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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
冬休み/暖かな時間を君と
164/225

145.順番に望むこと

 多少家と店舗部分の掃除を済ませて、何となくそろそろかと思い火にかけたケトルからしてくる沸き立つ音と蒸気を頭を空にして眺めていると。

「お」

 呼び鈴の音に、玄関まで速足で進んで。

「休憩か?」

「うん」

 店頭に立つ姿からエプロンをオフした桃香を迎え入れる。

「えへへ」

「ん?」

「これもちょっと、新鮮」

「そうだな」

 大抵の場合一階に居るのは両親のうちのどちらか、なので今までは桃香が隼人の部屋までフリーパスの形が多かった。

「今度からは可能な限り迎えに行くから」

「その時々でいいよ」

「ん」

 でも喜んでくれるなら頻度は高く行こう、と考えたところで。

「えへへ」

「ん?」

「えいっ」

 弾んだ声と軽い衝撃とともに、桃香が胸に飛び込んできた。

「どうした?」

「朝からずっとこうしたかったから」

「そっか」

「うん」

 頬擦りされている間、先端にだけ癖のある髪に指を通して冷静な声に戻せる間を待ってから。

「桃香」

「うん」

「ここじゃあ、寒いから」

「……あったかいよ?」

 くすっと笑いながら背中に手を回され密着されるものの。

「嬉しいけれど、そうじゃなくって」

「えへ」

「足とかはゆっくり休められないだろ?」

「えっと、それはそうかも」

「ほら、行くぞ」

「うん」




「ココアで良かったか?」

「うん、ありがと」

 各々用のカップに注いで、階段を上がる。

「前からちょっと思ってたけど、はやくんのお家でココアってちょっと珍しい感じするよね」

「最近準備したんだよ、何度か桃香の家で準備してくれたの美味かったし、いつも日本茶系ばかりもアレだし」

「そっか」

「まあ、桃香が作ってくれる方が美味いんだけど」

「そんなこともないよ」

 また声を弾ませた桃香が、慣れた手つきで両手の塞がっている隼人の代わりに襖の開け閉めをやってくれる。

「おこた、入れる?」

「どうしようか」

 取り敢えずその天板テーブルにカップを置きながら、そんなことを話す。

「今日、わりとあったかいよね」

「まあ、そうだな」

 昨日とは打って変わって日が高くなると同時に気温が上がり始めて、屋根からは窓から見える分だけでも常に水滴が滴っている状況だった。

 それと、桃香が来るのを見越して暖房を普段より二度ほど高めにかけておいた室温でもあった。

「えっと、だからね」

「ああ」

「お向かいも素敵だけど、今日はお隣の気分」

「俺たち元々そうだしな」

「だね」

 軽口に頷いてくれた桃香に、いつもみたいに? と窓際で並んで過ごす時のことを聞けばもう一度首を縦に振ってくれて。

「じゃあ」

 窓際に膝を立てて座った隼人をちょっと見下ろすアングルになって。

「桃香」

「……うん」

 そこで何かを考える仕草に、隣を示して尋ねれば。

「あのね、はやくん」

「ん?」

「ちょっと変更しちゃって、いい?」

「それは、構わないけど」

 でも何を? と考える隼人に、膝に手を当て顔を近付けながらにこりと笑いかけて。

 ふわりと髪を流れ落ちさせて。

「はやくん」

「ん?」

「いいよ、って言うまで動いちゃだめだからね」

「わかった」

 拒む気は全く無いので素直に頷けば、軽く膝の間を広げられた後、背中を向けて体育座りの形で腰を下ろして。

「おじゃまします」

「ん」

 そのまま、背中を預けられる。

「重かったりは、しない?」

「大丈夫だし、それに」

「?」

「動かないは継続中だし」

 じゃあ、とその場所と姿勢のまま桃香は両サイドに手を伸ばして。

「えへへ……」

 片方ずつ捕まえた隼人の手を、自分の前に回させる。

「あったかい」

「それは、よかった」

「すごく居心地よくて、くすぐったくて……しあわせ」

 更に少し桃香の身体から力が抜けるのを感じながら。

「あのさ」

「うん」

「どのくらい、動かないままでいればいいか?」

 一応、あまり耳をくすぐらないように配慮はしたものの距離の近さから限界があって。

 一瞬身を縮めながらも甘えた声の返事がくる。

「はやくんの身体が痛かったりじゃなかったら」

「それは平気」

「はやくんが、嫌とかじゃなかったら」

「嫌ではないよ」

「じゃあ、あと三分……このまま」

「ん」




