01.眩しいお隣さん
「こんなものかな」
取り敢えず必要な荷物を取り出して閉じた段ボール箱を軽く叩いて隼人は呟いた。
六年ぶりの自室だが折を見て戻っていた母親が風を通してくれていたお陰で放置していた部屋によくある、籠ったような臭いは無く、むしろ新調してもらった畳の香りが心地よい。
若干殺風景な気はするけれど新高校生の自室としては大いに上等だと思えた。
「風……」
表通りから見て奥の角部屋、北に面した側の窓は開けていたけれど西側は夕日が差し込むのを嫌って僅かな隙間を開けた上でカーテンを引いていた。が、日差しはまだ残っているもののもう強くはなくそろそろ頃合いのような気がした。
何気なく、自然に。
特に考えもなくカーテンを開く、その途中で何かを思い出したような気もしたけれど、それもまた吹き飛んだ。
窓の外はとんでもなく眩しかった、少なくとも隼人にとって。
隣家の、向かい合わせの窓で白いレースのカーテンが揺れている。
それに合わせて揺れるのは先が僅かに波打つミルクティー色の髪。
この季節はまだ冷たいであろうアルミの窓枠にもたれていたのは暖かそうで柔らかな寝顔。
「ぁ……」
よく知っていて、でも全く知らない。
よく知っていたのはあどけなさや可愛いという気持ち、初めて味わうことになったのは奇麗という感想と見惚れるという行為。
冷静さを失った気持ちでたっぷり二分は固まったところで……
「はゃ……ちゃん」
「!」
名前を、正確には物心ついたころから呼ばれていたもう何千回呼ばれたかもわからない愛称を小さく呟かれる。
「そろそろかえって……くるかな」
「……」
その寝言に、心臓を様々な意味で掴まれた感覚になる。
それでも、こんな言葉が口をつく。
「遅くなって、ごめん」
「……ん」
わずかに寝顔を満足気に変えて、今日の夢は返事してくれるんだね……という吐息が辛うじて言葉になった呟きが唇から零れたところで。
「……ええっ?!」
跳ね起きた表情、慌てて二度瞬いた寝起きに濡れた瞳が隼人を認識して。
「ほんとの、はやちゃん?」
「……うん」
一瞬歓喜した表情が、瞬く間に染まって。
「~!!」
物凄い勢いで閉じられる窓、千切れるんじゃないかと心配したくなるほどに引かれるカーテン。
そして頭蓋骨がドアかテーブル辺りに当たったと思われる音が一つ、それに驚き心配するお隣のおじさんおばさんの声。
そんな局所的な春の嵐を、隼人は呆気にとられて見ているしかできなかった。