178.言われた。
「あ、綾瀬さん、吉野君」
「「?」」
大体七割強くらいの確率で、校門付近で花梨や美春あたりに声を掛けられることが多い二人だけれど。
今朝はそこよりそれなりに手前でやや馴染みの薄い声に捕まえられる。
「中川さん真田さん、おはよう」
「おはよう」
「おはよー」
花梨たちに対するときより若干お嬢様に振り向いた桃香と隼人に後ろからクラスメイトが追い付いてきた。
多少は話すけれどこういうのは珍しいな、と思っていると。
「あー……」
「やっぱり、こうよね」
「「?」」
しみじみと並んでいる隼人と桃香を見た後、何故かうんうん、と頷かれる。
「どうしたの?」
「何か、あった?」
二人して疑問符満載で問いかけると。
「綾瀬さんたちって、昨日の夜の……観てる?」
耳に挟んだことが無くも無いな、と思っていると桃香のほうはしっかりと頷いて。
「観てるよ」
と返した後、隼人にドラマのタイトルだよ、と教えてくれる。
それが、何かあるのかな? とまだ内心で首を捻っていると。
「最新話の展開観た後だと」
「綾瀬さんたち見ると癒されるというか」
「あ……駄目、だったんだ」
わたし録画で観てるんだ、と説明した桃香に二人が慌てる。
「わー! ご、ごめんなさい、ネタバレしちゃった」
「ううん、なんとなくそうなる流れだったから、だいじょうぶだよ」
徐々に話は察せられてきたが、まだ疑問顔の隼人に桃香が説明してくれる。
「主人公は幼馴染の男の人のことが好きなんだけど、その……ね」
「いや、本当にサイテーだよね」
「多少顔がいいからってやりたい放題じゃん」
「絶対あんなの願い下げ!」
「……」
そんなこんなで到着した教室では。
珍しい組み合わせだね? と声を掛けてきた絵里奈や琴美も巻き込んで女子が盛大に盛り上がっていた。
その勢いでこき下ろされている男性の話を座席の関係上至近距離で聞いている隼人はというと……関係は全く無い筈だが、何となく、胃が痛い。
最近まで煮え切らない男だった自覚は、ある。
「いや、男から見てもアレは無いね」
「お、亀井君も見てるの?」
「妹がハマってて、お兄ちゃんはあんな男になるなと散々力説されたよ」
「妹ちゃんかわいー」
何だ何だと様子を見に来た誠人にも軽いジャブを放たれた気にもなる。
「大丈夫よ」
「え?」
そんな隼人の肩を、花梨が軽く叩く。
「幼馴染の好意を知っておきながら暫く何も無し、という点以外は共通点無いもの」
「……うぐっ」
それはそれでしっかりと胸に刺さるものがある。
多分、花梨も唇の端が笑っている所からして加減を調整しつつ解って言っているものと思われた。
「まあ、一年生の間に何にもないなら私たちにも後ろから押す考えがあったけど」
「あ、あはは……」
花梨たちのことだから後押しなどという生易しいものではなかったであろうと思われる。
後ろから美春か勝利辺りが飛び蹴りを浴びせてくるくらいはあったかもしれない。
「何にせよ今、桃香に合格点貰えているなら外野がとやかくいうことでは無いわね」
「え? わたし?」
隣でドラマの話題の方に聞く中心で参加していた桃香が名前に反応してこちらを向く。
「吉野君はあんなのとは比べ物にならないくらいいい人ね、って話」
「そもそもはやくんと比べないでほしいくらいだよ」
両手を拳にして桃香が立ち上がる。
普段より若干雄々しい姿に軽く歓声が上がる。
「わたしの作ったものはきちんと食べて褒めてくれるし、約束したらちゃんと五分前行動してくれるし、荷物は必ず重い方持ってくれるし」
そのくらい当たり前だろ、と思いつつも直球モードの桃香からは目を逸らして別のことを呟く。
「……逆にそのドラマの男ってそんなに酷いのか」
「まあ一言で言えば屑だね」
そんな隼人の態度を可笑しそうに見ながら絵里奈が相槌を打ってくれる。
「そこまでだと、むしろ興味が湧きますね」
「今なら配信で十分追いつけるから見てみて見てみて、ひっどいから」
由佳子と琴美のそんな会話も挟みつつ……。
「それにわたしのこと、ええと、すごく大事……にしてくれるし、大切だって言ってくれるし」
「大事って……」
「大切」
「やっぱそういうこと?」
「……」
女子からの好奇の視線に、大いに主張していた桃香に心の中でそこはせめてさらりと言ってくれ、と頭を抱える。
そんな中で。
「てか、隼人と綾瀬がバカップルなのはよーくわかったんだけどよ」
「……こいつついに言いやがった」
口を挟んだ蓮に、隼人と桃香以外の全員が勝利の呟きと同じ顔をした、のにも構わず蓮が続けた。
「逆に喧嘩とか、しないのか?」
「……お」
「なるほど」
「むしろそっちの方が興味あるかも」
「ベタ甘なのは言われなくてもわかってたしね」
遂に言ったついでに良いとこ突いた、という空気に一気に変わる。
「はやくんと、喧嘩?」
「……って言われてもな」
顔を見合わせ首を捻る。
「あったかな?」
「いや、特にはないだろ……ああ、でも」
全く無いのも桃香に甘過ぎることになり体裁が悪いか、と隼人が脳内から掘り起こす。
「桃香がかぐやに甘くて、若干なった、か?」
「あの、おやつあげすぎ、ってときのこと?」
「ああ、そうだ」
すぐにピンと来たらしい桃香が反論する。
「だって、まだまだ食べ盛りだしはやくんがたくさん運動させてるからちょっとくらい多めの方がいいって」
「それはそうかもしれないけれど、躾って観点ではよくないだろ」
「で、でもでも」
「あと、好きな物ばっかり与えて……あいつ、桃香なら何か出してくれるから苦手なものスルーして甘えに行ってるし」
「うー……」
「……これがホントの犬も食わない奴か」
「「……」」
ボソッと差し込まれた勝利のツッコミに我に返った二人は黙る。
「まあ、つまるところ互いへの不満ってその程度で」
「桃香は吉野君のこと好き過ぎだし」
「隼人は隼人で綾瀬さん大切にしてるからねぇ」
花梨と美春とその後を引き取った友也にその場の全員が首肯した。
「あ、でもでも、でも!」
その何とも生暖かい空気に敢えて逆らうように桃香が手を挙げる。
「はやくん、時々だけどいじわるだったりはするよ! わたしが小さい頃苦手だったものとか言い出したりとかして!」
「「「……」」」
そんな発言に隼人は逆効果だと額を押さえ、クラスの皆はやれやれと言いたそうに顔を見合わせた後、代表して美春と琴美が桃香の肩に手を置く。
「桃香、それは詳しく内容を聞くまでもなく」
「桃香たちバカップル説を補強するだけだと思う」