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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
三学期/結局二人は変わらない?
182/225

163.向き不向き。

「はやくん」

「ああ」

「帰ろ」

「ん」

 三学期初日の全日程が終了して、隣の席から声がかかる。

 隙間時間にもいろいろ言われてしまったけれど、一緒の帰宅を促す声も笑顔も、それでもいつも通りの光景だった。

「あ、吉野君」

「うん?」

「今度の週末、元々桃香と予定あったんだけど」

「ああ、聞いていたけれど」

 片手を上げて呼び止めてきた美春に頷く。

「急遽、お泊り会に変更しちゃったけど、いいよね?」

「色々、桃香に聞かなくちゃいけないことも出来ちゃったし、ね?」

「……」

 邪な笑みを隠しもしない絵里奈も加わったところで、何故そんなことまで俺に、と思った後。

 周囲の耳目を集めている気配を背中で察する。

「……そこまで四六時中一緒ではないし」

「し?」

「別に……その、友達も大切だと思うよ」

 少し考えてから、無難な筈だ、と一旦頭で整理した答えで返す。

「おや、模範解答……でも、ありがと」

「じゃ、そういうことで、よろしく」

 了解、という風に頷いてから桃香を促して教室を出る。

 午前で放課なのに矢鱈長い半日だった気がした。




「はやくん」

「ん」

 校門を出たところで小さく呼ばれる。

「ちょっとはやいけど、いいよね?」

 確かに、それでいいのかな……と去年までよりまだ充分離れていないその位置でそっと桃香の手を握った。

 周囲の目はそれなりにあるけれど、あそこまで堂々と言った以上今更だと思った。

「えっと、あとね」

「ああ」

「……秘密にするの、下手でごめんね」

「ん……」

 ここ数日地味に悩んだのが何だったんだ、というくらい一瞬で。

 何というか、公言することになっていた。

「まあ」

「うん」

「思っていたよりずいぶん早かったけれど、そうなるんじゃないか……とは何となく思ってたから」

 別に構わないよ、と口元だけで薄く笑って見せれば。

「うー……それはそれで複雑だよ」

「この場合、桃香が単純だったんだけどな」

「……もぉ」

 密着したままで軽くタックルをされる。

 ただ、予備動作も何もできないので更にくっつく以上の効果はないものだった。

「まあ、その……この前からずっとだけど」

「うん」

「桃香が嬉しそうなのは……」

 そして、そうだから今まで以上に可愛く見えてしまうことは……という部分は流石に外では自重する。

「……とてもいいと思っている」

「えへ」

 そら、またそんな笑顔をして……と内心でだけ頬を緩める。

「うれしかったよ、はやくんがああ言ってくれて」

「……それは、よかった」

「お父さんたちやお姉ちゃんたちに言ってくれるのとは、ちょっと違う感じで」

「ん」

 言いたいことは、理解できる。

 その二件よりもう少し男子の意地やら何やらがある場所でも、確りと口にしてた。

「うれしかったし、幸せ」

「……大袈裟だろ」

「ううん、そんなことないよ」

 桃香が、繋いでいない方の手で自分を指す。

「はやくんの、彼女です」

「……間違いなく、そうだけど」

「いい響きだよね?」

「ん……」

 ご満悦な笑顔に、頷き返す。

「確かに」

「うん」

「そうなればいいな、とはずっと思っていたよ」

「……なっちゃったよ?」

 もう一度、桃香に身体ごと接触される。

 歩くのに支障ない範囲で、身を預けるように。

「だよな……ありがとう」

 繋いだ手を、指を絡めるように握り直してから。

 隣の、やっぱり笑っている顔を視界に収める。

「嬉しいよ」

「えへへ、わたしも」




 そうしてから、暫く無言で歩いた後。

「あ、でもね」

「ああ」

「こっそりお付き合いしてます、っていうのが出来なかったのは残念かも」

 確かにそう言う成分も表情には混じっているけれど、でも基本そうは見えない笑顔で桃香がそんなことを言いだす。

「桃香って」

「うん」

「わりと、そういうところあるよな……その、小説とか漫画とかみたいなのを」

 悪い意味じゃないぞ、と但し書きを付け加えながら言うと、即答される。

「だってね」

「ん」

「はやくんとそうなれればいいな、ってずっと思って読んだりしてたもの」

「……」

 そこで俺なのかよ、と内心で頭を抱える。

 桃香としてはそれはそうなのかもしれないけれど。

「……悪かったな」

「どしたの?」

「そんな物語に出てくるほど上等な奴じゃないからさ」

