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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
三学期/結局二人は変わらない?
195/225

176.2≒3

「えへへ……ごちそうさま」

「ん」

 器を傾けてスプーンで集めた最後の一口を食べ終えて、満足そうな表情を浮かべる桃香に思わず感想が漏れる。

「完食、だな」

「うん、おいしかったよ」

 それに、と桃香が付け加える。

「とっても幸せで、元気も出そう」

「……ん」

 多少恥ずかしかったが、した甲斐があったと思いつつも。

「こっちは、普通に食べような?」

「……うん」

 皿の上のウサギにした林檎を示せば、たっぷり間を置きつつも頷いてはくれて、フォークを手渡す。

「こっちも、おいしいね」

「ああ」

 さっき台所で下ろした最後の破片を口にした時にもう知っていたけれど、改めて味わいつつ頷く。




「さて、と」

 綺麗に片付いた皿に目を落としてから。

「あんまり起こしたままだと治りかけに良くないだろうし」

 言いながら取り敢えず片足を立つ体勢に持っていくものの。

「はやくん」

「……」

「やだ」

 すりおろしりんごの時は微動だにしなかった手に素早く指先を捕まえられる。

 そしてそんな手を振り払うことにならないようにゆっくりと立とうとしていた隼人も予想はしていたし、ある種の期待もあった。

「もうちょっと」

「それは、あんまりよくないだろ」

「じゃあ、もっと」

「……もっと拙くなったな」

 そう言いながらも再度腰を落ち着けてしまう自分を仕様のない奴だとは思う。

「というか」

「うん」

「ちょっと子供返りしてるぞ」

 笑いながら、ほんの少しだけいつもの瑞々しさが足りなくなっている頬を突く。

「だって」

「ん」

「ずっと前から、いっしょにいてほしかったんだから」

「……」

「! あ、はやくんを困らせたいわけじゃないよ」

「それは、わかってる」

 その言葉に、もう一度腰を浮かせて隣に移動して、そっと肩を抱き寄せる。

「もう少しだけ、な」

「うん」

 返事は言葉と、胸元への頬擦りだった。




「りんごもおいしかったけど」

「……ん」

「こっちのほうが、もっと元気になれそう」

「それは何より」

 結構そうしているんだな、というのと、でも満たされるためにはこのくらい必要だよな、という二つの感想が生まれるくらいそのままでいてから。

 手持ち無沙汰からそっと指で髪を梳いているとくすぐったそうな声の後、顔を見るためなのか桃香が僅かに身を離した。

「じゃあ、また夜に……でいいか?」

 隼人としては、もっとしたいにしても桃香の体調を考えればもうこのあたりだろう、とそう口にしたところ。

「えっと……」

「ん?」

「なにか忘れてる気がするんだよね……」

 首を捻りだす桃香に、普段ならしていることで昨日今日は風邪のため省略していることなら思い当たるが、流石にそれはまだ自粛期間だろう等と考えていると。

「あ」

「ん?」

「そうだった」

 丁度窓の外の街灯が点くタイミングで桃香が手を合わせて小さな音を立てた。

「放課後になったくらいの、はやくんが帰ってきてくれる前にね」

「ああ」

「みんなから、お見舞いのメッセージもらったんだけどね」

 校則的に放課後なら電源投入可、なタイミング。

 流石に電波よりは速く帰宅は出来ないぞ……なんて自分でもズレていると思う感想を抱いたところで。

「花梨ちゃんや美春ちゃんたちだけじゃなくて、中川さんとかからも」

「うん?」

 話すことはあるくらいのクラスの女子の名前までが出て、頭にクエスチョンマークが出る。

「はやくんに、優しくしてあげて……みたいなこと、言われたんだけど」

「!」

「なにか、あったの?」

 思わず息を変に飲んで咽返った呼気は、ほんのわずかに林檎の残り香があった。




「なにがあったの?」

「まあ、桃香が居ないとそうしたほうがいい風に見えたんじゃないのか?」

 皆大袈裟だよ、と手を振る、も。

「じーっ」

「……いや、特にないって」

