゆっくりと離す形になっていたけれど。
自分の言葉の衝動に思わず両手を桃香の背中に回して抱き寄せてしまっていた。
「怖い思いさせて、ごめん」
「ううん、はやくんかっこよかった……し」
ああ、桃香の声がいつもに戻った……と心から安堵した、その次に。
「でも、あの、ね……」
「……?」
「ここ、お外」
「!?」
ふわふわな甘い声に珍しく少し混じった困惑に、我に返る。
慌てて手を離して二歩後退る。
「桃香! 大丈夫だった!?」
「ごめんね、私たちも離れちゃってて」
そうやって一旦開いた空間に美春や琴美が駆け寄って……そこは全く不快ではなかった。
いや、むしろどこか日常に戻ったようで安心して力が抜けたところで。
「吉野君カッコ良かったよ……啖呵切る所も、桃香を抱き締める所も」
「本当に、綾瀬さんのこと大切なんですね」
「流石桃香が選んだ人ね」
「あ、いや……その」
普段からそういうことはしない由佳子はともかくとして、からかいや面白がる色を全く見せずに心底感心したように絵里奈や花梨に言われ逆に戸惑う。
「桃香に指一本触れさせたくなかったし、桃香は泣きそうだったしで……つい」
戸惑いのまま、一体何を口走ったんだ……と思ったころには時すでに遅く。
「わ!」
「あら」
「吉野君ったら」
「ホントに桃香ラヴなんだから」
「でも、言うだけのことはあったわ」
「ご、ご馳走様です」
女子たちに遅れて隼人も口元を隠す仕草をすることになる、意味合いは少々異なったけれど。
そんな所に、去って行った方向を暫く睨んでいた男子も何故か全員が腕を組みながら合流する。
そこから手荒に何発も背中を叩いて来る動作に続いて。
「やるじゃん、隼人」
「男前、だったんじゃねぇか?」
「綾瀬さんのことで隼人に嫉妬している奴もアレを見せられたら黙るしかできないね」
「というか、あそこまでされたら多少綾瀬といちゃついてても文句は言えねぇな」
うんうん、と男女合流して頷く様に、さっきとは違う意味で血流が上がって来る。
「ちょ……ちょっと冷たいものでも飲んでくる」
「あらら」
「はいごゆっくり」
踵を返そうとした視界の端で、桃香の肩を琴美と絵里奈が押しているのが見えた。
「吉野君、忘れ物」
「ちゃんと見といてねー」
確かにそれはその通りか、と軽い足音が追い付くのを待つ。
「……離れちゃ、だめなんだよね?」
「……目の届く範囲で、くらいの意味だよ」
「手が届くくらい、がいいな」
「じゃあ、それで」
実際触れこそしないもののその言葉通りの距離で。
自由時間の残りは静かに散歩を、した。




