149.初詣に行こう
「ふーっ」
読書の合間に。
久しぶりのかぐやを連れての朝散歩と年末年始結構食べたことを考慮して大目に走って来た関係上、少し張り気味の脚を伸ばす。
勿論、一昨日の晩に思い切り負荷をかけたのも忘れてはいないけれど。
開脚した状態で上半身を倒して両爪先を触って五秒キープしてから体を起こしたところで。
「お」
数名分の女性の声が聞こえて隣の家の雰囲気が一気に華やいだ。
隼人に伝えられている約束の時間にはまだ随分早いけれど昨夜そういう連絡があった子とは知っていて。
多分、そういうことだよな? と期待に顔を緩めた。
「おや」
それからもう少し読書を進めた後、居間で若干二日酔いらしい両親とのんびりお茶を飲んだ後、呼び出しのメッセージが来て初詣に行く旨を告げてコートを羽織り隣の家へ。
そこで昨日の夜送ってもらった見覚えのあるワンボックスカーが停められているのを見て彩だけではなくてご両親のどちらかもいらっしゃったのかな? と思いながら。
今日は桃香がタイミングよく出て来てくれるわけではなさそうなので呼び鈴を押す。
「隼人くん、いらっしゃい」
「お邪魔します」
応じてくれたのは桃香の母さんで。
「もうちょっと気軽でもいいのに……自分の家みたいものでしょ?」
「いや、その……さすがにそこまででは」
「いつでもそうしてくれていいし、いつでもお母さんって呼んでくれていいのよ?」
「……その、段階を追って、いずれは」
真面目なんだから、と苦笑いされつつもにこやかに奥へと通され。
「隼人くん、来たよ」
リビングに声を掛けつつ、扉は隼人が開けるように促された。
「えへへ……」
開けた扉の向こうには。
薄桃色の花柄の小紋に髪を纏めて、桃香が待っていてくれる。
「どう、かな?」
「ん」
はにかむ表情から、一度薄紫の帯の前で重ねている指先を経由して足袋の爪先まで目線を下げてから戻して。
「期待通り、だよ」
「えへ、ありがと」
桃香のふわりとした返事の余韻が消えるのを待ってから、それを見計らったように。
「うふふ」
「あ」
「隼人くんのお眼鏡には叶ったかしら?」
「それはその……はい」
部屋の反対の隅のソファーに溶け込んでいた今回の仕掛人に問いかけられる。
「文句のつけようがないです」
「あらあら」
上品な仕草で口元を隠して笑った後。
「あ、忘れないうちに……あけましておめでとう」
「はい、おめでとうございます、今年もよろしくお願いします」
「ええ、悠や主人共々おねがいしますね」
「そうそう、よろしくな、隼人」
「うん、よろしく悠姉さん」
悠と、その母君に笑い掛けられる。
今年も頭は、上がりそうになかった。
「まあ、母様の見立てだから間違いないし」
「それはそう思う」
両親のこととなるとまるで自分の事のように自慢げな悠の後ろに軽く積まれている箱に総額幾らだろうと若干戦慄しながらも頷く。
ついでに通常の車一台しか止める場所がないから、積載量が多い彩の家のワンボックスが選ばれた理由も理解する。
そして何より、大邸宅な自宅や夏にお邪魔させてもらった別荘は勿論として、お持ちの衣装の数も本物のお嬢様だと再認識する。
「ほら、悠が今年卒業でしょう?」
「ええ、はい」
「いい機会だから何着か準備するのに柄を考えていたら楽しくなってしまって」
「あはは……」
うん、やっぱり何もかもスケールの桁が違う、と説明を受けながら。
「そうしたら、悠が彩ちゃんや桃香ちゃんと初詣に行くというから、ね?」
そこで名前が出たことでソファーに腰掛けていた彩が挨拶するように軽く手を上げる。
こちらも悠と同じく着飾られていた……悠相手ならけんもほろろに断ったのだろうけれど、こちらも圧倒的なお嬢様オーラに素直に言うことを聞いたのだろう。
「じゃあ、そういうことで早速初詣行ってこようか」
「商店街の神社でいいのかな?」
「勿論」
ほら彩も、と促されて和服の少女が三人並んだところで。
「ん……?」
「あら?」
「どうしたの? はやくん」
「いや……」
桃香単体でも少しだけ感じたことを、今は強く実感して口にする。
「桃香だけちょっと」
「うん」
「髪が、寂しくないかな……って」