「じじーっ」

 目を逸らし追及を逃れていると、昨年末に一緒に出掛けた時に贈ったぬいぐるみたちまで加えてじっと見詰められる。

「はやくん」

「ああ」

「わたし、気になりすぎて眠れないかも」

「……」

 軽くくちびるを尖らせながら、ソフトに問い詰められる。

「そしたら、またちょっと、風邪ぶり返すかも」

「だから、自分を人質に取るなよ……」

 溜息を吐いている間も、横からの視線は強く感じさせられている。

「……別に、大したことではないんだけど」

「うん」

「午後の休み時間にその、いつもの面子で居たところに伊織さんたちから話し掛けられて」

「うんうん」

「その中でつい、桃香のことを呼んでしまった……だけ、だよ」

 地理の授業から海外の話題となり、行ったことがあるか無いかという話の中で無意識に口を付いた「俺たちは行ったことないよな?」という一下り。

 咄嗟に違うと言ったものの、隼人が誰に宛てていたかは口調からも明白で、壮絶な自爆だった。

「わたし、部屋でねていたよ?」

 不思議そうに首を傾げた桃香が、次の瞬間意味を理解したのかもう一度口を開く。

 悪戯っぽく、そしてそれ以上に嬉しそうに。

 悔しいくらい楽しそうに。

「わたし、いなかったよ?」

「……わかってるよ」

 不貞腐れた声になってしまう隼人にはお構いなしで桃香が囁いて来る。

「わすれちゃってた、の?」

「違う」

「そなの?」

「あんまりにも高上さんや尾谷さんが寂しそうだとか言ってくるから桃香が居ないことを意識しないようにしてた……ら」

 言い訳から、再度墓穴を掘ったことに気付いて口を噤んだ時にはもう遅く。

「はーやくん」

「!?」

 幸せそうな顔を一瞬見たと思ったら、思い切り首から上に抱き着かれていた。

「ね、はやくん」

「……」

「はやくん」

「……聞いてるよ」

「わたしも、だいすき」

「も、って何だよ……」

 あまり口を動かさないように意識しながらも無粋な問いを呟く。

 思い切りそうだと改めて口にしたようなものなのは自分でも重々分かっている。

「わたしも、ってこと」

「……」

 確かに、ぐうの音も出ないくらいに桃香の言う通りだった。

「それよりも……」

「わ……」

「離れた方が、よくないか?」

 座っている隼人と膝立ちの桃香。普段のハグとは、逆の関係、逆の体勢。

 身体つきの違いから、隼人の顔が薄い寝間着のとんでもない場所に埋もれている状況だった。

「その、はやくんだから……いい、かな」

「……よくない」

「あう……」

「嬉しくないとも、言ってない」

 それでも理性が勝るうちに手を離させれば、さっきより赤い桃香が真正面に座る。

「え、えへへ……」

「……」

「うれしくって、つい」

「……うん」

 さっきまでの百倍遠慮がちに、両手を繋がれる。

「はやくん」

「ああ」

「今日は、いっしょにいなくて、ごめんね」

「…………風邪じゃ、しかたないだろ」

「うん」

 どっちがそうなのかわからないくらい少し乾いた声に、桃香が頷いてくれて。

 それからしばらく互いの顔を伺い合った後。

「わたしも、さみしかったんだけど……」

「ああ」

「さっきので、一気に帳消し、になっちゃった」

「ん」

 本当にそうなんだろうな、という嬉しそうな表情。

「でも、やっぱり」

「うん」

「桃香は元気な方がいいし……」

「うん」

「一緒にも、居てもらいたい」

 言いながら、両手を解いて、肩に添える。




「ね、はやくん」

「……ああ」

「これはさすがに……うつっちゃうんじゃないかな」

「……今更、だろ」

 これだけの時間、同じの空間に、こうしていたなら。

「みんなに、言われちゃうかもね」

「それも今更だろ」

「わ」

 それが片隅にも存在しないくらい、そうしたかっただけの話。

「あのね、はやくん」

「ああ」

「一回も二回も……おんなじだと思うんだけど」

「……俺もそう思う」

「わたしからも、していい?」

「じゃあ、三回になるな」




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