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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
一学期/幼馴染同士の距離がわからない?
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20.清涼飲料水

「うん、もう腫れてないね」

「だからそう言ってるんだって」

 朝一番、髪を上げて隼人の額をチェックする桃香に若干ぶっきらぼうな返答になる。

 隼人より低い桃香がそうしようとすると腕の長さを高さに還元する必要があるので当然髪や表情が近くなる。意識するなという方が無理なので視線も若干外しているのだが。

(やっぱりいい香りがする……)

 どう足掻いても逃げられない嗅覚から攻められる。

「痛かったりも、しない?」

「ほんの少しだけヒリヒリする程度」

 全く痛くない、と言おうかと思ったけれど見抜かれそうなので正直に答える。

 正直にしておかないとそうじゃないと分かったときに怒られそうだった。

『はやくん……』

 というか、怒られるならまだマシで昨日の激突直後のような泣きそうな顔を一番させたくない。

「んー……」

 そんな風に隼人が考えている間、桃香は桃香で隼人の額から頭のあたりを見ながら何かを思案しているようだった。

「どうかした?」

「飛んでけ、って……する?」

「しない」

「ちょっとだけ、ざんねん」

 くすっと笑って手を引っ込めた桃香が通常の位置に戻る。

 ほっとするような残念なような複雑な気持ちだった。

「じゃあ、行こうか」

「はーい」

 促して学校に向かって歩き始めようとした時。

 実は桃香が方向転換するときに髪先が揺れる様を見るのが自覚なく好きなのでそちらに視線をやっていた隼人が少しだけ違和感を覚えた。

「今日って何か特別に持参するものあったっけ?」

「え? 特にないと思うけど」

「そうか」

 どうして、と表情に書いた桃香に理由を告げる。

「何だか今日、桃香の鞄が大きい気がする」

「あ」

 言われた桃香が右肩に掛けたバックをぽんぽんと二回叩いた。

「これはわたしが持っていきたいものだから大丈夫だよ」

「そっか」

 にっこり笑って歩き出した桃香が数歩歩いてから隼人の手の甲を軽く突いた。

「あとでちょっとだけつないでいい?」

「ん」

 商店街を抜けて学校が近付くまでの人通りの少ない間。

 それが主に隼人の羞恥心にとっての妥協点だった。

「えへ」

 少しだけ桃香のペースが上がる。

 早くそこまで行こう、ということらしかった。




 放課後。

「はやくん、帰ろ?」

「わかった」

 席を立って部活に行く友也と鞄を整理している勝利に「じゃあまた明日」と声を掛ければ。

「じゃあね」

「おう」

 と返された。もう既に桃香と一緒ということに触れられもしない。

 一応流れで気になったので美春たちの方をちらっと見ればあちらはニヤニヤと笑って早く行けとジェスチャーされる。

「今日はどっちの家もお手伝いないって聞いてるから」

 どちらも家族経営の自営業のため高校生ともなれば立派な労働力の側面もある。

「いつの間に」

「えへへ」

 桃香が人差し指を立てて提案する。

「ちょっと寄り道、どうかな?」

「いいけど、何か買い物?」

「ちがうよ」

 あとはないしょ、と笑って、辿り着いた下駄箱からスニーカーを出す。

 いつもの通学靴とは違うことにここで初めて気が付いた。




「ここだよ~」

 着くまでに事務所でボールを借りた時点で気付いてはいたが、引っ張ってこられたのは運動公園内にある野外のバスケットゴールだった。

 先日連休中に通ったときは二グループほどが使っていたが今日は平日の夕方で、事前申請が必要なここにはまだ人はいない模様だった。

「練習、しようって?」

「わたしも球技大会はバスケットボールだし」

 近くの物置代わりに使えるベンチに鞄を置いた後、ブレザーを脱いでその上に畳んだ桃香が隼人にボールを投げる。

 案外しっかりしたパスだった。

「それに練習じゃなくてね」

 右手を高くつき上げ宣言する。

