表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それで付き合ってないとか信じない  作者: F
三学期/結局二人は変わらない?
203/225

183.ValentineDay

「はやくん」

「ああ」

 いつもより早めでお願いしていい? と言われていた夜のもう日常になった時間。

 二分ばかり抱き付いていた桃香が隼人の腹部付近に触りながら尋ねてくる。

「お腹、まだ少し入るかな?」

「まあ、家の夕食結構軽かったし」

「そうなの? 何だった?」

「鍋焼きうどん」

「なるほど、それもおいしそう」

 はやくんのお母さんお出汁作るの上手だもんね、と頷いてから少し声を小さくして。

「気を使ってもらっちゃった、のかな」

「さて、どうだろ……」

 非常に消化のいいメニューなのは確か。

 言いながら軽く桃香の頭に手を置いて、付け加える。

「まあ、父さんもだけど桃香のくれた抹茶チョコ美味しいって喜んでたから、いいんじゃないか?」

「わ、よかった」

 その言葉通りの表情になった桃香がそこから心持ち上目遣いで続ける。

「はやくんも、食べてくれた?」

「俺が最初に食べないと父さんも母さんも食べないって」

「あ……そうかも」

 納得、と表情に出してから……今度は目線が尋ねてくる。

「勿論、美味しかった」

「よかった」

「あと、その……昨日と今日の弁当に入ってたのとかも」

「えへ……やったね」

 小さくピースをする桃香に、ポロリと口から零れる。

「というか」

「うん」

「帰ってきてから桃香に作って貰ったもので美味しくないものは無かっただろ」

「そう?」

 顔を輝かせて両こぶしを握る。

「ううんと、じゃあね」

「ん?」

「はやくんの苦手なもの作ったとしたら、どうなっちゃうのかな?」

 する予定は無いけど素朴な疑問、と聞いて来る桃香に彩のよくしている澄ました顔を意識して答える。

「そもそも桃香と違って好き嫌いは多少あるけど食べれないほどじゃないしな」

「あ、そっか……じゃなくって、わたしも苦手なものはあるけどちゃんと食べれるようになったもん!」

「そうだったな、えらいえらい」

「もー……」

 ただ、膨れた後で。

「でも、はやくんはもっと偉いね」

「ん……」

素直に感心して頭を撫でてくる桃香には効き目も薄かったけれど。

「またいろいろ作るけど、これからも食べてね?」

「ああ、ありがとな」

「じゃあ……さっそくだけど」

 桃香がスカートの裾を直しつつ、立ち上がる。




「……」

 いい子にして待っててね? と一人残された桃香の部屋で。

 果たしてこんな時間に女の子の部屋に一人で居るのとそれとも女の子と二人きりなのとどちらが罪深いのか考え込む。

 正式に交際していることで若干減じられる気もするけれどどちらにしろ褒められたものではないかな、と思いつつ。

 取り敢えず今言えることは独りということで手持ちは無沙汰になり、だからといってこんな状況では視線さえどうしたものかと困ってしまう。

「ん?」

 そんな中、柔らかそうな毛布の敷かれたベッドの方に意識する前に視線が引かれて……。

「お前たち、か」

 先々月。

 買い物に付き合ってもらうお礼に贈った小さなペアのぬいぐるみに気が付いた。

 手というか、指先で撫でるにはちょうどいいサイズで空いた時間なのもあって軽く交互に突いてみた、ところ。

「はいるね、はやくん」

「ん」

 丁度トレイを持った桃香が戻って来た。

「その子たちと遊んでたの?」

「まあ、何となく」

「そっか」

 一旦トレイをテーブルに預けた桃香が隣に膝立ちになって、隼人が抓んでない方を手に取って軽く抱き締める。

「お気に入り、だよ?」

「ならよかった」

「……」

 隼人のさらりとした答えにしばし考えこんだ桃香がもう一度抱き締めた後、場所に戻して隼人の方に両手を広げる。

「はやくんも、する?」

「……どういう流れだよ、これ」

「この子のこと、うらやましかったりは……しなかった?」

「ああ……」

 そういうこと、と頷いた後。

 膝立ちの桃香の方に向き直す。

「全くそうじゃないとは言わないけど」

「……わ」

 こちらも膝を立てて、腕を広げていた桃香に上から手を回す。

「やっぱり、桃香とならこうするのが、いいな」

「……わたしが、小さいから?」

「大事だからだよ」

「えへへ」

 満足そうな吐息に、悪戯心を刺激される。

「まあ、ちょっと背が低めなのは否定しないけど」

「あ、もー」

 そのままの体勢で、太ももの辺りに軽くチョップを入れられる。

 けれど全く気にならない強さなので、気にせず続行するし、桃香の方もそこから出て行こうとする気配は全くさせない。

「ね、はやくん」

「ん?」

「頭も、お願い」

「わかった」

 リクエストされるがまま、手触りの良い髪に触れて梳くように撫でる。

「あとは、どうする?」

「えっとね……あの子たちには」

「ん?」

「他にどんなこと、したの?」

 その言葉を二呼吸分ほど考えてから、思わず吹き出す。

