140.雪路を駆けて
「駄目か」
カフェオレのペットボトルの蓋を閉じながら、徐行運転と言って差し支えない速度にまで落ちている新幹線内で顔をしかめる。
味が変だったのではなく、車内アナウンスで新たに運休となった区間に乗り継ぎ先の在来線の名前が含まれていたことに対して。
そも、本来の時刻表なら今頃とうにその路線に乗り換えて後は最寄り駅に辿り着くのみの筈だが、悪い方向に予報が的中した風雪のあおりを受けてこの先は遅れた車両が詰まっており到着の見込みさえ立っていない状況だった。
缶詰め状態の車内を案じてくれる桃香のメッセージにありがとうと返信してついでに最新の状況も改善していないことを伝える。
仕方ないよ、との言葉はその通りだしそう思ってはいるけれど……それでも、もどかしさに苛ついて軽く口の中を噛んだ。
軽い痛みがむしろ心地いいくらいだった。
「今日中の運転再開は難しいみたいね」
「……そのようだ」
約一時間半かけて新幹線は終点に到着し下車することは出来たものの、ごった返す駅の構内からどうにかはぐれずに脱出して両親と顔を見合わせる。
外の雪は今朝まで居たところの物に比べればささやかな降り方だったけれど都市部の交通網を麻痺させるには充分な量か、という状態だった。
再度確認した一時間予報によれば降雪は今後しばらく続き、運転再開は……。
「明日明るくなってから順次、といったところでしょうね」
「うん」
「ここから少しかかるけれど徒歩で行ける知り合いの所で一泊させて貰えるようには計らったから」
周囲の声を聞けば移動を諦め、宿泊場所を苦労しながら探す電話も聞こえてくる中、父の謎の人脈は大したものだなと思いつつも。
それなら話は早い、と切り出す。
「あのさ、父さん母さん」
「どうした?」
「俺は、このまま帰ろうかって思うんだけど」
「このまま、家まで?」
「そう」
窓から雪の量を見て、決めていたこと。
「精々二〇キロと少しだし、ブーツは履いてるし、雪の量も去年までの通学に比べたら大したことはないから、さ?」
「まあ、確かにそうなのだけど」
「ふむ……」
最初は驚いていた母だけど、雪国出身だけに隼人と同じくこのくらいはと思っているようにも見え、それを読み取ったのか父も頷く。
「家の鍵は持っているな?」
「勿論ある」
「携帯の充電は?」
「新幹線でフルにしておいた」
「財布の中身は?」
「しっかりあるし……その、いざとなればビジネスホテルくらいはいけそうな程度には持っているよ」
「そうか……」
頷いた父の次に母を見る、と。
若干諦めたような顔をしつつ、指を三つ立てた。
「変なショートカットをせずに明るい通りを選ぶこと」
「うん」
「途中できちんと温かいものをお腹に入れること」
「うん」
「こちらにしっかり連絡を入れること」
「うん、勿論」
そこまで答えると、一緒に散歩をした時に公園のドッグランで急かすかぐやのリードを外してやっているときのような表情をされる。
「気を付けなさい」
「うん」
「あと、お隣には連絡するからね」
「……そう、だね」
別にサプライズをしたい訳ではないので頷く。
むしろ隼人は隼人で連絡するつもりではあった。
「じゃあ、行くから」
そう宣言した隼人に父が手を伸ばす。
「貴重品が大丈夫なら」
「うん?」
「その大きい方のバッグは預かろう」
「そうだね、宜しく」
有難く頷いた後、両親に軽く手を上げて、一先ず混雑する駅前からは離脱する方向に移動を始めた。
「ははっ」
駅から少し離れると一気に人の影は少なくなり、クリアになった前方に足が早まる。
足元からは雪を踏みしめる音が聞こえるが、むしろそれは凍結してない証左なので気にせず足を動かす。
少々手狭だった新幹線の座席にじっと収まっているよりこの方がむしろ心地よい。
何より、脚を動かせば辿り着けるという先が見える状況に心は軽いくらいだった。
そのまま一五分ほど経過し車通りもまばらな通りの信号で運悪く引っ掛かったところでメッセージを確認する。
出立直後に赤信号待ちの間に送ったものに返信が来ていて……困惑するような文だった。
それに一言だけ有無を言わせず「帰るよ」とだけ返すとコートの裾の雪を払ってから切り替わった信号を確認して再び小走りに近いペースで歩き始める。
もう色々と我慢が出来なかった。