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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
三学期/結局二人は変わらない?
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179.喧嘩?

 合図を確認した後桃香が引いて空けてくれた窓の枠に飛び移ってから、そっと足を下ろして窓を閉めて腰を落ち着ける。

 そんな毎晩の動作。

「桃香?」

 いつもならそこで間髪入れず隣に座るか、稀に膝の上に頭なり上半身なりを預けてくる桃香がストールと長い髪の後姿のままで佇んでいた。

「どうした?」

「……」

「ももか?」

 迎え入れてくれたのだから来ているのがわからない筈が無いのに、と考えながら。

 もう一度呼びかけた後、ちらりと一瞬だけこちらを見て再度背中を向けて、それから二呼吸ばかり置いた後、桃香が振り返る。

「ごめん、ね」

「いや……その」

「うん」

「何かあったか?」

 確かめずにはいられない内容のため、再び問えば正面に座った桃香が真っ直ぐに身体を預けてくる。

「あのね」

「ああ」

「今日、教室で聞かれたこと……なんだけど」

 何だったっけ? と遡ればすぐに印象深い出来事が蘇る。

 ドラマの話題から巡り巡って。

「はやくんと喧嘩ってできるのかな? って」

「……」

「だめだね」

「そうか」

「いっしょに居たいし、そうしているんだったらくっ付いてたいし、お話したいし……そうじゃないと勿体ないよね」

「俺も、そう思う」

 小さく頷きながら背中に腕を回せば桃香が綿菓子のような吐息を漏らす。

「ありがと、はやくん」

「ん……」

 体勢的によくないためそこまで力を込めてない腕の中で桃香が身動ぎして……隼人の頬にまず頬で、次に唇で軽く触れる。

 その後で夜の静けさにふさわしい音量で囁き合う。

「だいすき」

「ああ、俺も」




「えっと、それで、なんだけど」

「ん」

「ごめんね、ヘンなことをして」

 密着を強めながら桃香がそんな風に謝る。

「まあちょっとの間だけだったから、少し変だなと思うくらいだったけど」

「うん」

「桃香に返事して貰えないのがしばらく続いたら、と考えたら結構しんどいな」

 溜息交じりにそう言うと、真剣な声色の桃香が続ける。

「それだけじゃないよ?」

「ん?」

「お弁当もお菓子も、ぎゅう、もお預け」

「それは、きついな」

「ね」

 心からそう言った後、二人で小さく笑い合う。

「でも、もし本当にそうだとしたら」

「うん」

「先に音を上げるのは桃香な気がするな」

 笑いの余韻を残しながらそう言うと、桃香が腕の中で小さく頷く。

「うん、そうだよ」

「認めるのかよ」

「だって、わたしは誰かさんほどいじっぱりじゃないもん」

「!」

 くすくす笑いの指摘に、思わず詰まる。

「でしょ?」

「……ぐうの音も出ないくらいその通りだよ」

「えへへ」

「むしろ、桃香の素直さをちょっと分けてもらった方がいいのかもな」

 自嘲交じりに呟くと、桃香がまた笑う。

「えー」

「ん?」

「ちょっとくらいじゃはやくん変わらないと思うし、それに」

「それに?」

 オウム返しに聞くと桃香が声に砂糖を更に小匙一杯足して言う。

「いじっぱりさんなはやくんも可愛くて好きだから、これでいいの」

「…………本気で可愛い奴にそう言われてもな」

「えへへ、ありがと」

「む……」

 その必要があるか否かは一旦置いて。

 このままの流れだと桃香の素直さに勝てないな、と少し口を噤んで、一旦頬擦りしてくる桃香にされるがまま任せた。




「と、言うか」

 それなりに満足したらしい桃香が隣に座り直してもたれかかって来るのを支えながら口を開く。

「うん」

「一体俺は何をやらかして桃香を怒らせたんだろうな」

「えーっと……」

 例えばの話だよね、とまたくすくすと笑いながらも乗っかかってきてくれる。

「アスレチックに夢中でわたしのこと置いてっちゃった、とか?」

「それはもうしません」

 宣言しながら形でも示すように手を繋ぐ。

「ご飯とかお菓子食べてくれない、とかは……」

「……体調によっては、もしかすれば」

「その時はすぐにお布団で看病だね」

「そうなるのか」

「うん」

 熱でも測るつもりなのか前髪を除けて額に繋いでいない方の手を当てられる。

「お熱、ないですか?」

「……ありません」

 一瞬、桃香に……等と口走りかけて慌てて訂正する。

 そんなことを口にした日にはそれこそ体調不良を疑われかねない、と思った。

「じゃあ」

「うん」

 桃香が二つ言ったので、こちらからも……と口を開く。

「意地の悪いことをし過ぎて桃香がへそを曲げてしまった、とかか?」

「……今までの中だと一番ありそう」

「まあ、うん」

 噴き出すくらい可笑しそうに笑われて気持ちの上ではやや複雑だったものの、まあ日頃の行いが若干アレか、と内心で反省する。

 そんな間に、何かを思いついた表情をした桃香が繋いでいた手を解いて身体も拳三つ分くらい座ったまま横にずれるようにして離れた。

「どうした?」

 じっとこちらを伺っていて、隼人の言葉を受けて反対側を向く。

「もしけんかして、わたしが拗ねちゃったら」

「ん」

「はやくんは、どんな風にしてくれる?」




「どうって」

 苦笑いしながら頭の中に、隼人が桃香にする意地の悪いことは結局……と言われたのが蘇る。

 そしてそれは、誰にも知られない二人きりの秘密であるなら割合そうでもいい……いや、そうしたくなるものでもあった。

「今度の休みの日、美味しいものでも食べにいくか?」

「……」

 ほんのちょっとだけ桃香の方に寄ってそんな提案をする。

「え、えっと……それだけじゃ、釣られないから」

 でもそうはなりかけただろう、と一瞬反応した肩や口振りから内心で言う。

 けれど、それで解決しないのはむしろ望むところで。

「じゃあ、こうか?」

「わ……」

 届く間合いに入っていた桃香の肩に手を回して、少々強引に抱き寄せていた。

 そしてそのまま髪に顔を埋めて囁く。

「桃香にそんな風にされると……しんどくて寂しいから、機嫌直して欲しい」

「!」

 一瞬身を縮めてからゆっくりと解けてくる桃香が聞き返してきた。

「それは」

「ん?」

「それはどうして?」

 明らかな期待の色に、腕の位置を直して完全に斜め後ろから抱き締める。

「桃香には笑っていて欲しいし、桃香のことが大好きだから」

「……えへ」

 桃香が隼人の腕に手を重ねつつ、半身を捩る。

 至近距離の桃色の表情。

「これで、許してくれるか?」

「わたしが知りたかっただけで、はやくん、何も悪いことしてないよ?」

「まあ、そうだけど」

 むしろ言い出しっぺは、と思ったけれどそれももう別に良くて。

「こうされちゃったら、不機嫌くらいならあっという間に吹き飛んじゃうね」

「よかった」

「それでね……わたしも、だいすき」




「でも」

 そろそろ戻らなければ、そのくらいの時間を使ってから腕を解いて桃香と身体を離す。

「ん?」

「言葉だけだと、それこそドラマとかの悪い男の人の台詞だったよね」

「……いや、そう言われても」

 可笑しそうに笑いながら完全に隼人側に身体を向けた桃香に鼻先を軽く突かれる。

「でも……今までのはやくんがしてくれたことがあるから、ぜんぜん別物だよね」

「ん」

「ずっと、仲良しでいようね」

「ああ、勿論」




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