165.女の子たちの夜
「お……」
土曜日の午後。
桃香と少し話した後、部屋で本を広げていると窓の外、隣の家の敷地が一気に賑やかに華やぐ。
理由はよく知っていて、桃香の部屋に花梨たちが泊りがけで遊びに来る、とのことだった……多分、駅の辺りまで迎えに行った桃香が合流して帰ってきたのだろう。
雪の夜だったけれど桃香と晴れて恋人同士になって一週間余り、僅かにも離れがたい気持ちはあるものの……流石それは欲が過ぎると自重して。
女の子たちで楽しい時間を過ごして貰って、その後でまた笑顔を見せてくれればいいな、と思ったところで。
桃香からの「ちょっと来れる?」というメッセージが着信した。
「や、吉野君」
「わざわざ悪いねー」
「いいけど、どうしたの?」
いつもの面子過ぎて休日感が無くなるのか、それともそれぞれ私服姿なのでやっぱり休みかもしれない、とか何とはなしに思いながらも桃香の家の玄関先で。
「いや、一応やっとこうかな、と」
「?」
ニヤリと笑った絵里奈が桃香に抱き着き、反対側から美春も倣う。
……身長の差で綺麗に斜めになっているな、とは怒られそうなので言わない。
「「桃香のこと、お借りしまーす」」
「なるほど」
それがやりたかったんか、と納得しながらも。
「大事に扱って返してくれるなら構わないです」
「お、思ったより余裕の返事」
「温かくして適度に甘いものを与えておけば大人しいと思うので、よろしく」
「ん、了解したわ」
「はやくん!? 花梨ちゃん!?」
「お、いいねいいね」
「そういうのもっと頂戴」
真矢にはそうは言われたものの、流石に女子の集団に長居するのは憚られ……ごゆっくりとその場を離れる。
自宅の玄関を潜る瞬間、視線で呼びかけてきた桃香が小さく手を振ってくれたものの。
「……」
気付かれていないと思うのは本人だけで、その後ろで他の全員が意味深に笑っている様に。
今宵の桃香の守秘能力に非常な不安を抱く隼人だった。
***
「では何はともあれ」
先日男子はタコパを執り行ったと耳に挟んでいたので、対抗してお好み焼きで夕食を食べ、全員で近所の銭湯に行って来てから。
寝間着に着替えてコップと飲み物が行き渡ったところで美春が仕切る。
「桃香、吉野君と交際スタート、おめでとー!」
「おめでとー」
「やったねぇ……」
100円ショップで買ってきた本日の主役、のタスキをかけさせられた桃香を中心にコップが合わさる。
「では、姫、率直なお気持ちをドウゾ」
絵里奈にマイク代わりにポッキーを突き付けられた桃香がそんなんじゃないよ、と言いながらも見事なスマイルを見せる。
「えっと、とってもしあわせ、だよ」
ご近所への配慮で限界まで絞った声量で、それでも歓声が沸き上がった。
「……さて、じゃあこの調子で色々吐いてもらおうかな」
「そうそう、夜は長いからね」
烏龍茶をさながらウィスキーのように飲み干して琴美と真矢がニヤリと笑う。
「あんまり言うと、はやくんに怒られちゃうから」
「大丈夫大丈夫、ここだけの話、にしておくから」
「そーそー、バレなきゃ平気」
「なのかなぁ」
「桃香だって、吉野君の素敵なとこ自慢したいでしょ?」
「それは……うん」
絵里奈も加わっての説得(?)にクラッカーを一口食べて花梨が呟く。
「狡い誘導ね」
「……でも止めないし」
美春のツッコミにも、花梨はいつもの表情のままだった。
「では最初の質問です」
真矢が今度はプリッツを差し出しながら口を開く。
「そもそもどう見たって二人とも両想いだったのになんでそんなに付き合いだすまでにかかったの?」
「「ね」」
美春と絵里奈も重々しく頷いたところに、琴美と花梨も付け足す。
「桃香なんて吉野君好きすぎてすぐにでも恋人になりたかったんじゃないの?」
「そもそも、誰の告白も受けずに待っていたんだしね?」
「それは、そうなんだけど……」
指先で迷いながら少し考え込んだ後、桃香が口を開く。
「はやくんが、ね」
その名前に、桃香以外の全員が「やはり原因はあっちか」と大なり小なり顔に出す。
「吉野君が何って言いやがったの?」
「美春、口、口」
本音が溢れた美春を琴美が諫めている間に桃香がさらに迷った後。
「えーっとね」
「うん」
「わたしね、小学生くらいの頃にははやちゃんのこと……だいすきだったんだけど」
全員がその時期を知っている訳ではないけれど、知ってる、と頷いた。
「はやくんはね、昔から一緒にいたから好きじゃダメで、今のはやくんのこと好きになれって……」
「真面目か!」
今度は琴美がそう突っ込む。
「桃香みたいな上物に大好きっ! ってされたならそれでいいじゃん」
「まあ、吉野君桃香ガチ勢だからね」
まあまあ、と烏龍茶を注ぎながら絵里奈が宥める。
「桃香の身も心も、ってところかしらね?」
「花梨、言い方ヤバいって」
「でも、吉野君そういうところありそうでしょう?」
「確かに」
これにもまた、桃香以外の全員が頷いた。
「え、えっと……」
今度は桃香が、手を挙げる。
「綾瀬桃香君」
琴美に国会中継風に指名されて。
「やっぱりみんなから見ても、はやくんって、わたしのことを……その、すき、って感じなの?」
「「「「……」」」」
「吃驚ね」
全員からの「お前は何を言っているんだ?」という目に桃香が身を縮めて小さくなる。
「自覚、ないの?」
「ちょ、ちょっとはあるけど……」
「そこは大いにありなさいよ」
琴美と美春に一発ずつ軽くデコピンされながらも桃香が言う。
「でも、はやくん、他の子にも優しいし……」
「あー……」
「まあねぇ」
「言いたいことはわからなくもないけど」
普段の女子への対応や、特に黒髪の小学生なんかを思い浮かべながら、桃香の発言にも一部理があると頷きながらも。
「あんね、桃香」
「うん」
「そもそも、吉野君の桃香への態度は次元が違うから」
「そ、そうなの?」
「桃香に対しては、優しいじゃなくて甘いの、甘々なの!」
「愛されてるわね」
「自覚、なかった?」
「ちょ、ちょっとは……あったけど」
「だからそこは大いにありなさいよ!」
「う、うん……ありがと」
頷いた桃香が徐々に顔を蕩かせていき……その中で、呟くように尋ねた。
「ね、もう一つ聞いていいかな?」
「いいけど」
「何?」
どんな不届きなことを言い出すのか、という全員の期待に違わず。
「はやくんとわたし、ちゃんと恋人同士に見える、かな?」
「「「「「……」」」」」
今度は五人全員が桃香にデコピンを見舞った……美春に至っては丸めた手近にあったフリーペーパーまで追加した。