181.前夜祭、そして
「今日はサンドイッチにしてみたよ」
「ああ、ありがとう」
昼休み、くっ付けた机の中央で包みを空けながら桃香が笑う。
「ちゃーんと、ツナには玉ねぎ、入れたからね」
「ん」
確かにその方が美味いよな、と頷きながらサンドイッチの詰まった箱を覗き込む。
ツナ、玉子、ハムチーズと見慣れた具が並ぶ中、その端に正体がすぐにはわからないクリームのものがあって一瞬手が止まる。
「あ、それはちょっと甘いから最後のデザートにどうぞ」
「ん」
じゃあ色合いからチョコレートかな? と思い至ったところで今度は全身の動きが止まる。
「えへ」
そんな二月一三日の出来事だった。
「何となく……」
「うん?」
「いや、なんでもない」
翌日。
教室へと玄関から歩きながら何となく校舎内の空気が浮ついているな、と感じる。
隣の桃香に言うのも何か変な気がしたし……それを蓮や勝利に聞かれた日には間違いなく張り倒される気がして口には出さない。
「おーっす」
「あ、おはよう」
「おはよう、池上君」
実際、まるでそれを読んでいたかのようなタイミングで教室に入る直前、後ろの階段を軽く駆けて蓮が追い付いて来る。
「……まあ、今は普通か」
「……」
そりゃあそれ以前に普通に授業のある日だし、と思いながら扉を引いて教室内に入り目の合った友也とも声を掛け合いながら自席を目指す。
「ヘイヘイ池上君」
「ん?」
「いつもお世話になってるから、これあたしたちから連名で」
「お、おおー、サンキューな」
美春がチョコマフィンを一つ、蓮に渡しているのが見えて……さっき、友也も同じものを手に持っていたので大体そういうことなのだろうな、と得心する。
「吉野君」
「ああ、うん」
そんなタイミングで、花梨から声を掛けられる。
「桃香に許可はもらっているんだけど……これ、私たちから」
「はい」
「お詫びの、品」
「……はい?」
同様のマフィンかな? との予想は外されて、渡された包みはやけに軽く……中からは乾いた音がする。
「今日明日、吉野君は桃香の愛を受け止めなくちゃいけない筈だから、その手助けになるための」
「胃薬」
キャッキャと口上を読み上げる絵里奈に続いて、片目を閉じて琴美がシンプルに中身を教えてくれた。
「ごめんね、あたしたちには炎のショコラティエ桃香を止められなくて」
「……あなたたちはむしろ煽ってたじゃない」
「すみません、綾瀬さん本当に楽しそうで言い出せなくて」
美春、花梨、由佳子が順番に状況を教えてくれる……なお、申し訳なさそうな度合いもこの順番で大きくなっていた。
無論、琴美と絵里奈の殊勝さの度合いは美春と同じで……ほぼゼロ。
「ああ、うん……なんとなく、こうなるのはわかっていたから」
「あら、そうなの?」
肩を竦めてから、女子勢に……主に花梨と由佳子を視界の中心にして尋ねる。
「ええと、あいつ……そんなに楽しそう、だった?」
「あらあら、吉野君」
「随分と旦那さんっぽくなっちゃって」
「え? あ、いや……桃香、は」
からかう顔の琴美と絵里奈に口笛混じりに言われて、口元を押さえながら聞き直す。
「それはもう、ねぇ?」
「鼻歌混じりにチョコ混ぜていたかと思えば」
「オーブン閉じたらそのままの体勢で何か考えながらしばらくニコニコしていましたね」
「全く、一体誰に食べてもらうところを想像してたのやら」
「チョコより甘々だったよ~」
「そ、そうですか……」
全く想像通りだったのでこんな風に聞くこともなかったか……と思ったけれど。
でもやはり、そうだと知りたかった気持ちも奥底には有って。
「証拠写真、要る?」
「…………お願いします」
琴美のそんな囁きに、首を縦に振る。
「ちなみに、何を作っていたかはお楽しみだけど」
「全部美味しいのは保証しておくね」
「まあ、そこは……伊織さんや瀬戸さんも居たことだし心配してないよ」
「ちょ!?」
「あたしたちは?」
美春や絵里奈に軽くやり返しながら、やはりそういうことだよな、と内心頷く。
昨日の弁当の中身と、あと昨日の夕方に桃香が隼人の両親の分も今のうちと届けてくれた抹茶の生チョコ。
いつの間にか教室から姿を消している桃香が何を企てているかは明白だった。
そして案の定。
「……」
もしかして、と所用から戻った休み時間の教室で机の中を検めれば筆箱より気持ち小さいサイズの長方形の箱が入れられていた。
そっとそれを一旦机の中に戻しながら隣を見るものの。
慌てて外の方を向いた腰に届きそうな長い髪の後姿は普段とは打って変わってこちらを見ようともしない……見ようとはしてないだけでこちらの仕草に気を向けているのは丸わかりだが。
「んー?」
「あはは」
一旦桃香には話し掛けず、まず間違いなく目撃者であろう後ろの席の琴美とその隣の絵里奈の方に振り向いて両手の人差し指で桃香と机の中を指差しながら目線で目撃情報を募るものの……可笑しそうな笑顔で笑い声は出しているけれど黙秘される。
まあ、表情の方が思い切り証言してくれてもいるのだけれど。
「さて……」
少し考えて、あくまで目立たないように机の桃香とは反対側に掛けている鞄を空けてその箱を丁寧に仕舞おう……という素振りの途中で一気に振り向く。
「わ!」
「……」
そうするとお世辞にも反射神経は良い方とは言えない桃香とバッチリ顔が合う。
今度はこちらに目線で知っているか? と問いかけると、しばらく真剣に何かを考える素振りを見せた後、観念したのかどうぞとでも言うように両手の平を差し出すような仕草を見せられる。
頷いた後、口の形でありがとうを伝えた後、そっと鞄を閉じた。
「……っと」
そして、放課後。
今朝方感じていた雰囲気がさらに強くなる校舎を抜けて帰宅しようとする中、上履きの上に封筒が置かれていることに気付く。
「ん……」
一瞬、初夏のころを思い出すがそうでないことはすぐに理解でき。
そのピンク、というよりは薄桃色の封筒を手に取りながら隣で自分の靴を出している桃香の様子を伺えばまたもや素知らぬ振りで明後日の方向を向いている。
成程ね、と思いながらもそれを上着のポケットに丁寧に仕舞いつつ何事もなかったかのように声を掛ける。
「桃香」
「う、うん!」
その合図を待っていたかのようにこちらを見上げてくる桃香を促す。
「帰ろうか」
「そうだね」
「少し急いだほうが、いいのか?」
「うん」




