表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それで付き合ってないとか信じない  作者: F
一学期/幼馴染同士の距離がわからない?
17/225

16.白いハンカチの危機

「どうして桃香ちゃんと帰ってきたの」

 友達と出掛けるって言ってなかった? と古書店の片付けをしていた母に苦笑いされたのを「色々」とこの年代の男子らしく簡潔に返して。

 食事や入浴、読書に自主勉強をしてもどうしても桃香の顔が離れなかった。

 そのくらい、強烈な一日だった。




「今日は楽しかったねー」

 だから、窓の向こうで浮かんだ笑顔が純粋にその言葉通りに見えて少々複雑な気持ちにもさせられる。

 桃香は本当にそれだけだったのだろうか……と。

 無論、一番大きいのは良かった、ということだけれども。

「明日は、ご予定、どう?」

 小首を傾げると長い髪が揺れる、それもいつも以上に奇麗な光景に思えた。

「連休中に買い出しをしてほしい、って言われていることはあるからそれは済ませたいかな」

 明後日は雨みたいだし、と言うと桃香が少し驚いた顔をする。

「昨日今日とこんなにいい天気なのに?」

「明日の夜崩れるって」

「そっかぁ」

 窓から少し乗り出して夜空を見上げる様が何だか微笑ましかった。

「じゃあ、明後日は勉強会することにして、明日はついて行っていい?」

「ただの買い物だけど」

「一緒ならたのしいよ?」

 ふわっ、とした笑い方の後で。

「それに家のお母さんのことだから何かしら買い忘れとかあると思うし」

 口実でーきた、と軽く拳を握る。

「何を買いに行くかまだ言ってないけど」

「何とかなるよー」

 明日の雨が早まったとしても同行は確定事項の模様だった。

「少し店番とかもお手伝いするから、午後とかでいい?」

「じゃあ、それで」

「お店にいると思うから、声かけてね」

 じゃあおやすみ、と言って手を振って桃香が窓を閉めてカーテンを引く。

 無論隼人も同じことをするが……その動作がお互い日に日に緩慢になっていく、気がした。




「いらっしゃいませ」

「……いや、あの」

 休日午後、客足が落ち着く頃を見計らってお隣の青果店を訪れれば看板娘の笑顔が迎えてくれる。

 真正面から行ったため隼人ときちんと認識している筈なのに、その対応だった。

「何だかいつもの桃香と違う」

「サービス、かな?」

「成程……?」

 とりあえず隼人にとって接客モードの桃香というのはどの商品よりも新鮮ではあったとは思う。

「ちなみに本日の目玉商品は……」

「こちらのさくらんぼと、あとはライチなんかもおススメです」

 軽い気持ちで尋ねると、案外しっかりと対応してくれる。

 盛られた籠を手で示す様も立派なものだった。

「……桃じゃないのか」

「もちろん、旬が来たら何をおいても売っちゃうけどね」

 グッと拳を握り主張する。

「ただ、もう半月……ううん、三週間くらいしないと本当においしい桃は入ってこないの」

「そ、そうか……」

 名前が名前だけに、拘りが、強めだった。

「と、言うか……」

「?」

 完全に看板娘を解除して、いつもの桃香になって隼人の隣に来る。

 昨日の帰り道くらいの距離まで近づいて隼人の袖を握ると、少し迷ってからさっき最初に勧めた果実色の頬で囁いた。

「…………今日、桃は入荷してないのにおすすめしたら、はやくんどうするの?」

「……!」

 絶対に誰にも聞こえない距離で。今店内にある例外は、一つだけ、と。

「それは、ええと、その……」

「えへ……」

 隼人の狼狽振りに満足したかのように笑ってから、離れて。

 離れた後で、じわじわと自分の発言を鑑みたようで。

 俯いて小さくなりながら呟いた。

「ま、まだ季節じゃ……ない、から」

「そ、そっか……うん」

 こっそりと胸をなでおろす。来客のない時間で、本当に良かった、と。

 二人して沈黙するしか、なかった。

「わ!」

 そんな静けさに店の奥から桃香の名前を呼ぶ声がして、弾かれたように声や表情を通常に戻す。

「ち、ちょっと待っててね」

 エプロンを畳みながら下がると、二言三言話してから鞄片手に現れた。

