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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
一学期/幼馴染同士の距離がわからない?
16/225

15.定義

「懐かしいね」

 桃香の声に頷く。

 最寄り駅まで戻った二人は帰路からは少し逸れて運動公園に立ち寄っていた。

 それなりの規模の陸上競技場や体育館があり、その設備の間にウォーキングなどに使えるルートが整備されている。

「二人で自転車、練習にきたよね」

「そうそう」

「……おもにわたしの」

 桃香が小さく溜息を吐く。

 数回であっさり乗り回すようになった隼人に比べて桃香は相当に難産だった記憶がある。

「あとは、ほら……運動会の二人三脚も特訓した」

「……本番でわたし、転んだけどね」

 桃香が溜息をもう一つ。

 ついでに「はやちゃんといちばんになれなかった」とべそをかいていた顔も蘇る。

 どうしても運動が苦手気味であるのは、本人も隼人も否めなかった。

「その、桃香を困らせたいわけじゃない」

「それは、わかってるよ」

 少し散歩でも、というのが隼人の提案だった。

「手は、どうしよっか?」

「それは、勿論」

 見上げながら問いかける桃香に隼人が答えようとしたとき、遠方から楽しげな幼い声が聞こえてきて、二人してそちらを見る。

 小学生になったばかりといった感じの女の子が三人、手を繋いで公園の出口に向かって走って行った。

「すごいね」

「はは……」

 微笑ましさに口元を緩めながら、さっきまでの自分たちと比べるとそういう感想になった。

「昔はああしてた気がするんだけど」

「してたよ、してた」

 ならどうして、と二人ともが思ってから。

「少しは大人になったから?」

「……できることは増えると思ってた」

 幼馴染とはいえ、男女の高校生になったから。

「でも、はやくんは」

「うん」

「わたしと手を繋ぎたい……って思ってくれたんだよね?」

 少し傾き始めた陽光の分もキラキラとしながら、桃香が手を差し出した。

「……とりあえず」

「うん」

「桃香を転ばせないように連れて行けるようにはなりたい」

 そっと桃香の手をもう一度握る。

 周囲に中てられていたさっきよりはずっと自然だった。

「たとえば、どこ?」

「今のところは……広場?」

 じゃあ、そうしようか……と歩き始める。

「もうわたしたちの使っていた遊具、あんまり残ってないけど」

「それはちょっと残念」

「ね……あ、ごめん」

 隼人の二の腕に軽く桃香の肩が接触した。

「いや、全然痛くないし」

 むしろ、肩先まで柔らかくて驚くくらいだった。

「小さい子たちのだから、今のはやくんならあっという間に制覇しちゃうね」

「そんな大人げないことしないって」

「ほんとに?」

 桃香の視線が、少し、もの言いたげになって向けられた。

 ついでに桃香の肩がもう一度ぶつかる、今度はほんの少しだけ痛かった。

「わたしはときどき置いてかれた」

「あの頃は子供だったって……ちゃんと戻ったし」

 それに、と桃香の手を包む力を少し強める。

「これなら置いていけないし」

「えへ……そだね」

 桃香の手も、応えるように強くなった。肩はもうぶつからなかった。




「確かに変わってる」

「でしょ?」

 児童用の遊具が集まっている広場の周りを歩きながらそんな感想が生まれた。

 遊ぶ? ともう一度冗談半分に聞かれて首を横に振って。

「もう少し歩きたいかな」

「うん」

 もう練習というよりはこの時間を楽しむ、という意味合いで。

「晩ごはん前にポップコーン分歩いておかないと」

「それは確かに」

 時計を確認して、真っすぐ帰宅するのとは別のルートに進む。

「あとは」

「ん?」

「どこに連れて行ってくれるの?」

 公園内のどこに、という訳ではなさそうだった。

 お休みはまだ残っているよ、と桃香の目が言っている。

「それは、桃香の行きたい……」

 無難を選ぼうとして、先を越される。

「それはそれでちゃんと言うけど、はやくんがどこ連れて行ってくれるかが楽しみなんだけどね?」

「む」

 中々に難問だった。

