189.How to ?
「隼人」
「うん」
「すごく連続で着信してるっぽいけど」
「気づいてはいるよ」
言いながら、本日の宿泊先の部屋で正面に座っている人物を伺う。
「こっちが時間都合して貰ってるんだから、どうぞ」
「ごめん、ありがとう」
じゃあ失礼して、とスマホを手に取って……どうせ彼女からだろ? と言いたげな友也たちに聞かせるようにして口にする。
「滝澤さんたちから、だ」
一応その括り方をすればメッセージの七割を占めているのが桃香でも完全に嘘では、無い。
「何って?」
「ええと……その、迫力のある人に絡まれていたけど、大丈夫か? みたいな感じだね」
なお、心配してくれているのは桃香と由佳子だけで美春や絵里奈は完全に面白がっているのが文面から滲み出ていた。
「……」
「まあ、そうなるよね」
「夕食後突然肩掴んで面貸せや? だしな」
「いや、そこまで乱暴では無かったよ?」
愉快そうに笑う友也にニヤリと続いた勝利の言い回しを流石に訂正してから、何にも問題ないと返信しつつ、改めて確認する。
「えっと、それでどのようなご用件でしょうか、根岸君」
「ああ、それなんだが……」
春先の球技大会で多少ご縁があり、今日の夕食会場で蓮と誠人経由で話し掛けてきた大柄なスポーツ刈りの強面男子が隼人の前で真剣な表情で口を開く。
「吉野って……その、付き合っている相手、居るよな?」
「……へっ?」
今まで接点といえば球技大会と体育祭のリレー、マラソン大会の序盤若干競ったくらいしかなかった彼からの意外な言葉に、豆鉄砲を喰らった顔になる。
「い、一応……はい」
ギクシャクと頷きながら、あれが一応だったら世の中の基準どうなるんだよ、という勝利達のツッコミは聞き流す。
「その、もし、良かったら……なんだが」
「はい」
「どんな感じにスタートしたのか、とか、教えてもらえないか?」
「どんな感じって……ジャンプボール、とか?」
どうしてもバスケ部という印象と合わせてこんな用語が口から出る。
「いや、そうじゃねーだろ」
「隼人と綾瀬さん、どんなきっかけで付き合い始めたのかな? って話だよ」
蓮から枕が投げ付けられ友也が噛んで含めるように口を挟む。
「ど……どう、って」
このタイミングでまともにあの時の桃香の表情を思い出すと心臓によくない、と考えながら言葉を選んで口にする。
「普通に、その……そうして欲しいと言っただけ、だけど」
「だから、そこまで持ち込むまでの流れを知りたいんだ!」
「な、なるほど……」
それは御尤もかもしれない、と勢いに押されて頷いたところで。
和室の真ん中で大柄な男子二人が正座で膝を付き合わせその周囲に他四名が思い思いに寛いでいる状況に一体何だコレ……とふと冷静になる。
冷静になったところで、とても人様にお教えできるような状況ではなかったし、ご参考にもなりはしない、と判断する。
「あー、ええと、その」
「……」
「なんというか、こう、自然な感じに……?」
「いや、だから」
自分でも謎な動きを手にさせつつもにょもにょと話す隼人に業を煮やした感が出てきたところで、勝利が口を挟む。
「おう、根岸よ」
「何だ?」
「言っちゃあアレだけど、何でコイツに聞きに来たし」
「いや、学年中で知らない奴はいないくらい堂々と付き合ってるし、昼の水族館でもなんかイチャついてたし」
桃香なら素直に嬉しそうに照れるんだろうな、と思うものの隼人としてはどんな顔をしていいのかわからず能面になるしかない。
「そもそも球技大会の時も……女子に囲まれて彼女に汗を拭いてもらってただろ」
「……それは誤解です」
そういえばそれこそ流れでそうなってしまったこともあったか、と思い出しつつ……確かに傍から見ればそうなるのか、と一面で納得もする。
勿論、そういう風に見てもらいたかったわけではないので否定はするけれど。
「まあ、隼人はそんな感じで元々彼女さん候補から好かれまくっていたのでサンプルとしては全く不適格だと思うよ? 根岸君」
「……」
片目を瞑る友也の言葉に、そこに甘んじたくなくて色々悩み努力はしたつもりもある身なので少々言いたいこともあったけれど、本題からは逸れるので黙る。
それにそのことは桃香だけに伝わっていればそれで、という思いもある。
「あ、勿論近付いてみれば誠実でめっちゃ良い奴だよ? ただ、女子との距離を詰めるのの参考には特殊な例でならない、ってだけで」
地味に嬉しいフォローにむしろ友也に聞けば良かったのでは? と思う……と同時に何故彼こそ恋人が居ないのかも気にはなる。
「ってか、付き合いたい相手が居るならこいつはむしろ逆の御利益持ちかもしれねーぞ? いいところまで行ってもなかなかくっ付かない、的な」
「言い方」
背中をどついて来る勝利に言葉では抗議するが、あまり否定できないところが悲しい。
「だから言ったろ? ネギ」
「話は通すけど望んだ回答は来ないぞ、ってね」
結論らしきものが出たところで、バスケ部仲間の蓮と誠人が諦めろ、といった感じに何やら反則を意味するっぽいハンドサインを出す。
まあ、力になりたい気持ちは無いでもないものの、チョイスミスなのは隼人としても否めないので軽く頭を下げる。
「……お役に立てず申し訳ない」
「いや、こっちが勝手に誤解というか考え違いをしただけだ、気にしないでくれ」
こちらこそ悪かったな、と言われた後。
「ただ、まあ」
「?」
「今度何かの機会があればどさくさ紛れにボールぶつけたい気分にはなった、な」
一瞬静かになった後、周りの四人がどっと笑う。
「だーよーな?」
「おや、ものの数分でもうその境地に」
「見込みあるじゃねーか」
この一年、色々あったからねぇ……としみじみと頷き合う友人たちの姿にそれこそ言いたいことは色々あるが、数倍になって返ってくるのが目に見えているので「左様ですか」と小さく呟いて座っているしかない。
「まあ、時間を使わせたな」
「いや、全然大丈夫」
「……どちらにしても綾瀬と一緒じゃない時だからなー」
確かにそう言う時間なら断ることはなくてももっと手短に済ませようとしてかもしれない、とか考えてしまっていた。
向かいの彼の方も一旦間を置きつつ何かを考えている様子を見せる。
そんなタイミングで。
「ところで、根岸君」
「何だ?」
友也が、部屋の時計を指差しながら笑みを浮かべる。
「まだ消灯時間までは少しあるし……もしかしたら、僕らがお力になれるかもしれないよ?」
とても素敵な笑顔だったが、悪い方向に興が乗り始めているのもこの春からの付き合いでよくわかる表情だった。