「困ったね」

「ん?」

「けっこう買うものあるみたい」

 言葉とは裏腹の表情で。

 そんな桃香に隼人も応じる。

「奇遇なことに」

「?」

「こちらの買い物リストも増やされた」

 桃香と行くことになった、と言うと折角ならとそうされたことは、今は伏せておくことにした。

「まあ、時間はあるから」

「帰りは昨日と同じくらいでもだいじょうぶ、だって」

 増えたとはいえどう考えてもそこまではかからない計算だったが。

「……家もそう言われた」

「あはは……」

 ふたりならなんとかなるね、と言った桃香がスニーカーの踵を直して。

 いってきます、とあらためて少し大きめの声で告げて、まずは店の外に出た。




「はやくん、大丈夫?」

「まあ、重くはないんだけど」

 両家の母が何やかんやと増やした買い物は細々としたもの中心で。

 まずは商店街では買えないもの済ませて戻ってくる、ところまでは計画通りだったものの。

「桃香は人気者だ」

「はやくんが帰ってきたのも皆よろこんでいるんだよ?」

 大物を中心に入れた袋を抱えて右腕にトートバックの持ち手を通している隼人に対して桃香は小さな包みをいくつかぶら下げている。

 メモ片手に何件か回りながら二人で商店街を歩いていると色々と声を掛けられ、ついでに持たされ、といった具合だった。

「あとは……いっしょだったから、かもね」

「かもでは……ないと思う」

 特におばさま方が楽しそうでは、あった。

「ちょっと休憩しよっか?」

「いや、まだ行けるしいっそ一度荷物置きに戻った方が……」

「……わたしは、疲れたの」

 全く持って余裕そうだが、そういうことの模様だった。

 裏手を流れる川沿いの、枝垂桜の木陰になるベンチに並んで腰掛ける。

「お団子にコロッケにクロワッサン……佃煮と千枚漬けはさすがにごはんのお供だよね」

「大変なことになった……」

 連続で繰り出された「二人で食べて」攻撃の数々。

 ご厚意は有難いが、恐縮する量でもあった。

「あ、はやくん、それ押さえなくて大丈夫?」

「いや、まあ、何とか?」

 いくつかの店舗分の買い物を統合した隼人の膝の上の袋は若干怪しいバランスで成り立っていた。

「たぶん、しっかりもっていた方がいいと思うな」

「まあ崩れたら嫌か」

「じゃあ、そういうことなので」

 隼人の手がしっかり塞がったのを確認して、桃香がにこやかに和菓子の包装を解いて中にある容器を開いた。

「お口、あけて?」

「みたらし団子はちょっと危なくないか?」

「でも、上総屋さんの名物はやっぱりこのタレだから」

 そうじゃない、と目で訴えれば、あ! と桃香が一旦団子を戻す。

「ちゃんとハンカチもあるよ」

「……その真っ白なので醤油のたれ拭いてほしくは無いな」

 微妙に伝わらないので言葉に出す。

「さすがにここでそれは……恥ずかしい」

「誰もみてないよ?」

 昔はよくやったでしょ? と通行人がいるくらいならやりそうな桃香に、尋ねる。

「桃香は、平気なのか? ……というか、昔やってたらそれでいいのかよ」

「……まったく全部がそうじゃないわけじゃないけど」

 にっこり笑って串を近付けてくる。

 当然桃香の笑顔も近くなる。

「はやくんにしてみたい、が勝っちゃうね」

「そう、か」

 色々な意味で負けて、負けた以上は素直に口を開く。

「……この団子、何だか震えてない?」

「緊張しないとは言ってないもん」

 動かないでー、と訴える桃香にだから団子の方が動いているんだと思いながらも。

 それでも何とか上唇辺りに一回接触しただけで何とか口に収める。

「おいしい?」

「それは、間違いない」

「もう一つ食べたくなったらおしえてね?」

 ご機嫌で甲斐甲斐しいことを言う桃香の楽しそうな様子を見ながら、ふと思う。

 「桃香が喜ぶことを、考えればいい」と言われたここ数日、従来以上に桃香に弱くなってしまっていないだろうかと。

 そして「昔はしていたから」という言い訳から先はどうすればいいのだろうか、と。

 少しだけしょっぱい団子は、しかしそれ以上に甘かった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