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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
一学期/幼馴染同士の距離がわからない?
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18.Can I touch you ?

「まだ月曜日だけど、つかれたね」

 普段からゆったりした動作のせいであまりそんな風には見えない桃香が、軽く伸びをしながら言った。

「まあ、そうかもしれない」

 軽く同意する隼人の場合は朝からのフルアクセルのせいで気疲れがメインだった。

「中学校の時とかも」

「うん」

「伊織さんや滝澤さんたちとあんな感じだった?」

 多少は気になるので聞いてみる。

「うーん、そうだね」

 夜風に揺れたカーテンを戻しながら桃香が思い出す表情をする。

「大体美春ちゃんや琴美ちゃんが面白くて、わたしや花梨ちゃんも楽しいからいっしょしてる、かな?」

「大体今と一緒か」

「そうそう、五人とも同じクラスになったのは中学一年生以来だけど、三年間だいたいそんな感じ」

 割合想像しやすい関係性だった。

「今度、アルバム見てみる?」

「……考えて、おく」

 心に正直になれば非常に興味深いが、素直に見たいとは言えないあたりが思春期だった。

「あ……でも」

「ん?」

「最近、はやくんがいてくれるから、あそこまで盛り上がってる、かな」

 それはもしかしなくても。

「……遊ばれてる、かな」

「あはは……」




「じゃあ、桃香」

 そろそろ時間だから、と横目で時計を確認しながら提案する。

「おやすみ」

 そう言ったものの、桃香から返ってこない。

 じっ、と隼人の方を見て……ややあってから呟くように声を出した。

「今日は」

「今日は?」

 そっと手を上げて隼人の方に広げて見せた。

「今日はあんまりはやくんと手を繋げてない」

「いや……そう言われても」

 それはここ数日のこと。

 ずっと昔のことを除いたなら。

「うん、そうなんだけど……ね」

 残念そうに自分の手と隼人を見比べてから。

 何かを渡すことはできてもほんのわずか届かない距離を寂しそうに見てから。

「おかしいよね」

「何が?」

「この前はおやすみって言えるだけでしあわせって思ったのにね」

 次に桃香が「ごめんね」という気がした。

「桃香」

 でも、今のことで桃香に言わせたくはなかった……その何倍も謝らないといけないのは自分だと思っているから。

「ちょっと窓から下がって」

「え?」




 次の瞬間。

「わっ」

 桃香との距離が一気に減った。




「はや……くん」

「ごめん、驚かせた」

 可能な限り室内の方に入らないように足を外に出して飛び移った桃香の部屋の肘掛窓に腰掛ける。

「あと、いけなかったらすぐに戻る」

「い、いけなくはないけど……」

 狼狽えた表情が、少し涙を浮かべる。

「前にそうしようとして……落っこちたの、忘れた?」

「忘れてない」

 その時は「いつかやると思っていた」という桃香の両親が窓の下を空の段ボール置き場にしていて事なきを得た。

「ごめん、驚かせ……」

 もう一度同じ言葉で謝ろうとした隼人だが桃香に遮られる。

「びっくりしたけど……そうじゃなくて、こわいよ」

「あ、そう……だよな、夜にこんな風に」

 男が接近したら、そう言おうとしたけれど。

「そうだよ……はやくんが怪我とかしたら、やだよ」

「……ごめん」

 すぐに戻ろうとしながらも、少しだけ言い訳がましく口にする。

「でも……少しだけでいいから桃香に触れたかったのは、同じだったから」

 もう一度ごめんと言おうとして、桃香にもう一度遮られる。

「はやくん」

「……うん」

「わたし、うれしくないって言ってない、よ」

 素直に窓から下がっていた桃香が膝立ちになると、普段とは逆転していた身長差がほぼ無くなる。

 時々感じていた桃とミルクの香りが今までで一番強くなった。

「同じこと思ってくれてうれしいよ」

 じゃあ、と隼人が差し出した手がそっと包まれて、そして少し引っ張られる。

「!」

 手の甲にとても柔らかな感触。

「……繋ぐんじゃなかったっけ」

「……うれしかったから」

 抱き締めるように引っ張られた手に、桃香がほんの軽く頬ずりをして笑っていた。




「……眠れない」

 最近何度かあったな、と思いながら天井を見上げる。

 カーテンの隙間からの僅かな明かりでさえ模様が見えるくらい目が慣れていた、そのくらいの時間が電灯を消してから経過していた。

 それなのに桃香の笑顔も香りも柔らかさも全く衰えず鮮やかに残っている。

 簡単には眠らせてくれそうにない。

 それどころか。

『高校生だからキスくらい』

 朝に花梨が言っていた言葉も詳細は忘れたけれど主旨が蘇ってくる。

 完全に自業自得だけれど同じ日に桃香の頬に触れさせられていた。ついさっきのあの時桃香の傍に行くこと自体は間違っていたとは思わなくても、軽率だったかもしれないと思わせられる。

「……どっちに?」

 頬だろうか唇だろうか、場合によっては手の甲や額? 思わず独り言ちてから、流石に先ず頬だろう、と勝手に結論すると思い出したことがあった。

(……少なくとも三回)

 桃香に、頬に、された回数。勿論幼かった頃に。

 それは子供の行為、と思うけれど事実は事実、でもある。

 子供の……で言えば最後に桃香に頬にされた時、約束したことを現実にしてしまえたなら?

「甘えすぎ」

 それは呟いた言葉の通りだと思うし、卑怯だとも思った。

 そろそろもどかしい自分に机か、畳辺りに頭を打ち付けたくなる……深夜なのでやらないが。




 せめて代わりにと足音を殺して階下に降りて洗面台に行く。

 勿論流せるのは額の汗くらいで、心の中とはもう少し折り合いをつける必要がありそうだった。



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