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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
冬休み/暖かな時間を君と
167/225

148.相談事、約束事

「何から何までごめんね」

「いえいえ、お安い御用」

 母もそうだけれど、大型ワンボックスカーのハンドルを握る喫茶店の奥様の方も二人で話すときは普段の印象より砕けていて、いい間柄なんだろうな、と思う。

「むしろ、主人も油を注いだというか片棒を担いだと思うので……」

 その言葉に隼人も桃香も苦笑する。

 そもそもそんなに強くない隼人の両親は若干足元がおぼつかず、桃香の父はもう寝息を立てている。

 見送ってくれたマスターも呆れ顔の彩に連れられて奥に引っ込んで行き……多分、手近な横になれる場所に沈んだであろうと考えられる。

 そして。

「楽しかったし、あのくらいよくあるよね?」

 若干顔色とご機嫌が良くなっているくらいでしかない桃香の母。

「相変わらず強いんですね」

「ちょっと大人のジュースでしょ?」

 そんな言葉に絶対違う……と内心突っ込みながら。

「?」

 勿論、どうなるかは誰も知らないし、知っておきたいとも思うけれど。

 ちらりと盗み見た母娘そっくりな桃香の顔に、将来への戦慄を覚えるのだった。




「大丈夫ですか?」

「平気平気、ぜんっぜん、酔って……ないから」

「酔っ払いはみんなそう言うよ?」

 完全に歩けないまではいってないけれど、このままだと例えば段差なんかが非常に拙いだろうと心配そうな桃香に頷いてから、桃香の父に肩を貸しながら。

「父さんと母さんは大丈夫?」

「まあ、一応な」

「じゃあ、先に戻ってて」

「よろしくね」

 しっかりポケットから鍵を出す動作と足取りを確認してから、そう声を掛けて。

「今度はお茶の時間に遊びに行くね」

「お待ちしてますね」

 ハザードを点けていたワンボックスカーの運転席側のドアが閉められ、ウィンドウが軽いモーター音と共に開く。

「隼人くんと桃香ちゃんも、また来てね?」

「はい」

「また今度」

 シートベルトをしてエンジンを掛ける動作をしながら、営業ではない、親しみやすい笑顔で誘われる。

「デートのついでに、とか……ね」

「!」

「えへ」

 小さい頃から二人とも優しくしてもらったけれど、余りそういうからかいをする人じゃなかったんだけどな、とは一瞬思ったけれど。

 そもそも、お店の中でああいう話をした後なので、むしろ責任は隼人側にあった。




「はやくん」

「ん?」

 あの後、少し落ち着いてからのいつもの夜の時間。

 二人の関係は変わったけれど、これはいつまでも無くならないんだろうなと思う……住む場所が同じとかにならない限りは。

「さっきは、ありがとうね」

「いや、あのくらいは」

 つい先日、母の実家の正月でも似たようなことをして慣れてはいた。

「まあ、男手、ではあるから」

「頼りにしてるね」

 桃香にそう言って笑顔になって貰うと、それだけで良かった。

 もうあと数十往復くらいおじさんのことを運べるってくらいに。

「はやくんはやくん」

「ん?」

「これ、してみて?」

 言われるがまま、桃香の真似をして腕を折り曲げ力瘤をつくれば。

「わ、すっごい」

 袖の布地越しに触って楽しんでくる無邪気な顔……勿論、悪い気がするはずがない。

 しばらくご満悦な様子でそうしていた後。

「えへへ……」

「?」

 徐々に触れて来る箇所が隼人の身体に近付いてきて、肩から一気に飛んで鼻の頭を抓まれる。

「それはそれとして、ね」

「ん?」

「さっきは、びっくりしたよ」

「さっき?」

 本気で不思議がる隼人に、桃香が少し顔を染めながらぽつりと言う。

「お父さんたちに、いきなり言うんだもん」

「……あ」

 そのことか、と思ってしまうのは。

 忘れていたわけではないけれど敢えて蒸し返さないように考えていたため。

「いや、だって、その……な」

「うん」

「あまり隠れてこそこそ、というのも申し訳ないし」

「夜のこと以外は、わりと堂々としてると思うよ?」

「……もう少し、一緒に居る時間や出かけること多くなるかもしれないし」

「もういっぱいしてるけど……もっとするの?」

「いや、まあ、そうだけど」

「はやくんのお父さんにも、そうじゃなかったのかって言われちゃうくらいだよ?」

「……そうだけど」

 にこにこと見上げてくる桃香から徐々に目を逸らしてしまうけれど、一度息を吸ってから昨夜のように両肩に手を置いてしっかり見返す。

「あの時は無我夢中だった感じだけれど、つまりは」

「うん」

「桃香の彼氏だって認めて欲しかった、ってことだと思う」

「わ」

 驚いた後、笑顔が蕩ける。

「そうだったの?」

「ああ」

「認められちゃった、ね?」

「有難いことにな」

「うん」

 大きく頷いてから。