「桃香」

「うん」

「そろそろ、いいか?」

 大分正確性は欠いている気がする体内時計で計測して、そっと促す。

「えっと、もうちょっと……じゃないかな?」

「いや、もうだよ」

「うん……」

 名残を惜しむかのように、回させていた隼人の手に重ねていた自分の手に少しだけ力を入れた後。

「うん」

「ん」

 小さく頷いて、手を離した。

「ありがとね、はやくん」

「もう、いいか?」

「うん」

 ちょっとしんどい体勢だったよね、と呟いて身体を浮かせかけたところを。

「桃香」

「わ!」

 少し乱暴に引き寄せて、さっきまでは触れる程度だった髪に鼻先を埋める。

「ど、どうしたの?」

「もういいんだろ?」

「え……っと」

「もう、俺のしたいように、の番で……いいんだろ?」

「……え?」

 ようやく合点が言った模様だけれど、未だ不思議そうな声で尋ねられる。

「はやくんも、そう思ってくれたの?」

「……好きな女の子がこの距離にいたら抱きしめたくなるけど」

「わ……」

 綿菓子みたいな驚き方だな、と思いながらも。

「あとは、その……今日から正式に彼女になって貰ったから」

「うん」

「早く三分経てって思いながら待ってたんだ」

「……えへへ」

 もう少し心情を吐露すれば、また回している手の上に桃香の手が重ねられる。

「そうなんだ」

「そうだ」

「そう、なんだ」

 くすっ、と笑ってから。

「はやくんはやくん」

「ん?」

「これは、どのくらい……してるの?」

「そうだな……」

 望みを言う前に、念の為の確認をする。

「桃香は、しんどい体勢じゃないよな?」

「はやくんにお任せしてるからだいじょうぶだよ」

「あとは……」

「あとは?」

「嫌では、ないよな?」

「すっごく好きだよ?」

「ん」

 見える角度ではないけれど、ふわふわの笑顔が伝わる声色だった。

「じゃあ、あと……」

「うん」

「桃香の、休憩時間の間ずっとしていたい」

 思うままに口にすると。

「えっと、はやくん」

「うん」

「ほんとに、そう?」

「そうだけど……」

「わたし、午前中はもう休んでていいよ、って言われてるんだけど」

 ちょっと悪戯っぽい色を足した声で尋ねられる。

「ん……」

 時計を見れば今は一一時前。

「わたしはとってもうれしいけど、そうしちゃうの?」

「ああ、そうさせてもらう」

 もっと、とでも言うように密着している桃香を更に引き寄せる。

「その……さっきというか、夜はもう少ししたかったし」

「えへへ……そうなの?」

「ああ、それに」

「うん」

「沢山待たせた癖に……なんだけど、今までの分も多少埋め合わせられれば」

 勝手でごめん……と呟きながらも桃香の髪に顔を埋めてしまう。

「はやくん」

「うん」

「あんまり寂しいことは言わないで」

 謝るんじゃなくってね、と優しく促してくれる。

「今までの分、好きってしてね」

「……俺なりに、だけど頑張ってみる」

「うん」

 優しい声音の返事の後、ちょっとだけ、からかうように。

「でも、はやくん」

「ああ」

「続き、なんだったら……またくっついたままでいたくなるんじゃない?」

「一応、最後の手段は考えてある」

「そうなの?」

「電車が動き始めたから、母さんたち一二時過ぎには帰ってくる」

「わ!」

「あと、その頃にはかぐやもペットホテルから戻ってくるから」

「それじゃあ、仕方ないね」

 おかしそうにくすくす笑う桃香が、重ねていた手をしっかりと握ってくる。

「じゃあ、それまでははやくんのことひとり占めしちゃお」

「時間と状況が許すならいくらでも」

「やった」

 弾んだ声が、一転今度は囁きに変わる。

「はやくんも」

「うん?」

「もっとわたしのこと、しちゃってね?」

 そんな言葉に、あっさりと気持ちは動いて。

「えっと、桃香」

「うん」

「じゃあ手始めに……少しの間だけ、前言撤回」

「わ……」

 腕を緩めて、全身から利き腕の方だけで背中を預かる。

 突然隼人の主導で変わった位置関係に驚いた表情を覗き込む。

「えっと……」

「うん」

「すごい、体勢かも」

「だな」

 座ったまま横抱きをするように桃香を腕に収めて見つめている。

 それはその通り、と頷いてから。

「でもこうしないと出来ないこともあるから」

「うん」

 頷いてくれた桃香が目を閉じるのを待って。

「大好きだよ」

 囁いてから桃色の唇を啄んだ。




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