159.自慢の相手
「え、えーっと……どうしよう、はやくん」
「……流石にそれは答えなくていいぞ」
多少のブーイングは承知の上で、少し強めに戸惑っている桃香を制する。
けれど、画面の向こうの二人は別のことに興味を引かれているようで。
「えーっと、お姉さん」
「今、お兄ちゃんのこと……何って呼びました?」
「あ、あはは……」
照れ顔で、人差し指同士を突き合わせながら桃香が答える。
「その、小さいときから、仲良しだったから、ね」
「わぉ……」
「隼人、一体これどういうコト?」
「……見ての通りだよ」
とても不服そうな声で聞かれるが、もう何を言っても駄目だと七割ヤケでそう答える。
「それで、えっとね」
そんな隙に、桃香がさらりと口にする。
「はやくんのことは、ずっと前から……ほとんど全部、好きだよ」
今日一番の歓声が、向こうから聞こえた。
「なんだか、隼人に本当に彼女さんができててびっくりだけど」
「思っていた以上にアツアツでさらにびっくりだね」
「絶対こんなキャラじゃないと思ってたけど」
「お姉さんに変えられちゃったのかな」
「五月蠅いぞ、二人とも」
うんうん、と頷き合う画面の向こうの二人に少々低くした声で言うものの。
そんなものは何の障害にもならないらしく。
「隼人、お姉さんのこと絶対に大事にしなさいよ」
「そうだよ、こんないい人絶対に二度と見つからないから」
「それは、わかってる」
一頻り……いや、二頻りほど赤くなりながら騒いだ後、二人に滾々と諭される。
「というかお兄ちゃん、よくこれで彼女いないって言ったよね」
「全くだねー」
「事実は事実だよ……」
「ふーん」
「へー」
とてもとても何かを言いたげな目で見られる……隼人としてはお前たちこそ今までも散々好き放題言っただろうと言いたいけれど。
「あ、お姉さん、ほんとウチの隼人見捨てないであげてね」
「色々とあれだけど、悪い子じゃないので」
「あのなぁ」
過去最高にテンションの上がっている二人に女子は三人で姦しいと言うけれど二人で充分なっているじゃないか……と思ったところで隣の桃香の存在を思い出す。
つまり、この三人既に息が合ってるのだろうか……?
「だいじょうぶ」
「ん?」
「わたし、ちゃんとわかってるから、はやくんのそういうところも」
「「キャーッ」」
少なくとも、今は隼人の方が若干蚊帳の外、だった。
その後、もうしばらく話が弾んで。
あと、ぬいぐるみの買い物のお礼なんかも出たりして。
「じゃあ、桃香お姉さん、よかったらまたお話しようね」
「うん、ぜひ」
「いっそのこと、こっちに遊びに来てね~」
「えーっと、それははやくん次第、かな」
桃香に顔を向けられて……確かに、この前帰省した時ちょくちょく桃香が一緒だったら、と考えなくも無かったけれど。
もしそうしたとした時は、まずこの二人が大歓迎してくれるんだろうな、と……多分、親戚一同そうだろうけれど。
流石に、話の飛躍が過ぎる気がする……というか、母が泡を吹くだろう。
「まあ、考えとく」
「えへ……だって」
「あ、隼人」
「ちゃんとお姉さんのこと大事にするんだよ」
「泣かせたら承知しないからね!」
「……それは、ちゃんとするよ」
年下二人に宜しい、と頷かれる。
若干複雑ではあるけれど、正論も正論なので文句は言わない。
「じゃあまたねー」
「またねー」
「ばいばい」
最後は年相応な感じに手を振る二人からの通話が、そっと切れた。
「えへへ……いい子さんだったね」
「まあ、な」
楽しげな顔で同意を求められるが、従兄としてはともかくさっきまでの奔放な言動にさらされた身としては若干複雑ではあった。
「お姉さん、だって」
「そりゃ年上だしな」
やや童顔で気持ち幼いところもある桃香だけれど、この年代での三歳差は覆されてはいなかったためか自分を指差してはにかむ。
時折隼人にそう振舞おうとして邪険にされている分、素直にそう呼んでくれるのは結構嬉しかったようだった。
「で、そのお姉さん」
「ほぇ」
「子供相手なのだから、もうちょい、大人の余裕を見せてもらってもいいかな?」
軽く、頬を抓みながらさっきまでのことで、抗議する。
「なにも、あそこまで……その」
「うん」
「正直に、言わなくても……」
「ご、ごめんね」
瞬きを一つして我に返った様子の桃香に、頬から離した手を握られる。
「いや、だった……?」
「嫌とかそういうのではないけど」
桃香の瞳から目線を外して、ぼそりと呟く。
「その、恥ずかしい……だろ?」
「あ」
桃香が一つ頷く。
「それはそうかも……だけど」
「ど?」
「わたしは、嬉しくってちょっと自慢しちゃいたい、かも」
「自慢って……」
「わたしの彼氏さんは、こんなに素敵だよ、って」
握っていた手を、指同士まで絡めながら。
熱を帯びた瞳で見つめられる。
「ちゃんと約束通り帰ってきてくれて……わたしの大好きをしっかり受け取って返事をくれたよ、って」
「……桃香」
唐突に、学園祭のときに偶然会った桃香の中学時代の同級生たちを思い出す。
隼人の影が傍にいなくても頑なにそうしていた桃香を、特にその行為を、良い意味では見ていなかった向きもあったということだろうな、と。
「……お待たせして、ごめんな」
「ううん、今はしっかり……だもんね」
「ん」
それにね、と桃香が付け加える。
「そんな大好きな人の彼女になれたんだもん」
「ん……」
さっきのお返し、とばかりに鼻の先端を鼻先で触れられる。
「わたしも、思いっきり舞い上がっちゃってるの、かな?」
「確かに、随分と舞い上がってるな」
「ね……」
桃香の表情と声からも明らかだったけれど、自分がそうさせていることを噛みしめたせいで少し間が開いて。
少しだけ、間の抜けたタイミングでの返しになってしまっていた。
「飛んでかないように、よろしくね」
自分で言うのかよ、とはちょっと思ったけれど。
「それは、本気で困るから……」
「うん」
気持ち力を増して、指を絡めている手を握る。
「捕まえられちゃった」
「……離したくはないかな」
握り返しながら、桃香が笑う。
「とりあえず」
「ああ」
「このままだと、お昼ご飯食べるの大変そう」
「そういう意味じゃないし」
「えへ……うん」
肩の力を抜いて、空いた手で軽く額を小突いてやると、それでも桃香は笑う。
「離さないでね」
「ん……」
今までなら、桃香がそう思ってくれる限り、と付けて返したけれど。
それはもう、思い知らされているから。
「離さないよ」
「えへへ……」
言葉でも指使いでも。
「両想い、だからな」
「わ!」
全身でも、伝えることにした。