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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
冬休み/暖かな時間を君と
161/225

142.こたえあわせ

「ん……」

 少し離れた、けれど。

 吐息も感じられるし、視界の全ては桃香に占められていた。

「えへへ……」

「……?」

「されちゃった」

「ああ、したよ」

 歓喜とか緊張とかが全て特大で心に余るくらいだったのに、唇で確かめた感触と至近の桃香の表情や仕草がさらに揺さぶってきて……眩暈がしそうだった。

 嗚呼、もっと……と思うけれど、自分の限界の知覚と破片程度の理性が働いて、もう一度抱き締めるに留める。

「うれしい」

「……よかった」

「当たり前、でしょ?」

「え?」

「ずっと大好きだったんだもん」

「うん」

「はやくんに好きって言ってもらって、キスされて……うれしいよ?」

「……」

 心から嬉しい、けれど。

「どうしたの?」

「いや、その……」

「うん」

「改めて言葉にされると、その、ええと」

「はやくん……」

「ん」

「照れてる?」

「……それは、そうだろ?」」

「えへ……」

「ん?」

「実は、わたしも」

 そんな風に囁かれて、また手を解いて桃香の両方の肩に添える。

 やっぱり自分の骨格と違って繊細で、大事に……という気持ちに溢れながら、そっと押す。

「はやくん?」

「……少し」

「うん」

「桃香の顔が見たくなった」

「わ!」

 真正面から顔を捉えそう言うと、一瞬置いて桃香が身を捩る。

 けれど、それは許さずに、ただ深く理解する華奢な肩と二の腕の境界の感触。

「うー……」

「桃香」

「う、うん」

「顔、真っ赤」

 完熟すら、通り越した色。

「は、はやくんだって……」

「ん」

「すごいことに、なってるよ?」

「……だとは思ってる」

 桃香から伝わってくる分が大き過ぎるだけで、自分の鼓動やら目尻から耳にかけての熱は自覚している。

「かわいい」

「可愛くない」

「ううん、かわいくて、かっこよくって、優しくって……」

「いや、あの……」

「ちょっと、真面目過ぎで」

「……う」

「ぜんぶ、大好き」

 ただ、やはり……こんなことを言われてしまうと、こんな桃香を見てしまうと。

「桃香」

「……?」

「もう一回、しても……いいか?」

「えへへ……」

「ん?」

「実は、わたしも、そう思ったところ」

 微笑んでから目を閉じて、無防備に任せてくれた姿に、もう一度身を屈める。




「……もしかして、とは思ってたんだけど」

「……ん」

「やっぱり、できない……」

「? 今、しただろ?」

「そうじゃなくって」

 唇を離した後、また考える前に代わりに抱き寄せていて。

 真下から見上げる視線と少し膨れた頬に抗議される。

「はやくんがけっこう、屈んでいるっていうか……」

「ああ、そういうこと、か」

「はやくんは、背が高くって」

「ん」

「わたしは、ちょっと足りてない……から」

 それも個人的には可愛い所なんだけれどな、と内心で呟く。

「はやくんはいつだってできるのに、わたしははやくんに言わないとできないのは、不公平」

「それはそうかもしれないけど……桃香が望んでくれるなら、すぐに応えるから」

「……ほんとに?」

「そりゃあ勿論」

「じゃあ……」

「ん……」

 手を緩めてまた肩に添えて狙いを定めたところで、その桃香の唇が止まって……何かを考えた後、言葉を発する。

「えっと、あのね」

「うん」

「自分からお願いしちゃう女の子だと……嫌、じゃない?」

「むしろ嬉しいと可愛いしかないけど?」

「そう、なんだ」

 じゃあ、とまた待ってくれる姿勢になる桃香に。

「あ、でも」

「?」

「やっぱり今は……俺がしたくなった」

「……!」

 桃香の唇が何かを言いかけたのはわかったけれど。

 もう止め様がなくてそのまま塞いだ。




「えっと……」

「……うん」

 それから。

 唇は離せたけれど、嬉しそうな微笑みに、逆に腕はまた桃香の背中に回してしまい……そして。

「……離したくない、んだけど」

「そうなの?」

「ああ……」

 普段なら、額か頭に手をやる癖があるけれど。

 今は全くそうできない、腕が自分に正直で。

「わたしも、こうしてるの……好きだよ?」

「それは、嬉しいんだけどな」

 深呼吸をして、切り出す。

「もうさすがに、日付変わりそうだし」

「え? そんなに?」

「……多分」

「まだ、大丈夫じゃないかな……」

 最後に桃香に近くまで来たことを伝えるために開いた画面以来、時間を忘れかけていて。

