152.結局、ずっと前から
「さて、と」
立ち話もなんですから、と彩の提案で甘酒と汁粉を調達して移動した川沿いのベンチで。
湯気を立てる紙コップの中身を一口飲んでその味に目を細めた悠がそのまま目付きを鋭くさせて彩と隼人を順番に見る。
「改めて、どういうコトか説明してもらおっかな?」
軽めとはいえ美人の怒気、そこそこの迫力なのだが。
「いえ」
意に介していない彩はこちらも紙コップを傾けながら澄ました顔で汁粉と悠の不機嫌な顔を堪能している。
「そこは店員の守秘義務ってヤツですかね」
「む……?」
ただ、一応人差し指を口の前に立てつつも一応は遠回しに説明しているようで。
「ああ、昨日の夜隼人たちは外食だったのか」
「まあ、家の店にもご予約のお客様が二家族いらっしゃったのですが」
守秘義務と言ったのはどの口だ、と苦笑いしながらも横目で見ているひたすらコップの中身を吹いている猫舌な桃香の姿には内心頬を緩める。
「とても盛り上がった素敵な会食でしたね」
「……昨日のパーティ父様一人で行かせればよかった」
それは流石にあんまりだろと思いながらも、悠にご機嫌を直してもらうべく口を開く。
「あのさ、姉さん」
「なんだー、はやとー」
ちょっと面白くないんだけど、と顔に大書している悠に。
「たしかに、知ってもらうのは少し遅れたかもしれないけど……俺と桃香の家族以外に自分の意志で言うのはたまたま居合わせた店員さんじゃなくて、悠姉さんが一番最初なので」
「なのか!?」
「うん」
「そうだよ、お姉ちゃんが一番最初」
わざと大きめに頷いた隼人に、横から桃香も申し添えて……急傾斜していた悠の機嫌が一気に直る。
「そうかそうか、ならいいんだ」
「おやまあ、さっきまでが嘘のようにお嬉しそうに」
「はっはっは、何とでも言うがいいさ……って、ん?」
呵々と笑って甘酒を飲み干した悠が、何かを思いついたのか、唐突に真顔に戻る。
「つまり、桃香のお父様にも……?」
「まあ、うん、その……きちんと報告をしてお許しを貰った」
「えへへ……」
「つまり……アレか?」
「「あれ?」」
「いわゆる私に娘さんを下さい、的な……?」
本当に、本当に希少な悠の頬を染めた姿、だったが。
当の隼人はそれどころではない、取り敢えず大変なことを言いだす予感はしたので口の中を空にしておいて本当に良かった。
「いや、いやいや……待って」
慌てて手を上げて話を遮る。
「それは内容が飛躍し過ぎだろ」
「あら、でも」
紙コップから口を離して横から彩が事も無げに呟く。
「幸せにします、と約束をしていませんでしたっけ?」
「……守秘義務はどうしたの」
「今は可愛い妹の幸せを願う立場です」
「ズルくない?」
それは確かに両方そうなのかもしれないけれど、都合が良過ぎるだろうと抗議したくもなる。
ただ。
「ええと」
「お?」
「それは……そういう気持ちも覚悟も無しに付き合いって欲しいとか言わないよ」
それを聞かれたなら、誤魔化すわけにはいかないのでそう答える。
「実に隼人してるなぁ」
「どういう意味だよ……」
「真面目で、あと若干重い」
「複雑だ……」
「褒めてますよ? 勿論私も」
立ち上がった二人にぐりぐり頭を撫でられながら。
「で、そう言われてどうだった? 桃香」
「え?」
「それを桃香に聞くのもズルいだろ」
人とは多少差はあれど高校生男子相応に純粋さを失っている自分に対して、本当に変わらず素直な性格をしている桃香に聞くのは。
そう抗議するものの。
当の言われた桃香は。
「えへ……はやくん、たしかにそう言ってくれたし、もうされちゃってる気も……するかな」
