138.従姉妹狂騒(後編)
「そうかそうかー」
「隼人くんも大人になっちゃってー」
「恋を知る歳になったのね」
隼人の両サイドに飲酒可能組の従姉達が缶やグラス片手に感慨深そうに陣取り始める。
知る知らないで言えば自覚を除けば大分前から、ではあるが……これ以上は何も言わん、と心に決めて。
「ほら、言ったんだからもう良いだろ」
両側に向けて払う仕草をするものの。
「まだ彼女じゃないってことは片想い?」
「でも、おデートできるんなら脈はあるんじゃないの?」
「ちなみに手は繋いだ?」
「小学生じゃないんだから」
「でも、隼人大分純情な感じだからさー」
割とデートとか手を繋いだりどころではないこともしているけれど……勿論、絶対に言わない。
「もー、お姉ちゃんたち」
「さすがにそこまで根掘り葉掘りはどうかなー」
と、ここで詩乃と望愛が若干味方寄りになり光明が見えた。
「何? あんたたちは興味ないの?」
「お兄ちゃんの煮え切らない感じにちょっとイラっとしただけで困らせたい訳じゃないからね」
「私ももうちょっと気にはなるけど詩乃と同じ意見」
特に望愛は発言力、と声量が大きいため流れを変えてしまえたなら……と思ったものの。
「で、隼人」
「何?」
「その子、可愛いの?」
「!?」
「あ、それは気になる!」
「確かに……」
あっさり二人は向こう側に戻って行ってしまう。
「どうなの? 隼人」
「お姉さんたち、気になるなぁ」
「私も~」
昔からお姫様みたいに可愛くて、実際そんなあだ名も付いたりする何人もの男子に告白されるほどの女の子です……とは言わないが。
ここで濁してしまうことも躊躇われる、誰より可愛いと心から思っているから。
「まあ、その……」
「「「おっ」」」
「結構可愛い子、だと思ってるよ」
「「「おおおおー!?」」」
沸き立つ歓声を聞きながら、額を押さえつつ……。
脳内で桃香に、本当は世界で一番かわいいと思っているから、と謝る。
「ねぇねぇ、隼人くぅーん?」
「お写真とか、ないの?」
「お姉さんたち、俄然気になるなぁ……」
「も、もういいだろ!」
精一杯、防戦を試みるものの。
「いや、だって、隼人」
「望愛?」
「昔から私やお姉たち美少女に囲まれてて」
「……自分で言うなよ」
まあ、客観論で言えば……あと、中身を考慮せずに言うなら、こちらの同級生男子には羨まれるくらいではあるのは確かではある。
「私が知る限り女っ気ゼロの、草食系通り越して霞食ってる男子かって思うくらいの隼人が可愛いと認めるのってどんな美人か純粋に気になるじゃん?」
「お、流石は私の妹!」
「いい事言うわー!」
「ぐっ……いや、でも、その」
逃げ道を探す隼人に、今度は詩乃が立ち塞がる。
「いいでしょ? お兄ちゃん」
「詩乃?」
「お兄ちゃんの性格的にお付き合いしたら最後まできちんと責任取りそうだし、お兄ちゃんの方もその面倒臭い所だけ気をつければまず振られないと思うから、そのうちそのお姉さん本人連れてくるんでしょ?」
「んなっ!?」
「そうだそうだー!」
「ちょーっと予習させてもらうだけだって」
写真コールが連呼されるに及んで……。
「絶対に」
「「「ん?」」」
「絶対にこれで最後って約束するか?」
「「「「「うんうん」」」」」
今まで味方してくれなかった男性陣まで加わっているのに若干不満はあるが……。
「うちで飼ってるハムスターみたい」
「望愛、うるさい」
部屋の隅まで下がって、絶対にバックを取られないように気をつけながら。
見せても支障のない写真を吟味する隼人だった。
「ねーねー、隼人、まだー?」
「……じゃあ、これで」
「「どれどれ?」」
そっと差し出した画面を、先ず望愛と詩乃が覗き込むが。
「後ろ姿じゃん!」
「しかも小さい!」
一瞬でダメ出しをされて……。
「わかった、もうちょい探す」
実は正直、人前に出せない写真の多さに焦ってはいる。
