186.夜のお約束
「なんつーか……」
Tシャツにハーフパンツ姿の蓮が大分画数の多い川の字に敷かれた布団に倒れ伏しながらぼやく。
「飛行機の間は暇だったけど、そっからが慌ただしかった」
「まあでも学習系をとっとと済ます日程には賛成」
「特に大浴場の時間指定が厳しいよね」
大体下の丈に違いはあるものの似たような格好になったいつもの面々が頷く。
現着後バスに乗り史跡を二か所周った後、宿に入りスケジュールのまま夕食と入浴、といった感じで午前中のフライトと比べ体感的には怒涛の午後だった。
「個人的には後五分浸かっていたかったところだけどな、あと使うなって言われたけどサウナもあるみたいだし」
「俺らはまあいいとして、女子とかは大変そうだよな」
若干不服そうな勝利に短い髪を弄りながら蓮が頷く。
「まあさすがにそちらの大浴場は(大)ってなってたし多少被っても大丈夫なんだろうね」
「ああ、そういうこと」
そんな会話を聞くともなしに聞きながら、脱いだ衣服を整理していると。
「ところで隼人は自分の彼女さんのそういうシーンを想像中、かな?」
「は!?」
「この流れで黙っている所が怪しい」
いきなり話の渦中に放り込まれる。
「彼女持ちの必要経費だ、諦めろ」
タオルを掛けた肩を竦めた勝利に諭されるが。
「いや、いやいや、それはそうとは限らないから!」
「まあ、そこらの定義は置いといて……どうなんだ? 例えば、一緒に風呂とか」
「うぇ!?」
思わず奇声を上げた後、慌てて冷静な声で仕切り直す。
「流石に、ないです……互いに実家暮らしだし?」
「まあ、それはそうか」
「……」
そこで、にっこりと笑っている友也の意味深な目線に気付く。
そういえば、一度二人きりで一晩過ごしたことを知られては、いる。
「せ、精々、寝間着で髪を乾かしてるところ見たことある、程度で……」
「まあ、それでも大概だけど、な?」
今更になって、部屋の中での並びを決めた時、センターにされた意図に気付く。
両サイド、逃げ場がない。
「それなら、どこまで進んだんだい?」
直球を投げ込んできた誠人に首を横に振る。
「いや、そもそも付き合い始めて一ヶ月半だよ」
「充分じゃねーか」
「そもそも隼人には春からの積み重ねがあるだろ」
そう言えば今日の夕食にはハムサンドフライが付いていたな、と逃避気味に思い出すくらい両脇から詰められる。
「そんな、ご期待に沿えるようなことは特には……」
強いて言うなら抱き締めてしばらくの間眠ったこと、だろうか?
どちらにしても具体的に言うことではないけれど。
「まさかの、興味ないとかは言わないよね?」
「い、いや……人並みにはある、と思ってるんだけど」
「平均よりは薄いんじゃないのかな? あんなに魅力的な彼女いるのにその進みだと」
友也の問いに焦りながら答えるが、誠人に冷静に判定される。
「ま、一部でそう見られてる通りヘタレ気味、ってワケだ」
「一部って!?」
「しょーり」
「あ?」
「大体クラスの皆がそう思てるよ」
「ま、それもそうか」
「……」
両サイドから両耳に何かが刺さってくる感触がする。
「その、そんなに急いではいないので……ご容赦頂けると」
決してヘタレではありません、と言外に滲ませて主張する。
「まあ、離れるとは思えないしそう言う余裕にもなるのか」
「本気で一生二人で居そうだものな、隼人たち」
うんうん、と隼人以外の全員が頷いたところで廊下の方から教師の消灯だぞ、という声が聞こえ一番スイッチに近い勝利が電灯を消す。
「あの、ところで……何でこんな話になったんだっけ」
「そりゃお前、枕は絶対に投げるなと念を押されてんだから」
「修学旅行の夜はこれしかないでしょ」
まあ、それはそういうものかな、と納得しかけたところで慌てて抗議する。
「流れはともかく矢鱈偏ってない?」
「話題に乗せられるくらいの進展をしてるのが隼人だけだからだろ?」
「いや、それは、その……」
綺麗に友也にカウンターを浴びせられて若干詰まったところに勝利が追い打ちをかけてくる。
「大体、だったらさっきは一体何をニヤニヤとスマホ見てたんだよ」
「な、何のことかな?」
就寝時間五分前に、桃香から送られてきたメッセージと丸くなって眠るウサギのスタンプ。
『やっぱりちょっとさみしいね』
『でも、水族館楽しみだね』
『また明日、おやすみなさい』
そんなシンプルなものだったけれど、こういう形でのやり取りに新鮮さを覚えたのも事実だし、桃香らしいと思いながらも愛おしい気持ちが湧いたのも紛れもない事実だった。
あと、可能であれば何処か誰もいない所に連れ出して抱き締めたいとも思った。
そしてそんな自分が見せられたものではないのはわかっていたので荷物を整理する振りをしながらこっそり返信していたのだが……同じ室内では誤魔化しきれるものではなかったらしい。
「相変わらずお熱いことで」
「なあ友也、やっぱり一発だけで良いから枕投げていいか?」
「んー、こっそりならいいんじゃないかな?」
言うが早いか、友也の向こうの蓮からバスケ部らしい綺麗な放物線で薄闇の中枕が飛んで来る。
それが隼人の腹の上に着弾した瞬間。
「おっ!?」
「だっ!?」
随伴の教師陣の中で一番おっかない体育教師のカミナリが聞こえて全員が首を竦める。
「び、びっくりさせやがって」
「隣か……」
「伊東と加藤だな、多分」
さっきまでより更にボリュームダウンした声で確認し合う、そんな中でそっと蓮の方に枕を返しながらここぞとばかりに提案する。
「今日の所は……そろそろ寝とかない?」
隼人の基準で言うと普段の就寝時間を過ぎて眠気が重くなってくる頃合いだった。
「ま、今朝も早かったしな」
「修学旅行は始まったばっかりだし」
「明日には隼人の罪状が増えている可能性も高いしね」
「言えてる」
「……」
若干、納得のいかないところはあるものの言い分が通って今日は寝ておこう、という流れになる。
お互い慣れない寝具でポジションを探っている微かな物音の中で、勝利の笑いを含んだ声が飛んできた。
「聞くに堪えない寝言言いやがったら叩き起こすからな」
「言わないです」
潜めて笑う他の三人にも抗議するような声色で言った後。
それでもゆっくりと眠りに落ちていく感覚の中で桃香の笑顔を思い浮かべてしまい……大丈夫だよな、と自問しながら意識を閉じた。
あけましておめでとうございます、本年もよろしくお願いいたします。
そしてもう一本連載を始めました、よろしければそちらも読んで頂ければ幸いです。




