177.フルハウス
「あ、桃香」
「おはよー」
「元気になった?」
「うん、ありがとね」
一日置いて登校した教室で桃香が美春たちとやいのやいのしつつコートやマフラーを外しているのを聞きつつ仲が良いのは好いことだよな、とぼんやりと考える。
「熱ももう大丈夫なの?」
「うん、昨日の夕方には下がったし、もともとちょっとだけだったから」
「そっかそっか」
「よかったよかった」
もう元気だよ、と迫力は全くないガッツポーズをとって笑っている桃香を視線の端に捉えながら、確かに今朝確かめた時には熱も肌の調子ももういつも通りだったよな……と内心で頷いてから慌ててそれを脳裏から追い出す。
それは一昨日のアレより洒落にならない。
「ちなみに吉野は」
「は、はい?」
そんな絶妙なタイミングで誠人に話を振られる。
「元気なのかい?」
「……至って健康ですが」
努めて冷静に応えれば琴美と絵里奈の声が飛んで来る。
「なーんだ、つまらない」
「がっかりだよ」
「いや、どうしろと」
「ちょっと時間差で吉野君も風邪引けば面白かったのに」
「……」
実のところを言うと昨日の朝にほんの僅かだが喉に違和感を覚え引き始めにとてつもなく効く母の実家独自ブレンドの葛根湯を服用してきた隼人だった。
思い出すだけで奥歯の辺りから得も言われぬ深い苦みが蘇ってくる強烈な逸品だけれど背に腹は代えられない、ここで風邪をひくのは本当に洒落にならない。
「それにほら、そしたら桃香に看病して貰えるじゃん?」
ナイスアイディアっしょ? とばかりに美春が親指を立てて提案してくるが。
「いや、それは……別に」
「いらないの?」
「……そうとは言ってない」
何でそこで楽しそうに乗っかかって来る、と内心で突っ込みながら桃香にも応対する。
「無駄に心配とか、させたくないし」
「はやくんがうれしいなら無駄じゃないんだけどな」
「……気持ちだけ貰っとく」
あらあらあら、という周囲からの視線を感じながら取り敢えず不愛想に聞こえるように言うものの。
「あ、そうそう」
「ん?」
「おかゆは玉子がいい? それとも梅干し?」
「……」
そんなフリなど全く意に介さない桃香がそんなことを聞いてきてそうじゃないだろうと頭を抱えていると。
「綾瀬さん」
「由佳子ちゃん?」
「風邪の時ならネギと生姜も良いですよ」
「なるほど! ストックしとかないと」
「……いや、引かないから、多分」
由佳子と明後日の方向に走り出した話題にがっくりと肩を落とす。
「さらに桃香が看護師さんの格好をすれば更にドン!」
「よし、それだ!」
「お粥はちゃんと冷ますのよ、桃香が」
で、絵里奈と琴美、美春は相変わらず盛り上がり。
「吉野君」
「はい」
「風邪、引いた方がいいんじゃないかしら?」
「……そんな筈は無いです」
薄く笑う花梨にからかわれる。
何というかあっという間に……。
「綾瀬さん復活でいつもの調子だね」
片手を上げながら登校してきた友也の言葉通り。
「あ、柳倉君おはよー」
「やあやあ」
「いや、でも、良かった」
「うん?」
「どしたの?」
挨拶が一段落したところで安堵の息を吐いた友也が視線を集める。
「今日は休みの人居ないみたいで」
「「「?」」」
「修学旅行の、班決めの日だからね」
「あ」
「そっか」
さっきまでとはまた違う勢いで、教室の中が湧いた。
「では、そういうわけで修学旅行の班決めしまーす」
「イェーイ」
「待ってました!」
最後の授業のコマを変更したHRの時間、教卓の前に立った友也の宣言に教室が沸き立つ。
少し後のタイミングで隣の教室からも同じような声が聞こえ……教師陣から注意されないかとも思ったが議題が議題だけに諦められている模様だった。
「基本、五人編成で男女混成なので三人と二人の組み合わせで、まず男女でペアかトリオ決めた後、まあ……上手いこと組んでね?」
説明しながら片目を瞑った後、オッケーかな? との問いに特に質問が無いのを確認してから。
「じゃあ、スタートで」
パン、と一つ手を打った友也がそのままスイと最前列の隼人の所までやって来る。
「隼人、組もうか」
「ああ、是非……けど」
「おや、僕じゃ不服かい?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
愉快そうに聞いて来る友也に聞く。
「決めるの、早いね」
「いやー、何というか、ね」
友也が人差し指を振りながら説明してくれる。
「一昨日、隼人が最速で帰った後、何となく男子の有志で話したんだけど」
「……うん」
猛烈に嫌な予感がするが、頷いて続きを拝聴する。
「隼人と班になった場合、ある程度慣れている面子の中でも勝利と蓮じゃツッコミ続きで疲れちゃうだろうということで僕か誠人しか耐えられないんじゃないかな、となりまして」
「……」
「ジャンケン一発勝負の結果、僕が担当になりました」
「何の?」
「おや、言わないと駄目かな?」
「……」
言われなくてもわかってはいるし、何なら今は斜め後ろになっている隣の席からのキラキラした目線も感じている。
「桃香、ステイステイ」
「こういうのは男子から、ね?」
ついでにわざとらしい美春と花梨の台詞も。
「まあ、その……班のことはよろしく」
「オッケー……で、同じ班になってもらう女の子はどうする?」
「……」
だからまたしてもわかって聞いているよね? と目で訴えるが友也はどこ吹く風。
「ええと、こちらに一任して貰って」
「構わないよ?」
「わかった」
指で丸を作った友也に頷いてから、反対を向いて。
「えへへ」
にこにこと笑ってこちらを見ていた桃香と目が合う、も。
「ええと、伊織さんに滝澤さん」
「あら?」
「あいよー」
桃香の席の横に立っている花梨が首を傾げ、桃香の椅子に半分滑り込んでいる美春が軽く手を挙げる。
「その、ご相談があるんだけど」
「その件については桃香に一任してるよー」
歯を見せてニッと笑う美春を花梨が補足する。
「ちなみに私たちはむしろ楽しみにしてるから」
「……一体何を?」
「自分の胸に聞いてみたら?」
思わず口にした言葉もさらりと花梨に流される……さっきから藪のヘビを突きまくってしまっていた。
「ええと……」
いかん、と一つ咳払いしてから……軽く居住まいを正して桃香と目を合わせる。
「修学旅行」
「うん」
「同じ班に、その……お願いしていいか?」
「もちろん」
お手本のような間髪入れず、で桃香が笑顔で返事をくれる。
「楽しみだね、沖縄」