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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
冬休み/暖かな時間を君と
162/225

143.手を離す方法

「えへへ……どうしよっか」

「ん?」

「うれしくって、わたしまで離れたくなくなってきちゃったかも」

 キスの後再び抱き付かれ胸元に甘えられながら、そんな声が下から聞こえる。

「それは困る……」

「先に離してくれなかったのは、はやくんだよ?」

「そうなんだけど」

 そろそろ時刻は本当に拙いと焦りながら、それでもこのままでいたい気持ちは本物で……。

 ただ、昔、形はこうではなかったけれど離れがたさに迷ったことをふと思い出す。

「あの、桃香」

「うん」

「明日……じゃなかった、今日も一緒に遊んで……じゃなくて、来て貰ってもいいかな?」

「うん、もちろん」

 少々思い出の混じった提案に明快な声に言い切られる。

「約束、する?」

「ああ」

 くすっと小さな笑い声が聞こえた。

 その笑い方に、根拠はないけれど桃香も同じことを思い出したな、と確信できた。

「何だか、むかしも、そんなことあったね」

「ああ……あの時は桃香が離してくれなかったんだけど」

「そうかな?」

「そうだよ」

「忘れちゃった、かも」

「その声は絶対覚えてるだろ……」

 言い合いながらも。

「……何とか、なりそうかな」

「残念だけど、よかった」

 ようやく手を少しは解くことが出来て安堵した瞬間。

「!」

「はやくん?」

 ズボンのポケットから突然生じた振動に、慌てて桃香から体を離す。

 離すかというよりは、飛び退いたと言った方が正解なくらいの勢いで。

 家の中はともかく、この世界は二人きりではないと思い出させられて。

「どうしたの?」

「……多分、母さん」

 背中に汗を感じつつポケットを押さえながら、説明する。

 すぐ切れたからにはメッセージの方だろうか。

「連絡、してなかったの?」

「その、えっと、うん」

「心配かけちゃったんじゃない?」

 優しくたしなめてくる声色に、一度目を閉じてから白状する。

「正直」

「?」

「桃香のことしか頭になかった」

「えへへ……」

 笑ってから、桃香がからかいつつも少し残念そうに言ってくる。

「離せたね」

「……ああ」

 我が親ながら恐るべきタイミングだな、等と思いながら。

 不承不承頷く隼人だった。




「送ってく」

「すぐそこだよ?」

「でも」

「うん」

 階段を下り、玄関で二人並んで靴を履きながら。

 いつも桃香が帰る時のお決まりのやり取りを。

「あ、そうだ」

「ん?」

「朝ごはんは、こっちにおいでってお母さんが言ってたよ」

「そっか……じゃあ、甘えてしまおうかな」

「うんうん」

 流石に帰省前に食料品はきちんと母が使い切っていたので、どう頑張っても明日の朝はほぼ米と具無しの味噌汁になるのでそう判断する。

「そうじゃなくっても、わたしが来てって言っちゃうんだけどね」

「うん、ありがとな」

「ううん、ちょっとでも早く会いたいもん」

「ん……」

 首を横に振った桃香が、少し置いてから思い出したような笑い方をする。

「そういえば」

「ん?」

「この前は、指一本……って言ってたのにね」

 なのに今日は気持ちを口にし抱き締めて口付けて。

 大き過ぎるくらいの違い。

「あの時はそうするべきだと思ったし、それに今もそう……だろ」

「そうなの?」

「今度こそ離せなくなる」

「えへへ、そっか」

 一旦鍵を開けてから、外に出る。

 屋内とは違う冷気に二人同時に身を縮めて、それから。

「雪、止んだね」

「だな……」

 かなりの速度で流れている鼠色の雲の隙間から黒い空が見えるくらいにはなっていて。

 ただ、足元にはまだまだ白い雪が。

「滑るなよ?」

「うん」

 危ないから、と手を差し出すと桃香が笑いながら首を傾げる。

「うれしいけど、これはいいの?」

「安全のための必要事項だから」

「そうなんだ」

「そうだよ」

「離せる?」

「頑張るよ」

 雪を踏む足音と同じペースで言葉を交わしながら。

 隣の玄関先まで、指先を包んでいく。

「じゃあ、おやすみなさい……だね」

「ん」

 意識して手を開いて、宣言通りにするものの。

「えへ」

「こら」

 人差し指を抓むように捕まえられて、動きが止まる。

「ね、はやくん」

「うん」

「少し、しゃがんでくれる?」

「わかった」

 膝を曲げて、普段の身長差を三割ほどに減らす。

 そんな隼人の肩に手を置いて。

「あのね」

「ああ」

 小さな声で耳打ちをしてくる。

「さっきまで、はやくんが帰ってくるのを待ってるときより」

「? うん」

「今の方がもっとすき」

 そう囁くと、一歩下がってからにこりと見上げてくる。

「えっと、じゃあ、お……おやす」

「待った」

 み、の形になりかけた口元に指を突き付ける。

 一応触れてないぞ、なんて言い訳しながら。

「俺も」

 こちらは労せずに耳元に近付いて。

「俺も、今までよりもっと」

「……もっと?」

「好きだ」

 それが足りていなかった、と言われたことを意識して無いわけではないけれど。

 それの何倍も返したくなった気持ちを口にしてから、こちらは背を戻すことで少し離れる。

「えへへ……」

「ん?」

「なんでもないよ」

 幸せそうだ、と感じられることが何より嬉しい笑顔に満たされながらも。

「このままだと際限が、無くなりそうだ」

「えへ、そだね」

「今度こそ、おやすみ、桃香」

「うん、おやすみ、はやくん」

 手がそちらに惹かれるのを引き戻しながら、手を振った。




「はぁ……」

 我が家に戻り、玄関を施錠してから。

 深く大きく息を吐きだす……間違っても嫌なものではないけれど、だからといってこの熱量をそのままずっと持っていたらどうしようもなくなりそうな気がするのも本当で。

 台所でコップ一杯の水を飲みながら、片手で母に少し前に無事着いた旨を返信してどうにか冷静な気持ちを取り戻そうと努める、けれど。

「ぁ……」

 自室に戻った瞬間、僅かな桃香の残り香に一気に蘇る。

 手で触れた柔らかな感触も、耳で捉えた甘い言葉も、目に映した蕩けそうな笑顔も、全部。

 さっき桃香に囁いた今までより大きくなった気持ちを、更に自覚させられる。

「桃香が、俺の……」

 自分のせいで酷い遠回りをした自覚はあるけれど、それでも今は。

 ずっと昔から特別だった少女の一番の存在に名実ともに成れたんだと思えて、再び熱い息を吐く。

 少し現実感がない気はするけれど残っていた感触は間違いなく本物で、もし夢だったなら本当に酷いものになるな、と心に占める分量から思う。

 そんな時、ふと窓の向こうが気になってカーテンを引くと。

「!」

 寝間着姿に先日贈ったストールを羽織った桃香と目が合う。

 さっきまでこれでもかと触れて言葉を交わしたのもあったけれど、今はガラス二枚越しのままで手を振って。

 同じタイミングで笑って頷いてカーテンを閉めて、大人しく布団に入る。

「寝よう」

 このまま真正面から考えるととても処理しきれない出来事の量、というのもあったけれど。

 早く朝を迎えて、また桃香と時間を過ごしたい……その気持ちが大きかった。




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