「隼人、あんまり逃げた写真出すと」
「今度こそお姉ちゃんたちがスマホ奪いに来るよ」
「……そうだな」
確かに、今まで傷を小さくしようと足掻いてむしろ深みに嵌っているのは間違いない。
再度部屋の隅にバックし、フォルダを漁る。
「ええと、これで……」
これなら支障なかろう、と選んだのは秋口の季節にかぐやを連れて公園に出掛けた時のものだった。
「どれどれー、って……えーっ!?」
「これは!」
今年一番の望愛の叫び声の音圧に前髪どころか首が曲がる。
「めっっっちゃ、かわいい!」
「……すごく羨ましい、かも」
テンションを爆上げする望愛に重々しく頷く詩乃、の姿に女性陣が俄然興奮しだす。
「え? ちょい、見せて見せて」
「マジで? お、おおー!?」
「隼人、やったじゃん!」
「競争率とかヤバかったんじゃないん?」
「……ノーコメントで」
もう何も話す気はないが、詳細を知られたら色んな意味でタダでは済まない気しかしない。
競争率も何もずっと隼人のことを待っていてくれた、とかとても言えない。
「んで、犬好きなんだ」
犬好きの家系のためシンパシーを覚えているらしい声に思わず。
「あ、それは家の犬」
「なんでこんなに懐いてるし!?」
「一緒に出掛けてるの一度や二度じゃ済まないんじゃないの!?」
「……」
絵面の無難さ、平和さで選んだが思い切りミスったか? と思ったものの……既に遅い。
「しかもさ、ここに何だかお洒落なバスケット写ってるじゃん?」
「あ、ホントだ……サンドイッチ美味しかった? 隼人」
望愛の指摘に、桃香の格好やポーズばかり気にしていてかぐやの後ろにそちらが写り込んでいたか、と内心では焦るものの……その手には乗らないと無言で首を横に振る。
確かに実際桃香のバスケットだけど、流石にそれは証明できないだろう。
「もうこれ以上は何も言いません」
「お弁当作ってくれるくらいまめで料理が出来て上手、というのはほめ言葉だよね?」
「あんたは出来ないもんねぇ」
「うっさい」
「でも、女の子を褒められない男子っていうのはイケてないよね」
「そうそう」
「……」
「「で、どうなの?」」
和風の味が基本好きだよね? と手作りしてくれただし巻き卵サンドの味が蘇る。
「まあ、その」
「おっ?」
「……美味しかったよ」
「「ひゅー!」」
またもや盛り上がる女性陣から目を逸らしながら……結局相変わらず弄ばれてしまっている自分に溜息が出た。
「隼人」
「うん?」
そしてそんな隼人の肩を従姉の兄さんがそっと叩いてくれる。
「一昨年、俺が結婚する報告したときも大変なことになったの、覚えてるだろ?」
「……だったね」
そういえばこの人も地元の高校のミスコンで選ばれたって女性を口説き落としていたな、と武勇伝を思い出したところで。
「も」って何だよ、と脳内で自分に呆れる。
「まあ、諦めな」
「……うん」
「それはそうと、可愛い子を捕まえたな」
「……これ以上はノーコメントだって」
「ははは」
その後。
更に追及は続いたものの完全に貝を決め込んだ隼人に、流石に一部の良識が多少ある面子がこの辺にしなよ……となり。
「じゃ、纏めます」
コトン、と置かれたチューハイの缶が裁判長の木槌に一瞬思えた。
「まず、めっちゃ可愛い」
「「「異議なーし」」」
知りません、とそっぽを向いてはいるが……それについては異議はない。
「休日公園にお出掛けする時にお弁当作ってくれるくらい女子力あって」
「隼人んちのわんこがめっちゃ懐いてて」
「地味一辺倒だった隼人の服装を矯正できるくらいで」
「んで、隼人が頼めば休日一緒にお出かけしてくれるくらいの仲、なのね」
「しかも限定グッズを望愛に譲ってくれてる」
この場のほぼ全員が綺麗に一致したタイミングで首を縦に振った。
「良い子じゃん!」
「隼人、絶対逃がすんじゃないよ!」
「……そうだね」
