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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
一学期/幼馴染同士の距離がわからない?
18/225

17.お楽しみでしたか?

「おはよ」

 桃香の制服姿が新鮮に感じ若干懐かしい。

 五日ぶりくらいで、と思わなくもないけれど。

「お休み、終わっちゃったね」

「やっぱり残念か?」

 んー、と五歩分ほど考えた後。

「いろいろなことができる、って意味だとやっぱり、ね」

「まあ、そうか」

 幼くて互いの家に預けられたりしたことをカウントすると時間的に最長かどうかは怪しいが、間違いなく過去一番濃密な大型連休だった。

「あと残念といえば……」

 色々貰っちゃったのにそんなこと言ったらダメだけど、と桃香が言ったところでそのうちの一人である和菓子屋さんのおばあさんが通り掛かって二人で挨拶をした。

「貰いすぎちゃって焼きたいお菓子を延期したこと、かな」

 食事系以外のものを昨日の勉強会の時に消費したもののまだし切れていない。

 感謝はしながら両親たちの今日のお茶菓子になる予定だった。

「桃香が大変だろうし、買ったものとかでも全然構わないんだけど」

「……むー」

 横目で見れば明らかに膨れている。

「ちょっと手間はあるけど……楽しいんだよ?」

「なら、無理のない程度で……今週末にでも」

「うん、そろそろテストも近いからね」

「……余裕ある」

「余裕を作るために早めにはじめるんだよ?」

「おっしゃる通りです」

 その後、二人で笑ってから。

「ところで」

 少し引っかかっていることを切り出す。

「何かを忘れている気がするんだよな」

「はやくんも?」

「桃香も?」

 思わず、顔を見合わせる。

「何だっけ?」

「うーん……」

「まあ、必要になれば思い出すか」

「そうだね」




 結論から言えば直ぐに思い出すことになった、それも強制的に。




「もーもか♪」

「吉野君も、おはよ」

 教室に入ると美春と琴美が楽しそうな笑顔で声を掛けてくる。

 その笑顔は今朝のスポーツニュースでナイスアシストを決めたサッカー選手のそれに似ていた。

「うん、おはよー」

 桃香がいつも通り返して、隼人もその後に、と思ったが被せるくらいのタイミングで続けられる。

「あ・の・あ・と」

「どうだったの?」

「気になるー」

「あ」

 桃香が固まって、三秒で茹で上がる。

 二人きりだと割と大胆なのにな、と隼人は思う……思うだけ、絶対に表には出さない、出すわけにはいかない。

 そう思いながらこの場を離れたら良いのか迷っていると。

「まあ、悪かったとは思っているわ」

「ホントごめん」

 反省の色が言葉ほどには見えない花梨と友也に退路を塞がれる。そしてそのまま通学してくる他の面々の邪魔にならないよう窓際の桃香の席まで塊になって移動する。

 隼人は意思に関わらず自分の席に行けない。逃げたいのと桃香を放置するとまずい気がする予感とのせめぎ合いはまだ続いている。

「いやね、最初は本当に男同士の友情を深めたかったんだけど、ね? 伊織さんたちがね?」

「提案したのは認めるけど柳倉君もノリノリだったじゃない?」

「もー、そんなことどうでもいいでしょ!」

「そうそう、大事なのは桃香と吉野君のその後」

 美春たちが桃香に迫る。

「あのあと、どうなったの?」

「え、えーっと」

 少しずつ復帰してきた桃香が口を開く。

「えいが、みたよ?」

「モチロン、吉野君とだよね?」

「……それは流石に」

 隼人も認める。というかあそこで桃香を置いて帰るなど色々な人というか知り合い全員に張り倒されただろう。

「それってやっぱり」

「アレだよね、アレをカップルシートで観たんだよね?」

 ああ、もう一つの候補だった方か、と隼人が思ったところで桃香は素直に観た映画のタイトルを口にしたのだが。

「うっそでしょー!」

「なんでそうなるかなぁ」

 非難は轟々だった。

 仮にも高校生が男女二人きりで見る映画がそっちかい、という視線が隼人にも飛んでくる。

「面白かったのに……」

「そこでその発想になる桃香が面白過ぎるわ」

「ちゃんとヒロインもいて、えと、その……そういうシーンもあったのに」

「私達が言いたいのはそういうことじゃないのよ?」

