167.女の子たちの夜③
正直なところ。
極論やら気持ちの上では桃香さえいればそれでいい、とか考えてしまうけれど現実はそうではないし。
だから変な意地とか外聞とかも含めて、そういうところはきちんとした交際相手としてたまには友達とゆっくりしな、何て口にはしたものの……全くの接点無しで眠りに就くのは妙に悔しくて。
「……ん」
メッセージを送った後で、言い訳をする。
これは僅かでいいので構ってほしいとかではなくて、口の緩すぎる桃香への釘なんだ、と。
***
「そ・れ・で」
「態度で駄々洩れだったけど、あの吉野君がストレートに桃香に好きって言った、ってコトで」
「間違いない?」
俄然興奮しながら美春たちが桃香の方に身を乗り出す。
「えへ……うん」
「「「おおー」」」
誇らし気に頷いた桃香にさらに質問が殺到する。
「で、冬休み中のいつ?」
「どこで?」
「どんな感じに?」
「えーっと、ね……」
言われた桃香が頬に手を当てて……そして表情が崩れ出す。
「えへ、えへへ……」
「あ、あのー」
「どうしたの? 桃香」
「だって……そのときのはやくんのこと、思い出したら、ね」
目を閉じて甘い溜息を吐きながら呟くように言う桃香に、あらあらこれは、と美春たちは顔を見合わせる。
果たしてあの隼人が一体どんな感じに愛を囁いたのやら、と。
「ロマンチックな感じ?」
「それとも甘々?」
「案外パッション?」
ずずいっと美春たちが身を乗り出した、所に。
「あれ?」
桃香が羽織っていたパーカーのポケットを押さえる。
「ちょっと、ごめんね」
「うん」
「いいけど」
断ってから画面をチェックしている桃香の表情の緩み様に、メッセージの相手は間違いなく断言できる。
余計なタイミングで、なんて思ったりもするけれど、今宵のメインディッシュの調理人にして提供者でもあるためにまあ許してあげよっか、とも思う。
優先順位が間違いなく一番の相手なので。
「えっと、それでね」
同じポケットにスマホを仕舞いながら桃香が顔を上げる。
「うんうん」
「あの時のはやくんは……パッション、だったかな?」
「「「おおお?」」」
そっちだったか、と感嘆の声が上がったところで、桃香が人差し指を口の前に持ってくる。
「でも、ここからはわたしとはやくんだけの内緒ね?」
「ん、まあ」
「仕方ない……か」
流石にそれはそうかと琴美と真矢は頷き、物足りなさそうな美春と絵里奈も桃香の言う通りではある、と目配せし合う。
そんな間、喉を潤すためかお茶を飲みながらも……落ち着かなさそうな様子になっていた桃香が時計をチラチラ見ながら口を開いた。
「え、えっと、ね」
「うん?」
「どしたん?」
「わたし、お代わり用のお湯とか……準備してくる、ね」
いそいそと立ち上がった桃香の様子に。
2ℓボトルを片手にまだあるよ、と言い掛けた美春が口を紡ぐころには全員が把握していた。
桃香と、窓の外を見比べる。
「どうぞゆっくり」
「沸かしてらっしゃい」
「あ、慌てるとあぶないもん、ね」
「うん、そだねー」
さっきまでと同じくらい微笑ましく笑いながら……ポケットに手を突っ込みながら慌て気味の桃香を送り出した。
「行ったね」
「行ったわね」
「一応、隠そうとはしてたけどね」
残された五人が頷き合う。
「愛だね」
「ラブラブじゃん」
「知ってたけどね」
車座になって、また首が縦に振られる。
「今のは……やっぱり」
「おやすみなさいのき、キスってヤツ……なのかな?」
真矢の発言に時間帯に配慮した悲鳴が上がる。
一応そうと確定したわけではないのは全員わかっているものの、そのようなものとして扱われていた。