それについては全くその通り、と思いながらもまだ壁側を向いている隼人の前に。
「ねー、はやとー?」
「ん?」
斜め後ろから遠慮なしに望愛が顔を割り込ませてくる。
「それって、ほんとに隼人の片想いなん?」
「!」
咄嗟に、望愛から顔を逸らすと……他の面々の訝し気な視線と目が合った。
「確かに、それってただのクラスメイトの距離じゃないというか」
「普通、ただの男友達にそこまでしないよね?」
「あんたは彼氏にも全くしなくて振られた……アダッ」
空き缶のヒット音に痛そう……と一瞬だけ思うがそうではない。
「お兄ちゃん、お姉さんほんとに彼女さんじゃないの?」
「……だから、そう言ってる」
「「「じーっ」」」
ほぼ全員が隼人の方に再びにじり寄る気配を見せたところで。
「あら、なんだか賑やかねぇ」
「そうですね」
「だぁ!」
お盆に蜜柑を乗せた伯母と、一番上の従兄の奥様とその腕に抱かれた生後四か月の赤ちゃん、の母の実家女子勢が襖を開けて顔を見せる。
「おぉ~、真姫」
「「「かわいい~」」」
愛娘に相好を崩す従兄は置いておいても、あどけない表情に全員の空気が緩み……よし、今度こそ完全に流れよ変われ、と願うものの。
「おばちゃん、今ね」
「お兄ちゃんの彼女さんの話、してたんだよ」
「だから違うと言ってるだろ……」
「あらあら」
蜜柑に手を伸ばしたいけれど、「お年頃ねぇ」とあまりに微笑ましく見てくる、こちらに預けられていた間母代わりだった伯母に再びそっぽを向いてしまう。
そんな隼人に。
「ああ、そういえば……昨日の夜、真姫がとてもミルクを飲んだから、念のためお湯を足しに行ったんだけど」
「?」
「隼人君、年越しの時間帯に誰かと電話している、って思ったら……そういうことだったのね?」
「いっ!?」
兄さんが一心に口説き落として嫁に来て貰った人なのでこちらの従姉妹勢の悪癖には染まっていない筈だ、と完全に油断していた方面から素敵な笑顔で爆弾が落っことされた。
「はーやーとー?」
「お兄ちゃん、それは完全にクロだよ?」
「だから、違うって言ってる」
「いーや、絶対嘘だ!」
小さな子供に配慮した音量で、再びやいのやいのを始める従姉妹一同を眺めながら、伯母が一言言い放った。
「それで隼人」
「うん?」
「いつ、ご挨拶をさせてくれるの?」
「え……?」
確かにいつかは一緒に、とか……桃香が居てくれたなら新幹線の時間もスキー場ももっと楽しかったろうに、とは思っていたけれど。
いざ肉親からそう言われると、思考が停止する。
「そ・れ・だ!」
「おばちゃん、ナイス」
「よーし隼人、今ならまだ新幹線間に合うから迎えに行けー!」
「むしろ、何で今回連れてこなかったし」
「あはは、言えてるー!」
「隼人君、ご挨拶はしっかりね?」
『はやくん』
「ん?」
『ちょっと、疲れてる?』
近所の親族は帰宅して、ようやく静かになった夜に、今度は厳重に周囲に気をつけて聞こえてくる声にやっぱりほっとするな、と思う。
「まあ、色々あったんだ」
桃香には、とても言えないけれど。
『そうなんだ……えっと』
「ん?」
『あさって、帰ってきたら……よしよし、ってしてあげるね?』
「……」
これは絶対他人……いや、親族にも聞かせられない、と思いつつも。
普段のよりも拒めない自分に気付く。
『えっと、じゃあ、しちゃうからね?』
「……ああ」
『あと、いっぱい充電させてもらうからね』
「いいよ」
そしてその抵抗の無さにちょっと困惑気味の言葉が返って来る。
『ほんとにちょっと、お疲れ気味?』
「なのかもな」
それ以外の理由にも心当たりはあるが、今はそういうことにしておく。
『じゃあ、あさって、にね』
「……明日も電話はするけど」
『うん、そっちも、待ってるね』
じゃあおやすみ、と言い合って通話を切った後。
やはり一日の最後に聞く声は桃香のが良いな……と再確認した。