 ただ、女の子への配慮をようやく思い出した。

「お部屋の時計って……」

「俺の背中側」

「だよね」

「桃香も見えたりは」

「はやくんでいっぱいなんだけど」

「……だよな」

 少し、考えてから。

「桃香」

「うん」

「左側に、回れるか?」

「……このまま、で?」

「離したくないって言った」

「えへ、そうなんだね」

 じゃあ、せーの、で……と示し合わせて、その場で八〇度ほど回転する。

 いつかの二人三脚の練習をふと思い出す。

「……あ」

「わ……」

 そうやってようやく視界に入れた時計の針は、日付をとっくに跨いでいて。

「……一時間」

「こうしちゃってた、ね」

「ん……」

「時間を忘れるって……こういうこと、なのかな」

「多分」

 元々、二人でいる時は気付いたらそうなっていることが多かったけれど、今は特別そうな気がした。

「ええと、じゃあ……」

「うん」

「……」

「……」

「今まで……」

 軽く抱き締めたことは何度かあったけれど。

「どうやって、離してたっけ」

「忘れちゃったの?」

「忘れたというか、わからないというか」

「えっと、ね」

 笑みの色を濃くした声で桃香が教えてくれる。

「うれしいな、もうちょっとして欲しいな……って思った瞬間、はやくんは手をどけちゃってたよ?」

「ん……」

「せっかくなのにちょっといじわる、ってくらい」

 抱き返してくれていた手の片方で、脇腹を突かれる。

「それは……その、まだ」

「まだ?」

「正式……ではないから、一応は遠慮があったし」

「じゃあ、今はどうするの?」

「……ええと」

 考えを巡らせながら、それでも一つその前に。

「桃香」

「うん」

「一つだけ、いいか?」

「うん、なぁに?」

「その、待てなくなってしまってさっき、返事を貰えたことは……桃香を彼女にできたことはとても嬉しかったんだけど」

「うん」

「桃香に、その、昔の俺よりももっと好きになって貰えるようには……引き続き頑張る、から」

 「はやちゃんがしてくれて……はやくんがしてくれてないことは、あるかもね」という七夕の夜の言葉を思い出す……結局、それができる前に我慢が出来なかったな、と僅かに痛みを覚えながら。

「えへへ……」

「どうした?」

「はやくんのそういうところ、うれしいな、って」

「……当たり前だろ」

「うん、でもね」

 桃香が一際強く、抱き付いて来る。

「はやくんも、さっきしてくれたから、だから……はやくんがわたしの文句なしいちばん大好きな人、だよ」

「!」




「ええと、ももか」

「うん」

「その、ええと……馬鹿で間抜けで女の子の気持ちがわからなくて本当に悪いんだけど」

「最後以外そこまでそんなことないけど、どうしたの?」

「一体、俺は何を出来てなくてさっき出来たんだ?」

 これからも末永く一緒に居たい分、理解しておかなければ非常に拙い気がした。

「えへへ……」

「ん」

「好きって言ってくれたこと」

「え?」

「わたしのこと、好きって言ってくれたこと」

「……」

「どしたの?」

「……ええ?」

 本気で困惑する隼人の腕の中で桃香がもぞもぞと動いて、隼人の表情を見上げて確かめた後、頬を軽く抓んできた。

「『好きになって欲しい』『好きな子』とか『大切』『特別』とかはくれたけどね……」

「……うん」

「大人で男の人になったからってちょっと遠回しすぎだし、あと」

「あと?」

「ちょっと意地悪な感じの時とかもあったけど、そうじゃなくって」

 こつん、と胸に額を当てられる。

「はやちゃんだった頃に、もっとシンプルにそう言ってもらった時はね……ドキドキしてギュって気持ちになってすっごく好きだったから」

「あ……」

「だから、それをして欲しかったの」

「……」

 自分を張り倒したい気分に浸っていると、不思議そうな声に呼ばれる。

「はやくん?」

「その、俺って、馬鹿だな、と」

「真面目で照れ屋さん、だとは思うよ?」

「ええと……以後、気をつける」

「ちょっとだけ、でいいよ?」

「でも、桃香に好きになってもら……じゃないんだよな」

「えへ」

 笑いながら、頷いてくれたのが感触で解る。

「桃香のことが大好きだから、もっと好きになって貰えるように頑張るよ」

「うん、わたしも大好きっ!」

 これでよかったか? と聞くのは流石に野暮だとわかったし……その前に桃香の笑顔が答えてくれていて。

「えへへ」

 生まれた気持ちに正直に、三度肩を引き寄せて身を屈めれば心得たように目を閉じて待っていてくれる。








例:36話55話63話、等々

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