「ただ、この場合重要なのは」
花梨が髪を弄りながら呟くように言う。
「吉野君にしてもらうのかしら、それとも桃香からかしら」
「確かに」
「それは重要」
それぞれに腕を組んだり頬に手を当てたりしながら数秒間考え込む。
「あ、でもさ」
何かに気付いたかのように、美春が右手の拳を左手に打つ。
「わりと桃香からかな、と思ったんだけど……吉野君にその意思が無いと届かなくない?」
「たしかに、そうね」
「……だからそんなにあたしのこと見ながら言うな」
花梨を睨むものの、効果は無い。
そんないつものやり取りを見ながら琴美が後を引き取る。
「というか、二人の身長差ってほぼ適正値の倍の筈だよ」
「24㎝……くらいはあるかもね」
簡単に思い出せる二人で並んでいる様、桃香は精々隼人の肩くらい。
「じゃあアレだね、桃香が吉野君におねだり、で」
「なるほど」
「それだ!」
積極的な桃香と、不愛想を装いながらも甘い隼人……ということで真矢の案で結論とされる。
「すごい、ホントに恋人してる」
「桃香、立派になったわね」
絵里奈が大袈裟に目元を拭うフリをする。
「まあ、その……」
「うん?」
「正式にそうなる前から、距離近過ぎですごかったけどね、桃香も吉野君も」
「まあ、ね」
「普通ああはならない」
またもや頷き合った後、美春が窓の外を伺うフリをする。
「また、二人の世界作っちゃってるんだろうなぁ……」
「まあ、桃香ずっと待っていたんだもの」
同じく隣の家との間を見るような姿勢で頬杖を付いた花梨が呟く。
「あのくらい報われてもいいと思うわ」
***
「……桃香?」
そろそろ眠ってしまおうか。
そう思った矢先に「まだ起きてたら玄関に来れる?」というメッセージが届いて慌てて鍵を開けて外に出る。
「はやくん」
僅かに先に外に出ていた桃香が向こうの家の玄関からの灯りの中で手を振って、こっちに来ようとするのを手振りで留めて駆け寄る。
「よかった、のか?」
「みんな大事なお友達だけど、はやくんにおやすみなさいっていうのも……すっごく大事」
「ん……」
電灯ではない眩しさに手を伸ばしかけて……思い留める。
「でも、これはちょっと新鮮」
「だな」
この春から改めて縮めた距離で多少は変わったものの、向かい合わせの窓か桃香の部屋で共有した夜の時間。
玄関先というのはややレア目。
「今の桃香の部屋は……危険地帯だしな」
「あはは……」
「やっぱり、色々聞かれてるよな?」
「えっと、まあ、うん」
いっそ清清しいくらいにそう公言して押しかけている美春たちである。
「でもちゃんとはやくんがさっき言ってたみたいに」
桃香が口元に指を寄せる。
「ふたりだけの秘密は秘密」
「うん」
「言われなくても、そのつもりだったけど」
「ん、まあ、念の為というやつだ……桃香は、わかりやすいから」
そんなことない、と言いたげだけど言えない桃香に試しに聞いてみる。
「ちなみに」
「うん」
「今、何って言って抜けてきたんだ?」
「……お茶用のお湯を取りに」
絶対バレバレだな、と隼人が顔に出せば。
「だって……おやすみなさいはしたかったもん」
「勿論、それは嬉しい」
そこは間違いない純度の返事をしてから。
「まあ、その……あまり長くならない方が良さそうかな」
「……かも」
「じゃあ、おやすみ桃香」
「おやすみ、はやくん」
そう言い合った後。
言葉とは裏腹に僅かな時間見つめ合って……。
「ん」
「お外、だもんね」
「……明日は、きちんとする」
「えへ、待ってるね」
ほんの一瞬だけ、身を寄せて頬を触れ合わせてから……さっき交わした挨拶の意味に従った。