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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
三学期/結局二人は変わらない?
204/225

184.出立の朝

「修学旅行はすっごく楽しみなんだけど」

「ああ」

 桃香の声に返事をしながら、部屋の片隅にあるキャリーバッグをちらりと見る。

 濃い茶色のそれは隼人のボストンバッグに比べて容量五割増し、といったところで制服で行くとは言え女の子はそこらへん大変だよな、なんて考えたりもする。

「楽しみなんだけど」

「うん」

「なんだけど」

「……」

「うー……」

 胸元に顔を埋めている桃香がぐりぐりと鼻先を擦り付けてくる……ちょっと犬っぽい。

「その間ははやくんにぎゅうってしてもらえない……」

「そう、だな」

 何だか今日は大分幼くなっているな、何て思いながら宥めるように背中を叩く。

「バレンタインはどうせ隠し持ってくるだろうで大分甘めだったらしいけど、修学旅行は宿泊が絡むから厳しいらしいな」

 蓮と誠人が部活の先輩から聞いた、という話を思い返しながら。

「まあ、どう考えたってチャンスすらないだろ」

「そうなんだけど……」

 ぐりぐりが、止まらない。

「はやくんは」

「うん」

「さみしく、ないの?」

 撫でる場所を背中から頭の方へ移しながら答える。

「クラスどころか班まで同じなんだから」

「……うん」

「勿論、寂しくも物足りなさもあるだろうけど我慢できないほどじゃない……というか、我慢しないといけないだろ」

 言い聞かせ状態だな、と思っているとたっぷり時間を置いた後、桃香が小さく頷く。

「がんばる」

「良い子だ」

「だから、今から四日分……」

「ん、わかった」

 隼人の背中に手を回して密着してくる桃香に、ふと思い付いて尋ねる。

「今から四日分とかいうけど」

「うん」

「桃香のことだから帰ってきた後も四日分を二重請求してきそうだよな」

「うん、するよ」

「断言するのかよ」

 多少おどけ気味に言いながら、撫でていた手で軽くポンと頭を叩く。

「はやくんにも充電しているからお得だね」

「そうか? いや、そうかもな」

「でしょ?」

 二人で笑った後、明朝の出発時刻を再度確認して。

 それから。

「こっちも」

「ん」

 目を閉じて上を向いた桃香に向かって身を屈めた。




「じゃあ、行ってくるから」

「気を付けて、楽しんでくるといい」

「お土産とか気を使わなくていいから」

 玄関を開けて、両親に見送られる。

 普段の登校なら居間や台所から声だけが来るけれど三泊四日の日程は少々扱いが違う。

 それから、まだ薄暗い通りに出て約束通り隣の家の玄関に向かえば。

「はやくん」

「ん」

 手を振る桃香に小さく手を挙げた後、こちらも桃香を見送りに出てきた御両親に挨拶をしてから。

「じゃあ、いってきます」

「いってきます」

 二人並んで桃香の家の敷地を発った。




「忘れ物は無いか?」

「多分、大丈夫」

「あと、一応今なら」

「うん」

「うちの父さんが車を出してくれる、けど」

 丁度桃香を見送った後、青果店のトラックが急ぎ気味に出発していくのを見ながら確認する。

 隼人は良いが桃香のキャリーバッグはそれなりに大きく、今日ばかりは車で送ってもらうことも許可されていて、実際身近な所では琴美と絵里奈が琴美の兄に車で送ってもらうような算段をしていた。

「大丈夫だよ」

「なのか?」

「ちょっとでも二人きりがいいもの」

「……ん」

 頷きながら自分のボストンバッグを担ぎ直し、手を差し出して桃香のを渡すように促す。

「自分で持ってくよ?」

「いいから」

「……ありがと」

 そうしてから桃香がちょこちょこと小走りに隼人の後ろを通って、空いている隼人の手を握って来る。

「大荷物、だな」

「えへへ……」

 両手と左肩、背中が埋まったので思わず呟くと桃香がおかしそうに笑う。

「よろしくお願いします」

「責任重大、だな」

「いつも大事にしてくれてありがとう」

 タイミングよく街灯に照らされながらくすぐったくなる微笑みをされて、つい照れを隠す話し方が口から出てしまう。

「荷物とかは全然構わないんだけど」

「うん」

「一応、朝一も二人で……その、いただろ?」

 集合時間の関係で普段よりかなり早い起床時間でも、そうすることを譲らない桃香だったし、これでもかというくらいに「充電」していた。

「どれだけあっても、充分ってことはないよ?」

「……そう、なのか?」

「そうだよ」

 繋いでいた手を、強めに握られる。

 肌寒い早朝の空気の中、普段以上に温かく感じた。

「知ってる?」

「うん?」

 そんな隙に、他に誰もいない歩道だけれど桃香が手で隠すようにして小さく言ってくる。

「わたし、はやくんのこと好きなんだよ?」

「……とてもよく知ってる」

「よかった」

 出発前に普段の習慣で濃い目の緑茶を飲んできたけれど、気持ちは甘さで満たされる。

 それを逃がすように、口を開く。

「桃香と付き合っているのは……あっさりバレたけど」

「はやくん?」

「桃香がこんなにも底なしの甘えん坊だとは、誰も思わないだろうな」

「それは、そうかも」

 くすっと笑いながら軽く体当たりをされる。

「はやくんだけが、知っててくれればいいから」

「それは、そうだ」

 そんなことを話しているうちに、二台ばかり大きめの乗用車がヘッドライトを点けて通り過ぎていく、進行方向的にも同じ学年の誰かの家の車だろう。

 普段とはちょっと勝手が違うな、と考えながら一応提案をする。

「早めに離した方がいい気もするけど」

「やだ」

「まあ……そう言うとは思ってた」

 嘆息する隼人に、桃香が人差し指を立てて宣言する。

「だって、もうバレバレだもんね」

「……そうきたか」

「だから、こうしてたら周りの人に迷惑……ってところまではこうしてたいかな」

 そう言われてしまうと、有効な反論が思い付かない。

 繋いでいたい気持ちは同じ。

「じゃあ、まあ」

「うん」

 気持ち緩めた歩調に桃香が一瞬だけ前に出掛けた後、すぐに合わせてくれる。

「遅刻にならない程度にゆっくり行くか」

「うんっ」




 そうしたなら、クラスの中では後ろから数えた方が早い到着となり。

 校門から入ったところでクラスごとに分かれていたいつもの面々から早く来いと手招きされる。

 それに手と声で応じた後、桃香に引いてきたバッグを返す……無論、手の方は学校からの灯りに照らされ始めた頃に解いていた。

「じゃあ、これ」

「うん、ありがとね」

 一瞬手を掠めながらハンドルを渡したところに、それを見ていた美春から声が飛んで来る。

「一応、代表して聞いておくけど……どちらまでハネムーン?」

「ち・が・い・ま・す」

「じゃあ連れ立って来るんじゃねーよ」

「まだ暗いので女の子一人では来させられないよ」

「おうおう、またまたぁ」

「はいはい、そういうことにしといてあげる」

 思い切り苦い顔をして、それからどっと沸いた早起きと出立前で高まっている面々の中で談笑しながら……一瞬合った桃香の視線が言ってくる。

 それもそのうち、本当にね? と。




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