150.お正月を写そう
「桃香」
「うん」
「石段、大丈夫か?」
桃香の家から神社まで。
完全に目を引く和服美少女たちのお供状態だったし、まあそれも仕方ないと思っていたけれど。
少し急で滑りやすい難所を前にここは役目だよな、と手を差し出す。
「ありがと」
「ん」
頷いて桃香の指先を包んだところで、石段の途中から声が降ってくる。
「あら? 私達の心配は」
「してくれないのかな?」
「……必要なさそうなことをして何を」
格好からは信じられないくらい軽やかに三分の一ほどを登って、悠に至っては狭い足場でターンまでしている二人に肩を竦めながら返事をする。
「わたしは」
「うん」
「必要?」
「……万が一にだって怪我をさせたくない」
小さな声で聞いていた桃香にも、同じく一人にだけ聞こえる声量で返事をした後。
「何だか扱いが違わないか?」
「……桃香なんだから当然だよ」
もう一言聞いて来る悠に、大分本音の欠片が大きめに混じったな、と言ってから思った。
手を清めてからお賽銭を入れてお参りをして。
願い事がシンプルな隼人は早めに済んで薄目を空けて隣を見れば桃香が一心に何かを願っている姿。
多分、その内容に自分が大いに絡んでいるのは自惚れじゃないよな……何てことを考えていると。
「?」
見惚れていた時間は長かったのか願掛けが済んで目を開けたところで気付かれて視線が合う。
「どしたの?」
「何でも」
そんな会話が合図になって四人並んでいた神前から下がって。
「それで桃香は」
「何を願掛けしたんだ?」
さっきまでは礼儀正しく所作も完璧に、日本文化紹介の動画にでも使えそうなお参りしていたのに、今はなんとまあ煩悩塗れなお顔で……と悠の切り替えにある意味感心しながら。
「言っちゃったら、だめでしょ?」
「どうせ隼人の事なんだろ~?」
「えへへ、ないしょ」
うりゃうりゃ、と桃香に抱き着く悠の手元から。
「姉さん」
「ん?」
「あら」
「わ」
そっと桃香の手を引いて連れ出して、背中側から両手を肩に置いて少し隔てるようにする。
「桃香が、困ってる」
努めて平静な声で告げると。
「ん……?」
「どうしたのさ」
「んんんー?」
物凄く、訝し気な顔で凝視される。
一応隼人としても伝えたいことを意識しつつの行動だったのでそうなるのだろうな、と思いつつも言葉を探していると。
「お待たせしましたね」
そんな隼人たちに、穏やかな男性の声が掛けられた。
「海藤のおじさん?」
「やあ、隼人君に桃香ちゃん、あけましておめでとう」
機材の鞄を下げて鳥居をくぐって来た写真館の小父さんに、二人して年始の挨拶を返しながら。
「どうしたんですか?」
「そちらのお嬢さんにご依頼頂いてね」
「ふふっ」
楽し気に胸を張った悠が説明してくれる。
「夏祭りの時に皆で撮ってもらった写真が素晴らしい出来前だったので、折角今日も着物を着るなら、と思って」
「有難いお話ですね」
「それと後、こういう時真っ先にカメラを抱えてくる父様がどうしても外せない会食があって来れないので可能な限り綺麗に残せと懇願されて、な」
「ははは……」
「言ってる姿まで想像できますね」
確かにこういう時来ない訳がなさそうな悠の父君が影も形も無いのはそういうことかと納得する。
「おじさま大変そう」
「昨日の夜なんかは私も強制参加のパーティでさ……流石にちょっと疲れた」
うわ、美人が台無しだ……と素直に感想してしまう顔をした悠が、一転ニカッと笑って。
「そういう訳で、今からは楽しい時間にしよう」
「はやくんはやくん」
先ずは三人での構図をしてから、悠一人になったタイミングで、植木の傍に佇んでいた所に真っ直ぐやって来てくれる。
「さみしく、なかった?」
「見える範囲にはいただろ」
嬉しくはあるものの、未だ年始の神社の境内、時折は人目はあるので苦みでコーティングされた感じで笑いかける。
「それに」
「?」
「撮影風景見ているのもそれはそれで楽しかった」
「そっか」
頷いてから。
「……あ」
何かを見付けた桃香が、思いついた様子で三歩下がって南天の実が成っている隣に移動して。