 少しそっぽを向きながらそんなことを口にした、ものの。

「もぉ……」

「ん?」

「わたしの好きな人はだれか知ってるでしょ?」

 頬の辺りに伸ばされた手でもふわりと甘い言葉でも戻される。

「自覚は、ある、つもりだよ」

「うん、よかった」

 さすがにわかってもらえなかったらどうしようかってところだった、なんて平和に笑っている桃香を見ながら。

 確かに、これで理解できなかったらどうかしているだろ……と自分で思ったところで。

「やっぱり、無理だろ……」

「ほえ?」

「その、桃香がこっそり付き合っている、とかするのは」

 言ってから、一応もう一度考え直してみるも……同じ結論に達する、悪い意味でも良い意味でも。

「うん、やっぱり桃香には無理だ」

「二回も言った!」

「大体……実際、今日無理だったじゃないか」

 そう、そもそもがそう言う話だった。




「一応、参考までに聞くけど」

「うん」

 少し膨らんだ桃香の頬が半分くらいは戻るのを待って、問いかけてみる。

「秘密にしていたとして……例えば、どんなことがしたかったんだ?」

 その言葉に、桃香が意外そうな表情を見せた。

「はやくんがそういうこと聞いてくれるの珍しいかも」

「変だったらもう止めるけど」

「あ、えーっと、ね」

 慌てて人差し指を立てて桃香が続ける。

「授業中ないしょの合図をして、放課後学校の外で待ち合わせして帰る、とか?」

 ああ、確かに桃香はそういうの好きそうだな……と思えたものの。

 隼人としては指摘事項をすぐに思い付いてしまう。

「……そもそも、俺たちの席は一番前でそんなことをしてれば目立つし」

「う……」

 それに後ろには花梨と美春が目を光らせている。

「第一」

「うん」

「俺たちがずっと一緒に帰っているくらい……とうに知られてはいると思う、ぞ」

 思うとかでなく、断言できるレベルで。

「だよ、ね」

 実際問題、桃香とではない帰り道はむしろ記憶に残るくらいに数少なく、隣にいることこそが日常。

 そうじゃない日の方が驚かれるであろう妙な自信さえある。

「だから、もし、そうしたいなら」

「うん」

「最低でも五月くらいからやりなおさないと、厳しくないか?」

 これでも査定は随分と甘くて……どう考えたってお互いに最初っからやらかしている。

「かも、ね」

「それに」

「に?」

「何回繰り返したところで、桃香を……」

 隼人の方でさえこれでもかと桃香のことを想っていたのだから……。

 でも、それを咄嗟に捻る。

「……桃香が、またやらかすだろ」

「あ、ひどい」

「事実だって」

「うー」

 自分の方もやや怪しいけれど。

 それでもまだ圧倒的に桃香が危ない筈だった。




「まあ、それはもうしかたない、から」

「確かにな」

「ここは、わたしたちだけの秘密のこと、増やすしかないね」

 ようやく何度か膨れた頬が戻って、桃香が切り替えた言葉を発する。

「何だよ、それ……」

「たとえば、だけど」

 蕩けた表情に小匙一杯の悪戯っぽさを含ませて。

「はやくんが、ふたりだけだといっぱいやさしいこと、とか?」

「……そんなの当たり前だろ」

「じゃあ、すてきなこといっぱい言ってくれること?」

 少し立ち止まって背伸びして、完全に内緒話の声量になった桃香に対して、逆に隼人の声が軽く裏返る。

「絶対に、秘密にしてくれよ」

「えへへ……もちろん、わたしだけの、だよ」

 こいつめ、となった隼人の視線に、してやったり! という表情で返されて。

 そりゃあ自分の口からでさえ甘い言葉が出てしまうだろうと愛らしさに胸が満たされた瞬間、不意に。

「あら、何を秘密なの?」

「え?」

「ほえ?」

 背中側から、妙齢の女性の声が掛けられる。

 どうして? となる二人の表情に洋裁店のおばさまがにこやかに教えてくれた。

「二人こそどうしたの? 商店街の中でこんなに仲良さそうに立ち止まって」

「「あ」」

 ここ、私のお店の前よ? と指摘される。

 話し込んでいるうちに、いつの間にか随分家の近くまで戻っていたようだった。

 行事の時の人混みなどの理由を除き、普段の下校時には手を繋いでいない区間にまで。

「え、ええと」

 慌てて身を離した後、解こうとした手を……でも。

「はやくん」

 そこまでは、桃香が許してはくれなくて。

「あらあら」

「……おい」

「だって」

 そんな二人を順にゆっくり見比べて、我が事のように楽しそうに告げられる。

「いつも通り……いいえ、今まで以上に仲良しね?」





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