「特訓、だよ!」

 光の加減で白い長袖シャツから透けた女の子の腕に少し頬を熱くしながら、隼人は頷いて自分の鞄とブレザーを桃香のものの隣に置いた。




「まあ、そうはいってもただのシュート練習なんだけどね」

「それは仕方ないって」

 二人では出来ることも限られている。

 桃香が放ったシュートが惜しくもリングに嫌われた、それを空中でキャッチして桃香に戻しながら隼人は続ける。

「でも、手をボールに慣らしたり、この場所からなら入れられるとか把握するだけでも充分ためになると思う」

「なんだかできる人みたいに言ってる!」

「実際は下手でごめん!」

 お互い軽口なのはわかっているので笑いながら言い合っている。今度のシュートは二回リングの内側に当たりながらもネットを通って落ちてきた。

 それを十回ほど繰り返した後、今度は桃香がシュートではなくてパスを投げてそのまま隼人がシュートを試みる、という流れにも挑戦する。

「入らないなぁ……」

「ファイトファイト」

 励まされながらももう何度かしているうちに、流石に息が上がってくる。

「ね、はやくん」

「うん?」

「ネクタイ、とったら?」

「あ」

 首元がこれなら苦しいか、と苦笑いして桃香にタイムのジェスチャーをして学校指定のそれを解いて荷物の上に置いた。

 ついでにシャツの首元のボタンも一つ外して襟元を開く。

「桃香?」

 そんな動作を、何故か注目している桃香にどうして? という意味を込めて問いかけたが。

「好みって人がいるのがわかる気がするな、って」

「?」

 手を放して自由落下し反発して戻ってくるボールを掴む動作をしながら、意味深に言われるのみだった。




 そんな風に脱線やら交代やらをしながら三〇分弱。

「冗談はともかく始めたときより入るようになってきてる」

「そう? だったらいいな」

 投げ返したボールをしっかりキャッチして、それからフォームを確かめながらもう一度シュートを。

「やった!」

 その軌道は真っ直ぐネットの真ん中を抜けて下に待機する隼人の方に落ちてきた。

「いい感じに決まったところでそろそろ終わろうか?」

「そうだね」

 ここでこっちも上手くできればな、と手で遊んでいたボールを指先で回そうと挑戦するもあえなく地面に落下しそれを追いかける羽目になる。

 回収して二人の荷物を置いていたベンチのところに戻れば、先に着いて後ろ手に何かを持っていた桃香が笑顔でそれを隼人に差し出した。

「はい、はやくん、おつかれさま」

「!」

 少々不意を突かれてその白いタオルを受け取れずにいると桃香が小首を傾げる。

「こういうときってやっぱり『せんぱい』とかがよかった?」

「思いっ切り同級生で一年生だけど」

 苦笑いと共に少し腕が解れ、受け取って軽く額に浮いた汗を拭く。

 タオルは桃香本人程でないけれど同系統のいい香りがして柔らかかった。

「はやくんのためだけなら、マネージャーっていうのも楽しそうだけどね」

「それは……そういうわけにはいかないんじゃないか」

「うん、だから今日はいいチャンスかな、って」

 にこりと笑って今度はスポーツドリンクのペットボトルが差し出された。

「ありがとう」

「うーん、ここは『サンキュー』とかがそれっぽい?」

「え? こっちもやるのか?」

「でも、はやくんならさっきのほうがらしいかもね」

 くすくす笑ってから荷物をまとめてファスナーを閉じた桃香の鞄を、一足先に隼人が持ち上げた。

「はやくん?」

「今日、重かっただろうし」

「そんなでもなかったけど」

 自分の荷物を背中に回した後、桃香の荷物を肩にかける。

「その、ちょっとしたお礼ということで」

「うん、じゃあお言葉に甘えて」

 忘れ物がないかを確認してから、ボールの返却にまずは公園事務所に向かって歩き始める。

「それで、えっとね」

「うん?」

「もうひとつ、あまえちゃっていい?」

 ボールだけを持って隣を歩く桃香が聞いて来る。

「返しちゃったら、わたしの手、さみしくなるんだけど」

 期待寄りの表情で言われたその言葉に、空いている方の手を開きながら笑い返した。


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