「お願いして、いい?」
「ああ、勿論」
お淑やかな微笑みと立ち方に言われる前にポケットに手が伸びていた。
「どうかな?」
「一応、こんな感じ」
画面を桃香に見せれば。
「はやくん、撮るの上手」
「被写体がいいんだろ」
「そんなこと、ないよ」
でも桃香でなかったなら、少なくともここまで真剣に調整とかすることは無い筈だな、と思いながらボタンを押してフォルダに戻った所で指が止まる。
「……」
「どしたの?」
「あまり、桃香以外には見せられないスマホになってきたな、って」
「あはは……」
今はまだ帰省時の風景で緩和されているものの、ちょくちょく他人には見せられないものが混じっている。
「わたしも、送っちゃってるし」
「……見せてくれる相手にしてもらえてるのは、嬉しいけど」
「だって、はやくん、わたしの……彼氏、だよ?」
「ん」
その響きに、あとそれを桃香が呟いてくれることに、視界に映る南天ほどじゃないけれど頬に熱が上がるのがわかる。
「…………もっと送っちゃえばいい?」
「ほどほど、に」
「うん」
余り人には聞かせられない内容に、どんどん隣同士の距離がヒソヒソ話用に詰まる。
「でも、見られちゃうことなんてあるの?」
「……帰省した時に狙われた」
「え? どうして?」
驚いて瞬きをする桃香に、一呼吸置いてから説明する。
「どうやら」
「うん」
「桃香に見立ててもらった服とか、プレゼントして貰ったものを使っていたら」
「うんうん」
「服装のチョイスとかが、その、今までと変わったように見えたらしくて」
「あ」
「……そういうのを選んでくれる子がいるんじゃないか? ってすごく疑われた」
「あはは」
わたしのことかな? と自分を指差す桃香にそれ以外の誰だよ、と手首を掴んで桃香の指で頬を突く。
「そうだったんだね」
「そうだったんだよ」
お返しだよ、と楽しそうに指を押し返して来た桃香が小さな声で。
「ちょっと恥ずかしいけど、うれしい」
「ん……」
比率が少々違うけれど同じような気持ちなんだろうな、と頷いた瞬間。
「確かに見てるこっちの方が恥ずかしいですが」
「まあ、二人が仲睦まじいのは嬉しくなるな」
写真を撮り終え、いつの間にか後ろに回り込んでいた悠と彩に背中を突かれる。
「うわっ!」
「ひゃっ!」
聞かせられない話をしていた自覚の反動で、思わず二人して飛び退いて。
玉砂利の音に考える前に桃香が大丈夫かと腕を取って支える。
「流石隼人、桃香ファーストだな」
「……そうだけど、何か?」
「えへへ」
「いえいえ、とても結構です」
そんな会話の中、少し離れたところから写真館の小父さんから声がかかる。
「丁度いいので、隼人君と桃香ちゃん、そのままこっちに」
「桃香だけ、じゃないんですか?」
「いやいや、二人で並んでじゃないといけないよ」
言いながら、記録をつけているらしいノートに挟んであった古い写真を差し出される。
何だろう? と四人揃って覗き込めば。
「え?」
「あら」
「おお」
「わぁ」
七つの方の七五三の衣装を身に付けた桃香と手を繋いでこの境内の鳥居の下で写真に納まっている少しだけパリッとした格好の昔の自分。
「同じ構図で、一枚ね」
「あ、良いかも」
「良く残ってましたね、これ……」
「隼人君たちが五歳の時と三歳の時のもきちんとあるよ、あとお宮参りのとかもね」
「「え!?」」
「この町の子供の記念写真は私が撮らせてもらうのがポリシーだから」
淀みない手付きで機材を調整しながら片目を瞑る小父さんがいつもより三割増しでいぶし銀の格好良さを纏う。
「素敵なご趣味ですね」
「いえいえ、それほどでも」
これでは大人しく一緒に収まるしかないじゃないか……と昔と同じ立ち位置になるように境内を鳥居に向かって並んで歩きながら。
「手は、どうする?」
「おんなじに、しよ?」
「……わかった」
また他人には見せられない写真になるのかな……と思いながらも。
少しでも隣の綺麗な女の子に釣り合う映りになるように背筋を伸ばして顔を引き締めた。