 強烈にダメ出しされて人差し指を突き合わせている桃香に、絵里奈が次の質問を飛ばした。

「それでそれで、その後はどうしたの?」

「映画の、あと?」

「そうそう」

「えへ……」

 まばたきをした桃香が、大事な何かを思い出したように頬を染め、微笑みながら小さく呟いた。




「はやくんが、とってもやさしかった、な」




「「「「「え?」」」」」

 とろけるような桃香と反対に、周囲は一瞬だけ凍り付いた。

 少なくとも隼人には空気が固まる音が聞こえた気がした。

「もも、か?」

「それ、ホント?」

 さっきまでのノリノリとは違い困惑しながらの質問となる。

「うん……なんていうか、わたしの言いたいことちゃんとわかってくれた、っていうか……リードしてくれた、って言えばいいのかな?」

「きゃーっ」

「甘々じゃん」

 その言葉に周囲からの黄色い悲鳴がどっと上がる。

「桃香、えらい、頑張った」

「私達も嬉しいよ!」

「そ、そう?」

 抱き締められ撫でられるがままになっている桃香は多少の疑問は持ちながらも具体的に何がおかしいのかはわかっていない模様だった。

「ねえ、吉野君」

「はい」

「桃香の言っていることと美春たちが思っていることはズレている、という解釈でいいのね?」

「その通りです」

 内心で頭を抱えている、というか額に手を当てている隼人に花梨が確認する。

「吉野君そのあたり大事にしそうだものね」

「……誉め言葉と受け取って良いのかな」

 一応ね、と言って花梨が澄ました声と顔で髪を弄りながら続ける。

「まあ、高校生だからいいんじゃない? 映画で盛り上がってそのままキスしてしまうくらいは」

「……はい?」

 隼人の素っ頓狂な反応に、花梨の手が止まる。

「えっ?」

「え?」

「……」

「……」

「その、非常に言いにくいのだけど」

「はい」

「私も、違っていた?」

 隼人が何度も縦に首を振る。

「ご、ごめんなさい」

 花梨も赤くなって目を逸らす。

 桃香たちの方は、相変わらず盛り上がっている様子だった。




「桃香……いや、もう、これは桃香パイセンと呼ぶしかないか」

「えー、どうして?」

「いやいや、だって、ねぇ?」

「女子としての格の違いというか経験の差というか?」

 そして隼人の方は、といえば混乱の極みにあった。

 完全に忘れていたとはいえ、まあ美春たちにからかわれるのは(不本意ながら)慣れつつはあった。あったけれど今はそれどころではない。

 無意識に桃香の姿を追ってしまう、のは割合今までの通りではあったが……。

 今はどうしても桃香の唇、もしくは頬のあたりに視線が行ってしまう。

(これは、良くない)

 勘違いされていることだろうか? 意識が行くことだろうか?

 両方だった。




 だけど、一先ず、大事なこととして。




「で、どっちからいったの?」

「どっち?」

「桃香と吉野君、どっちからそういう流れにしたの?」

「参考までに聞かせてよ」

 盛り上がり続けている女子たちに割って入るのは気どころか腰が引けるものの、このまま放置の方がもっと拙い。

「それは……こっちから、だけど」

「おお、吉野パイセン!」

「三割マシで男前!」

 全て反応するとどうしようもなくなるので悪いと思いながら無視しつつ、桃香の傍に行き隣に並ぶ。

「はやくん?」

「こう、だっけ?」

 心の中では少しだけ迷いながら、それを表には出さないように心掛けながら。

 そっと桃香の手を握る。

「あ……うん」

 少し驚いた後、笑って隼人を見上げながら手を握り返す桃香に。

「へ?」

「どういうこと?」

「映画観て、こうしながら少し散歩して帰っただけだけど」

 だけ、を強調して答える。

「あ、そ、そうなんですか」

「そうなんですよ」

「そうだよ?」

 心の中で冷や汗をかきながら笑って、それから桃香の手を解く。

 少し不満そうな顔が視界の横に見えたが流石にこれ以上の度胸は打ち止めだった。

「ももか……」

「いや、それよりうち等よ」

「……そうね、少し心が汚れていたわ」

「ピュア甘だったんだ……」

 冷静にはなったものの静かにはなっていない女子の輪を抜けてようやく席に辿り着く。

 こっちも悪かったな、と言う勝利がついでにぼそりと呟いた。

「小学生かよ?」

 全く反論できなかった。


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