「桃香の方こそよっぽどぬいぐるみ相手に妬いてるじゃないか」

「そういうわけじゃ……ええと」

「と?」

「ちょっといいな、って思っただけだもん」

 つまりそういうことだろう、と思ったけれどそこは口を閉じる。

 もうちょっとからかいたい気持ちはあるけれど、今はご機嫌を損ねたくはないし、もっとやりたいことがある。

「少し撫でてただけだし……それに」

「それに?」

「桃香の方を、ぬいぐるみより、よっぽど抱きしめたい」

「えっと、ほめられてるのかな?」

「少なくとも特別だと言っているつもり」

「えへ、そなんだ」

 強めに鎖骨と胸の間付近に鼻先を埋めてくる桃香を、それに合わせた強さで抱き寄せた。




「ごめんね」

「ん?」

「ちょっと、冷めちゃったね」

「桃香は猫舌だからいいだろ」

 色違いで、隼人の物の方が色褪せの少ないカップを渡されながらそんな軽口を言う。

 予想に違わず中身はホットチョコレート、夜だからか量は抑え気味。

「はやくんは」

「ん?」

「お部屋で二人でいる時だけ、いつもより優しくて意地悪」

「……そりゃあ、二人だけだからだろ」

 そう返してからカップの中身を口にして、初めて飲むけれど思ったよりは甘さ控えめだな……と思う。

 理由としては主に隼人用の物だからだろうか、と考えてみたりもする。

「桃香ほど大胆には……ちょっとできないかな」

「そう?」

「ん、まあ」

 カップを一度置いて、自分の後頭部あたりの髪を弄る。

「わたしも……えっと、一応はね」

「うん」

「例えば、今回のチョコレートは、ちょっと作りすぎかな……とは思ってるよ、一応」

 自覚があるようでよかった、と思った瞬間口が突っ込んでいた。

「ちょっと、か?」

「えっと、でも、そんな風に思い付いちゃって、そしたらやっちゃいたくなっちゃって……」

 お馬鹿さんかな? とカップを両手で持って小さくなる桃香から、そっとカップを取り上げてさっき置いた自分用の物に並べる。

 安全を確保した後、肩に手を回して引き寄せる。

「桃香」

「うん」

「ちょっと頑張りすぎだろってだけで、嫌とかじゃ全く無くて……むしろ桃香の気持ちが嬉しい」

「!」

「好きでいてもらえてるのは、凄く伝わってくる」

 首を傾けて、痛くないように桃香と頭同士をぶつけながら。

「だからまあ、桃香がお馬鹿なら俺も大馬鹿、なんだろうな……」

「そうなの?」

「そうだよ……というか」

「?」

「桃香が恋人でいてくれるならいっそ馬鹿でもいいというか」

 何を言ってるんだ俺、と呟いたところで桃香の頭が押し返してくる。

「この前、言われちゃったもんね」

「……それを言うなよ」

「でも、カップルって言ってもらえるのはうれしいかも」

「まあ、見えないとか言われるよりは……いいのか」

「きっとね」

 そんなことを話している間にぐりぐりと押し込んできた桃香のせいで、頭でなくて頬同士で押し合うことになる。

「ただ、桃香」

「なぁに?」

「今年こんなに張り切ったら、来年はどうするんだ?」

「ふふっ」

「?」

 普段と少し違う笑い方に驚いていると晴れやかに宣言される。

「多分ね」

「ああ」

「来年は来年ではやくんにしちゃいたいことがきっとできちゃってるから……大丈夫」

「そう、なのか?」

「覚悟しておいてね」

「……お手柔らかに」

「うん、きっとむり」

 くすっと笑ってから。

「はやくん」

「ん?」

「だいすき」

「……どうした?」

「どうしたじゃなくって、言いたくなったの!」

 だって、そういうお話だったでしょ? と接触したままの頬が若干膨らむ。

「……勿論、俺も」

「はやくんも?」

 言葉が足りません、と言わんばかりにもう一段桃香の頬が膨らむ。

「桃香のことが好きだし、沢山チョコレートを作ってくれてうれしい」

「えへへ……」

 桃香が少し離れてから隼人の方を向いて、それからもう一度離れてから隼人も桃香の方を向いた。




「えっと、それで、ね」

「ん」

 無音で触れ合う時間の後、二人だけの距離の音量で桃香が囁く。

「今までの分のチョコレートは、あげたんだけど」

 六年分で、六種類。

「あらためてわたしの彼氏さんあて、のを受け取ってくれる?」

「それは貰わないわけにはいかないだろ」

「えへへ……ありがと」

 ふわりとした髪を零しながら立ち上がった桃香が、ホットチョコレートを運んできたトレイの上にさり気無く同じ色で置いてあった小箱を開く。

 シンプルに、ハート形のチョコレートが現れて。

「はい、はやくん」

「ありがとう」

 何個目だろうが嬉しいものは嬉しい、そう思いながら手を伸ばした、ものの。

「えへ」

「!」

 ひょいと逃げた桃香の手が、カードくらいの大きさのそれを手に取って、真っ赤になりながらも唇に挟んだ。

「桃香」

「……」

 梃子でも譲らない、といった表情で目を閉じている、そんな桃香に。

 貰わないわけにはいかない、とさっき口にした言葉を実践することになった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