二人に比べて若干着慣れない動作で袖から伸ばした手で隼人の袖を捕まえて。
「わたしは、とってもうれしかったよ?」
「……」
「ね?」
そう言われてしまうとやはり何も言えなくなる隼人だった。
「それにしても」
「うん?」
「きっとこんな日が来るとは思っていたけど、本当に二人がそうなると」
「まあ、感慨深いものはありますね」
うんうん、と頷く動作は本当にぴたりと同期するんだな、と感心したくなるくらいに悠と彩が頷く。
「幼稚園に上がる前から『はやちゃんはやちゃん』とべったりで」
「お泊りするときは隼人と手を繋いでないと寝付けなくて」
「隼人は隼人で普段大人しい癖に桃香をいじめた相手にだけは容赦しなくて」
「綺麗な花とか蝶々を見付けたらすぐに桃香を呼びに行って」
「あ、あの……姉さん?」
教科書の見本に出来そうなくらいな阿吽の呼吸を見せる二人に、そんなもの見本にされたら外を出歩けなくなる隼人はそろそろやめてとジェスチャーで伝えるが、完璧に無視される。
「一緒に居られなくなったらなったで『はやちゃんが連れて行きたくなっちゃうくらい素敵な女の子になればいいよね』とか言い出して自分磨き始めるし」
「そうしたらそうしたで男の子に人気が出てしまったものの本命以外はこれっぽっちも相手にしないし」
「隼人は隼人で『女の子には興味ないです』みたいな顔をしておきながら実際は桃香以外見ていないだけだし」
「多少、離れていた時期もあって、お互い大人になったことも併せてギクシャクするかときた……いえ、心配していたのにあっという間に昔のように仲良くなって」
「さりげなく手は握るは二人で出かけるは、いつの間にやらこんな綺麗な髪飾りまで見つけてきて」
「結局、収まるところに収まるまで少しかかっただけですか」
「まあ、それでも再開したころからお互いにお互いだけにしかしないことしかしていないし」
「ですねえ」
「むしろ恋人同士じゃないのが無理があったよな」
「どこからどう見てもそうでしたもの」
「全く、やってくれるなぁ」
「やれやれ、ですね」
「お姉ちゃん……」
「流石にそろそろ止めて」
小さい頃の分は笑って流していたが、現状が近くなるにつれて許容範囲外らしい桃香と当の昔に羞恥が限界の隼人で二人がかりで止めに掛かる。
「えー」
「まだまだいけますけれど?」
「なあ?」
「ザクザク出ますよ?」
「少しは今までの行いを顧みろ、という話だな」
残念、というような風を見せながらも桃香に難色を示されると割と大人しく矛を収める二人にそれはそれで複雑な気分にさせられる。
まあ、そこで蒸し返すような真似はしないのだけれど。
「ああ、そうそう、それでも隼人に一つ確認」
「……何?」
「桃の花言葉、知ってて選んだ?」
「……」
桃香の髪飾りを指す悠に、一度口を噤んで迷ったけれど。
「逆に」
「に?」
「知らない訳が、ないだろ……」
「ですよね」
調べたのも覚えたのも、この花が一番最初だった。
「本当に、桃香は桃が似合う女の子だよな」
「そして隼人と本当にお似合いですね」
「えへへ」
「あと、最後に桃香にもう一つだけ聞きたいのですけど」
「うん?」
ゆっくりと最後に汁粉を飲み干した桃香に彩が尋ねる。
「念願叶って彼氏になった隼人は、どうですか?」
「……おい」
何を言い出す、と思わず彩を見た後、慌てて桃香に視線を戻すものの。
「えへ」
桃香は小首を傾げた後、人差し指を口の前に持ってくる。
「そのはやくんはわたしだけのだから」
「お」
「あら」
「いくらお姉ちゃんたちでも、ないしょ」