 しばらく黙ってしまうと、桃香が助け船を出してくれる。落とした張本人も桃香だったが。

「たとえば、行ってみたいところとか?」

「ああ」

 それなら、と心当たりを口にする。

「水族館かな」

「あ、いいかも」

 桃香の声が弾んで、好感触に安堵。

「でも、どうしてかな? お魚とか好きだっけ?」

「いや、ほら……桃香がアイコンに選んでくれたペンギン」

 唐突な流れに桃香が一呼吸おいて、思い出したようで。

「あのイケペンちゃん?」

 独特な、表現だった。

「どうやら割と近くの水族館にいらっしゃるみたいで」

「会いに行っちゃう?」

「まあ、何かの縁だから」

「うん、いいかも」

 わたしが新しく撮って差し換えちゃおうかな? なんてその際の目標を設定したりしてから、桃香が一つ溜息を吐く。

「まあ、お財布が回復してからね」

「それは仕方ない」

 高校生なのは、大前提だった。




 そうこう話しているうちに、時間も過ぎて決めた時刻が近付きつつあった。

「桃香、そろそろ」

「うん」

 帰る、のは事実だったけれど二人とも言葉にはしたくなかった。

 公園の敷地を出て帰り道に着く、手はそのままで。

「そういえば」

「?」

「桃香の行きたいところは教えてくれないんだっけ?」

 そう聞くと、桃香は桃香なりに勢いのある言い方をする。

「あるよ? いっぱいあるよ? たくさんあるよ?」

「そんなに」

 思わず苦笑いする隼人に、桃香は困ったように笑った。

「でも、さっき思い出しちゃったから……来月のおこづかい待ち、かも」

「まあ、少しずつでいいんじゃないかな?」

 その後の言葉を隼人は、強めに口にした。

「もうどこにも行かないから」

「……はやくん」

 ほんとに? という小さな問いかけに頷いて見せる。

「じゃあ、少しずつ、でいいんだ」

「ああ」

 それでいいんだ、と笑って桃香が口にする。

「それに、公園でもお家でも、デートはデートだもん、ね?」

「!」

 隼人の表情の変化と、思わず手に入った力に、桃香も遅れて気付いたようだった。

「え、えっと……あの、ね」

 もうしばらくで訪れる夕焼けより赤くて、それはおそらく隼人も同じだという自覚はあった。

 とてもゆっくりになってしまった歩調で十数歩、お互いに黙ってしまう。

「えっと、あのね」

「うん」

 桃香が見上げるようにして問いかけてきた。

「今日って……その、デート、でよかったのかな?」

「……始まり方、が若干だまし討ちというか」

 何といえばいいのだろうか、と思わず考え込む隼人の隣で桃香が思い出していた。

「そうだった! ……今度、わたしだって怒るよ、ってとこ見せないと」

 完全に忘れていた様子に少しばかり笑ってしまって、口も少々軽くできるようになった。

「あと、商店街の人に見られたら……言われるかもしれない」

「みんなはわたしたちがいっしょにいる時点でそう言うよ……」

 そうじゃなくて、と続ける桃香に、今度は真剣に答える。

「デートって言えると思うし、楽しかった」

 その返答に桃香の表情が溶けた。

「えへへ……そっか、よかったぁ」

「それと」

「?」

「今度はきちんと桃香を誘いたい」

「!」

 次いで驚きに溢れたあと、隼人からは見えなくなった。

 手を解いた桃香が、隼人の腕を抱きしめるようにして肩に額を当てていた。

「ほんと?」

「うん」

「本当にほんと?」

「こんな大事なことに冗談は言わないよ」

 それを聞いて、桃香の隼人を掴む力も、額を押し当てる力も一際強くなった後。

「うれしい」

 顔を上げて見せてくれたのは今日の幾つかの隼人に焼き付いた笑顔の中でも一番その言葉に溢れた表情だった。




「え、えっと……じゃあ、またおやすみのときに、ね」

 既に角さえ曲がれば互いの家が見える場所まで戻っていたことに気付いた桃香が照れた笑顔を残して隼人を置いて小走りに先行した。

 距離を開けて自分の家の前に到着した桃香が振り返って小さく手を振り、店の中に入っていく細波のような髪の先が見えなくなるまで。

「……嬉しいのは、こっちだって」

 隼人の心は奪われたままだった。


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