169.女の子たちの夜⑤
「それで待ってる間も全然ブレなかった桃香だけど」
「う、うん……」
「いざ帰ってきたらどうだったの?」
「あ、うん」
頷いて記憶を整理し始める桃香の後ろにこっそりと近付いて目を細めた琴美がボソッと呟く。
「ホントの最初は格好良くなりすぎて顔見て話せない、とか言ってたけど」
「琴美ちゃん!!」
「今思うと何言っちゃってるのにも程がある」
「ちょっとしたらことあるごとに吉野君のこと見てたのにねぇ」
「そして今となっては見せつけてくれちゃってる、ってヤツよ」
思い出し笑いする美春と絵里奈に桃香が頬を膨らます。
「そんなに見てないもん」
「どうだか」
「四月の終わりには普通に仲良しに見えたけど」
「そ、そう?」
「あら嬉しそう」
仲を褒められて瞬時に機嫌を直した後、一応桃香基準で表情を引き締めて続ける。
「こ、これでも一応最初の頃は気をつけたし頑張ったんだから」
「気を付けたって……何を?」
きょとんとした顔で聞く真矢に桃香が真面目な顔で回答する。
「はやくんも男の人になってきてるから……あんまり学校とかで話し掛けたらいやかな、とか」
「「あれで?」」
「でも、今と比べれば確かに……?」
顔を見合わせて審議に入る美春たちを他所に、花梨が聞く。
「ちなみに」
「うん」
「頑張った、というのは?」
「だから学校じゃなくて、お休みの日にはやくんのお部屋に行くことにしたの」
「そ、そう……」
「それも大概じゃん?」「そこであっさり男子の部屋突撃する!?」と誰かが小さく突っ込んだが桃香は気付かず進める。
「それなら、お菓子焼くのも上達したの見せられるし……はやくんも教室にいる時よりいいかな? って」
「お、ちゃんと考えてたんだ」
「桃香のお菓子は美味しいもんねー」
「……絵里奈が言うと吉野君の次に説得力があるわね」
「どやっ」
軽めに沸いた後、真矢が尋ねる。
「で、吉野君はどんな反応だったの?」
「そっちは食べたらすぐにおいしいって言ってくれて……うれしかった」
「だよね」
「まあ、実際そこはね……って、ん?」
引っ掛かりに気付いた視線に、桃香がまた少し頬を膨らます。
「そっちだけじゃなくって、わたし……髪とかお肌とかもお姉ちゃんたちに教えてもらいながらがんばったんだけど……」
「ああ、そっちね」
「でも、吉野君が気付いてない筈はないよね」
「むしろ、彼も男の子だし……お菓子の感想よりは口には出しづらかったりもしたんじゃない?」
「まあ、それもちょっとはわかるつもりだけど」
琴美の指摘に小さく頷く桃香の頭を絵里奈が撫でる。
「でもそこを褒めてほしいのが乙女心よね」
「うん」
「まあでも吉野君もそうは思っていたでしょ? 一回『桃香って可愛いんだよな』とか何とか言われたけど確認みたいな感じで、考えてなかったら出ないし」
「そんなことあったの?」
「あったあった」
確か皆でボウリング行った帰りだっけ? と呟いた美春が続ける。
「何? まさかの今に至るまで面と向かって褒められてないの?」
「そ、そんなことはないよ」
美春の軽い怒気に慌てて桃香が首を横に振る。
「昔みたいにすぐほめてくれる感じじゃなくって、ちょっと黙っちゃってからとかだけど……でも、ちゃんと綺麗になったって言ってくれたし」
「ほほう」
「良かったじゃん」
良き哉良き哉、と美春たちが頷く横で花梨が「昔はサラッと言ってたのかしら……」と本棚に飾ってある昔の二人を横目で見ながら呟く。
「素直じゃないのも……それはそれで可愛くって好きかな、って」
「結局好きなんかい」
ほぼ反射的にソフトに肩辺りをどやした美春に桃香がにっこり笑う。
「そうなの……結局、はやくんのこと好きだったみたい」
「あ、あと……ね」
「うん?」
「変わった変わらない、だと……二人で運動公園行ったりしたんだけど」
「ほほう?」
「昔、自転車の練習したこととか、どこで遊んだとかもちゃんと覚えててくれたのはうれしかった……な」
話が一旦緩んで、各々飲み物を口にしたところでカップの中身とそこからの湯気を見ながら桃香が柔らかく話す。
「まあ、それもそうでしょ」
「吉野君、そもそも結構細かい性格してるし」
「吉野君は吉野君で昔から桃香のこと特別だったみたいし」
「それは、そうかもだけど……あそこですごくほっとしたのも、ホントだから」
「そっかそっか」
「二人ともラブだねぇ……」
「……あ」
まったりとした空気が流れた、ところで桃香が不意に動きを止めて不服そうな目で美春たちを見回す。
「どうしたの? 桃香」
「二人とも昔から変わらないなら、足の速い吉野君に置いてきぼりにもされたりした、とか?」
置いてきぼり、の言葉に桃香は唇もついでに少し尖らす。
「それよりもその公園行った時なんだけど……みんなにいきなりドタキャンされたよね」
「あ」
「ああ、その時だったの」