「そうじゃなかったら、彩お姉ちゃんじゃないけど親子の関係考え直すもんね」

「いや、そこは俺が頑張るので穏便にしてくれよ」

「えへ、うん」

 わたしだってその方がいいよ、と小さく言う桃香の表情を見ながら。

「まあ……」

「?」

「その、本当にどうしようもなくなったときは、俺としても最後の手段を考えなくもないんだけど……」

「それって……」

 少し考えた後、桃香が手の甲の辺りを突いて促してくる。

「えっと、はやくん」

「うん」

「その、ええっと」

「ん?」

「この前の夏、なんだけど」

「?」

 いきなり季節が飛んで混乱する隼人に、桃香が少しだけもどかしそうに言葉を探している。

「夕方、二人で、いっしょに」

「……どれだ?」

 心当たりが、多すぎる。

「えっと、えっとね」

「うん」

「……」

 両手を広げて、差し出される。

「わたしの、こと」

「ああ」

 唐突に頭の中で何かが嵌って、思い出す。

「じっと……してろ」

「うん」

 少し屈んで桃香に掴まってもらうのを待ってから、横抱きに抱き上げる。

「これで、よかったか?」

「うん」

 あの時は主張したいことに必死だったけれど。

 今は少しは落ち着いて満足そうな顔を覗く。

「これもすごく好き……」

「ん」

 その後、話は戻すけど……と言ってから尋ねられる。

「もしかしたら、こうされちゃう、ってこと?」

「……どうしようも、なくなったか?」

「うん」

 小さく小さく頷いた桃香に。

「ええと、手段とかこういう形になるかはともかくとして」

「うん」

「何か一つだけしか選べないなら、絶対に桃香なので」

「えへへ……そなの?」

 そうだよ、と囁いてから。

「こうする、かもしれないな」

 ただ、こうも付け加える。

「勿論、そんなことが必要無い方が大事なので」

「だよね」

「しっかりした男ではあるように努力はするよ」

 そう言って、そっと桃香を下ろす。

 少し不満そうだったけれど、長時間する体勢でないのはわかってもらえているのが大人しく従った桃香だったけれど。

「だいじょうぶ」

「ん?」

「文句なしの、すてきな彼氏さんだよ」

 そんな風に、下ろすために下がっていた耳元に囁きを、頬に軽く触れるキスをくれた。




「あのさ」

「うん」

「桃香からだけは、ずるいだろ?」

「えへへ……そうかな?」

「そうだ」

「えっと、じゃあ」

 少しの間だけ離れて、それから再び触れ合う距離に戻ろうとした瞬間。

「わ!」

「!?」

 机の上からの振動音に慌てて身を離す。

 恋人より一つ前の段階で丁度良いくらいの位置関係に。

「ごめんね」

「いや、桃香のせいではないだろ」

 鼓動を速めながらも息を整えながら。

「悠お姉ちゃんから、だった」

「またひどいタイミングで」

「そなの?」

「じゃないか?」

「そんなに、してくれちゃいたかった?」

 なんちゃって……と小さく舌を出した桃香に、返事をする。

 大真面目に。

「そうだけど」

「わ」

「当たり前だろ」

「当たり前なんだ」

「そうだよ」

 じゃあ、こっちを早めに済ませちゃうね……と目を通してから。

「明日、予定より早めに来るって」

「初詣だったな」

「うん、おみくじ引こうね」

「……桃香は大吉か中吉しか出ないだろ」

「それはそれだよ」

 そんな取り留めのない会話の後。

「えっと、お返事済ませたよ?」

「ん」

 わかりやすく報告してくれた桃香を再び抱き寄せて。

「じゃあ」

「はい」

 お返し、を柔らかな頬にした後。

 この距離用の声で質問をされる。

「ね、はやくん」

「ああ」

「お姉ちゃんには、わたしたちのこと、言っちゃう?」

 最近時折聞く甘くて悪戯っぽい声色だった。

「ええと」

 軽く背筋を伸ばして桃香の目を視界に映す。

「うん」

「ずっと気にかけて、応援してくれていたのは確かなので」

「そうだね」

「それとなく、伝えられたら……と思うんだけど」

 二人のこと、なので意思を示しつつ桃香の気持ちもうかがう。

「わたしも、それがいいかな」

「ああ、じゃあそういう風にしよう」

「うん」

 滑らかに一致したことに軽く満足してから。

 時計を横目で確認しつつ目を見て話し合うために少し身を離したことを良い機会に捉えて。

「じゃあ、そろそろ遅いから」

「そうだね」

「おやすみ、桃香」

 先にそう口にしてから、桃香の返事をそっと待つ。

 実はそれも好きな時間。

 けれど。

「あのね」

 折角このままなら躊躇わず戻れたのに、桃香がするりと腕の中に滑り込んできて……思わず背中に手を回してしまう。

「せっかく、はやくんが彼氏……になってくれたから」

「うん」

「今日からは、おやすみなさいは……言葉だけじゃない方が、いいな?」




 結局のところ、部屋に戻るまでにはもう十数分を要することになった。




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