豊かな黒髪をいつもの緑のリボンも交えて結って簪を指している悠や髪型自体はいつも通りながらも花細工で飾っている彩に比べて桃香の髪はシンプル過ぎる印象だった。
「おや」
「あら」
「へぇ」
周囲から「気付いた?」というリアクションをされ、何か変なことを言ったか? と内心若干焦ったところで。
「ね、はやくん」
「ああ」
「折角、おば様に色々見せてもらったんだけどね」
桃香が近くの棚から見覚えのある包みを手に取った。
「わたしは、これがいちばんいいかな、って思うの」
「えへへ」
隼人の目の前で包みを解いて、夏に贈った桃の花の髪留めを手渡される。
「お願いしていい?」
「……ああ」
周りからの視線は気になるものの、一旦は目の前に集中して。
くるりと背中を向けた桃香の髪に粗相はせぬように、美しい角度で飾れるように慎重に留め具を嵌める。
「どう?」
着物や帯に比べれば少し物が小さいのもあって負けてしまうんじゃないか、とも最初は思ったけれど。
いざ付けてみれば奇麗に溶け込んで。
「いいと、思う」
「えへ」
満足そうに頷いた後、隼人の前から二歩下がって周囲にもお披露目するように後ろを見せる。
「おお、素敵じゃないか」
「ええ、何というか桃香らしいですね」
悠と彩が称賛すると。
「でしょ?」
とっておきの宝物を自慢する口調で桃香が胸を張る。
「はやくんが、見立てて買ってくれたの」
「あら」
「ほう?」
途端に、着物姿とは思えぬ素早さで両脇を挟まれる。
「いつの間にそんな小憎いことを」
「いえ、どちらかというとむしろ安心するというか、良い仕事ですが……」
悠が肩に乗せてくる腕と、彩が脇腹に喰い込ませてくる肘に。
「……見た時にこれだって思ったんだよ」
「桃香の事か?」
「桃香の事ですね」
小さく呟けば両脇でもっともらしく頷かれる。
そして。
「まあまあ、桃香ちゃん、とっても似合ってる」
「えへへ……ありがとうございます」
「そういう由来から素敵なのをもっているのなら、確かに他のものじゃあ駄目だったわね」
上機嫌のギアを更に一段上げた悠の母君が大絶賛しながら、隼人の方を見る。
「それにしても」
「はい」
「そのプレゼントもそうだけど、すっかり二人ともお兄さんお姉さんになって、さっき付けてあげている所も含めて……本当に恋人みたい」
「「!」」
思わず桃香と顔を見合わせた後。
「おや母様、私は敢えてそこまで言わなかったのに」
「ごめんなさいね、でもついつい」
あははうふふ……と実に楽しそうな母娘、を他所に。
照れている桃香も笑いを堪えている彩も、そして困ったような二人の母も一斉に隼人を見てくる。
そう、盛り上がっている二人以外は昨夜あの場に居合わせたので、隼人の宣言を知っている。
どうするの? と代表して桃香の視線が聞いて来るけれど。
確かに悠には言わないと、とは思っていたし今は丁度良かったのかもしれないけれどタイミングが想定外過ぎて固まっている、その間に。
「おっと、時間があるんだった」
「時間?」
棚に置かれた時計を見て呟いた悠がいいからいいから、と隼人たちを促して。
財布と携帯の入ったポケットを確認してコートを羽織ろうとして……通学兼用のありふれた格好だと美人三人に付いて行くのも一寸躊躇われるな、と考えたところで。
「ああ、そうそう」
紙袋を手に、悠の母君に声を掛けられる。
「隼人くんにも、家の主人から」
「え?」
「ちょっとお古で悪いけれど、良かったら使って欲しいって」
促されるままに取り出してみればデザインこそシンプルながらも生地からして良いものだと一目で解るジャケット。
「いえ、でも、こんなに凄いものを……」
「いいのよ」
くすっと笑いながら、理由を明かされる。
「あの人も頑張って維持しようとはしているのだけどね」
「?」
「細いシルエットの物はどうしても、お腹周りが限界みたいなの」
思わずこらえきれない笑いが部屋に溢れた後、促されて身に付ければ。
「うん、はやくん格好いいよ」
「なかなか良いですよ」
「そっか……ありがとう」
何とかお供になるくらいにはなったかな、と思ったところで。
悠が待ちきれないと声を出す。
「じゃあ母様、小母様たちも……いってきます」