ごめんごめん、と犯人たちが手を合わせるが、桃香もそこでは収まらない。
「あんな騙すみたいなことしなくてもよかったのに」
「まー、確かに桃香と吉野君なら遠からずおデートしたとは思うけど」
「応援したい気持ちからだから、ゴメンね」
「それにほら、結果的に楽しかったならオーライでしょ?」
確かにそれはそうだけど、と小さく言いながらも桃香はもう少し不満を述べる。
「わかってたら、もうちょっと準備とか……がんばったのに」
「ああ、そっちか」
「だからゴメンって」
美春たちが宥める中、花梨がサラッと口にする。
「確かに梅雨くらいの頃、吉野君に誘われたってときは髪型や服選びに余念がなかったものね」
「!」
また、桃香が一瞬動きを止める。
「そうそう、いろんな服とか髪型の自撮り送って来て」
「気合いがパなかった」
思い出し笑いをする面々に、一気に形勢が覆った。
「み、みんなだってそういうときは……そうなるでしょ?」
「どうかなー?」
「桃香みたいに王子様が来てくれたわけじゃないしねー」
「も、もー」
両頬を押さえて身悶えした桃香が、また何かを思いついて動きを止める。
「あ、あれ……?」
「うん?」
「どしたの?」
「たしかにみんなにもご意見もらったけど……はやくんと、ってことは言ってなかった、よ?」
やっぱりバレバレだった? と小さく尋ねる桃香の両肩を、それぞれ絵里奈と美春が叩く。
「桃香」
「あれでわかんない人なんて絶対いないからね」
「……だよね」
「ちなみに後学のためにも桃香に教えてほしいんだけど」
「うん? なに?」
「桃香的には何処へのおデートが一番ポイント高かった?」
絵里奈の言葉に美春と琴美は「絶対それ口実でしょ?」と横目で見るが桃香は素直に思い出し始める。
「映画館、水族館、別荘にお泊り、花火大会、季節のスイーツ巡りに冬服の買い物……あとはかぐやちゃん連れてお散歩」
「な、何で花梨ちゃんがそこまで知ってるの?」
驚く桃香に指を折っていた花梨がサラッと言う。
「全部桃香が自分で言ったか簡単に分かるようなことをしていることよ?」
「う……」
言い返せない、となった桃香だけれど思い出すような表情をしているうちに頬が緩み始める。
「どれも、楽しかったなぁ」
「あらら」
「ご馳走様」
「だって、はやくんが色々考えてくれてたから」
夜の為に上がっていたテンションも落ち着き始め、各々の目元にも眠気が侵食し始める。
「でも桃香」
「うん?」
「それでも、どれか選ぶとしたら?」
「えー……むずかしい」
絵里奈の問いに、テスト中でもそんなに迷ってたことないだろう、くらいに考え込んでから、桃香が顔を上げる。
「それならクリスマス、かなぁ」
「ほほう」
「そういえば桃香たち何してたんだっけ?」
そこはバレバレじゃなかったよね、と美春が首を捻る。
「二人で、ちょっとパーティしたの」
「どんな感じに?」
「わたしの部屋で、ケーキ作って食べてもらったり、プレゼント交換したりして」
「……今更だけど、桃香吉野君と付き合い始めたの今年だったよね」
「そこはもうこの二人はそう言うものなのよ」
わかってはいるけど言わずにはいられないといった感じに呟いた真矢に花梨が肩を竦める。
「で、桃香が吉野君にあげたのはあのすごく大事にしてる手袋なのは丸わかりとして」
「池上君たちに突っ込まれてたよね『去年までお前手袋なんていらないとか豪語してただろ!』って」
「桃香は、何を貰ったの?」
琴美、絵里奈、美春とパスが回る。
「えへ」
表情を崩して桃香が肩から掛けていたストールを撫でる。
「これ、はやくんが編んでくれたの」
「「「おおー」」」
夜間なので小さいながらも拍手が起きる。
「特別なプレゼントって、うれしいよね」
「うんうん」
「良かったねぇ、桃香」
「てか、吉野君性格もあるだろうけどマジ器用」
隼人を褒められて嬉しそうな表情をさらに深めた桃香が、あっと声を出す。
「あ、でも、プレゼントといえば……夏に買ってもらっちゃったアクセサリーも、とってもお気に入りだし」
「ほ、ほう?」
「……まさか、指?」
ちがうよー、と笑いながらも桃香が続ける。
「髪につけるほうで……で、他にもたくさん遊んだり、はやくんに朝ごはん作ったり一緒にお料理したりで、それもすっごく楽しかった」
なるほどなるほど、と頷く絵里奈や真矢を見ながら。
美春が小声で花梨に耳打ちする。
「吉野君がらみとは言え……なんか桃香テンション上がってきてない?」
「……普段ならあの子寝ている時間の筈だし」
「焚きつけといてアレだけど、とんでもなく拙いこと言いださないうちに止めた方がいい?」
「正気に戻った時に拗ねられても厄介は厄介ね」
そんなタイミングで、一瞬桃香の頭が変に揺れる。
「ま、遠からず電池が切れるでしょ」
「中学の修学旅行でも真っ先に落ちてたしね」
「じゃあ、それまでは幸せのお裾分けでも頂いてますか」
「そうしましょ」