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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
冬休み/暖かな時間を君と
155/225

136.新しい年に約束すること

「あ、れ……?」

 一部の親族はまだ起きているのだろう、客間の辺りからお酒の入った盛り上がり方が聞こえてくるのを確認しつつ、中庭の夜ならまず誰も来ないと思う所まで来ると途端にWi-Fiが弱くなる。

 敷地の広さ、建物の大きさだけなら豪邸と言っていいので中心部から遠く離れればそうなるのかとは思うものの、そうなると。

 電波を拾いたいのだけれど上手い具合に市街地方向との間にある小山が邪魔になるのかそちらの気配が大分弱い。

 でも見られたくは、何より邪魔は入って欲しくないから、と良い感じの所を探しているうちに随分と隅まで来てしまって、完全防備で庭に出て良かったと思いながら。

 雪を払って庭石の上に胡坐をかいた。




『もしもし』

「もしもし、ごめん、遅くなった」

『ううん、大丈夫だよ』

 大体このくらいに、と言った目安の時間帯にはギリギリ入ったものの待たせたのは間違いないのでそんな話始めになる。

『こんばんは、はやくん』

 柔らかな声に思わず頬が緩む……向こうからは見えなくて助かる。

「ああ、その……」

『うん?』

「午後からはあんまりメッセージ送れなくてごめん」

『ううん、忙しかったんでしょ?』

「まあ、うん……」

 色んなことを考えながらものんびりと過ごした電車の旅が一転、最寄りの駅についてからは怒涛の展開だった。

「駅着いたら伯父さんや従姉妹たちが待ち構えてて、そのままスキー場と温泉に連れてかれて……」

『わ……』

「晩御飯の時は晩御飯の時でばあちゃんや伯母さん達に大量に料理を盛られて、うん」

『はやくん』

「ん」

『とっても愛されてるんだね』

 我が事のように嬉しそうに弾む声に、思わず隼人の方はぶっきらぼうな口調になってしまう。

「有難いことに」

『えへへ』

「何だよ?」

『そういうとこ、はやくんだなぁ、って思っただけ』




『それで、はやくんってやっぱりスキー上手いの?』

「今回はスキーじゃなくてボードをやってきたけど」

『わ』

 数百キロは離れているのにキラキラした雰囲気が伝わってくる。

『見たかった』

「まあ、機会があれば……って」

『うん』

「桃香、スキーしたことあるのか?」

 確か大昔、幼稚園に通ってた頃。

 雪遊びをしたいとの桃香の希望があれよあれよと転がって、悠と彩の家も巻き込み四家族合同でスキー場に行ってキッズコーナーでプラスチック製の橇に一緒に乗った覚えなら、ある。

 ただ、年齢が年齢だったためスキーと言う意味では。

『ないよ?』

「だよな」

『はやくんと、一緒に一回スキー場いったときだけ、かな』

「あの時は雪遊びメインだったし、ああ、あと」

『?』

「スノーバイクで橇を引っ張ってもらうやつが思ったより速くて揺れて桃香がちょっと泣きかけたっけ」

『はーやーくーん?』

 そんなことは思い出さなくていいのに、と小さく聞こえるが。

 幼心にそんな桃香が可愛くてやっぱり僕が守らないと、なんて思った記憶もあるので忘れるわけにはいかなかった。

『まあ、そういうわけなので』

「うん?」

『はやくん、教えてね?』

 ゲレンデマジック……なんて小さなつぶやきまで通話が拾っているけれど。

 確かにああいう場所で普段とは系統の違う厚着になる桃香も良いかもしれないと思う。

「……」

『はやくん?』

「あ、ああ……」

 そんなことを考えると、地方のスキー場に貼ってあったカップルの仲睦まじい少し時代物のポスターの構図を無意識に自分たちに当てはめてしまい内心慌てる。

 でも確かに、二人でリフトに乗るのとかは好いな……とも。

「その時は、頑張る」

 運動が得意とは言えない桃香なので長期戦が予想されるが、それはそれで良いやと思える。

『よろしくね、はやくんせんせい』

「……この場合はインストラクター、とかじゃないか?」

 悪戯っぽく跳ねた声に緩く心をくすぐられながらも、真顔で返す。

『あ、そうかも』

「な?」

『どちらにしても、予約を入れちゃうので……いつか、お願いします』

「ああ」

 元々定員一名のため、全く問題が無かった。




「ところで桃香」

『うん』

「結構遅い時間だけど、大丈夫か?」

 部屋を抜け出す前に確認した時計から考えるに、そろそろ日付が変わる時間も近い筈だった。

『だいじょうぶだよ、それに』

「うん」

『わかるよね?』

 今日の場合は、変わるのは日付だけではないから。

「ああ……俺の方も多分桃香と同じ気分」

『えへへ……よかった』

 少しの沈黙するも、僅かに聞こえる桃香の息遣いが心地良い。

「桃香」

『うん』

「ちゃんと温かくしてるか?」

 寒がりなのを気遣うが。

『お布団の中だからだいじょうぶだよ、そっちは?』

「ん……その」

『はやくん?』

「ちょっと、庭先」

『そっちの方が寒そうだよ!』

「大丈夫だって」

『でも』

「桃香と話してるし」

 物理的におかしいのは重々承知で……でも、暖かなのは確かだった。

「桃香と二人きりがいいし……」

『そうなの?』

「ああ」

『そうなんだ……』

 少しまた会話が途切れた後、向こうから小さな唸るような声が聞こえてきた。

「桃香?」

『今、こっちからあったかパワー送ったから』

「ああ、来たかも」

 思わず笑ってしまったので、間違いなくそこで体温は僅かなりとも上がった筈だった。

『えへへ……効いた?』

「効いた効いた」




 一頻り笑った後。

 電話の向こうで桃香が動く気配と衣擦れの音がして……。

『はやくん』

「ん?」

『今年一年、ありがとうね』

 時計を見たのか、と察しながら。

「こっちこそ、ありがとうな、桃香」

『えへへ……うん』

 色々な出来事を思い返しつつ、感謝を返す。

『素敵な一年だったもんね』

「春……から、な」

 それが桃香が傍に居たからと言う意味を込めて帰った時期を口にしたものの。

『ううん』

「ん?」

『受験シーズンにね、はやくんがお守り、くれたでしょ?』

「……春には戻れる、って意味でな」

『うん!』

 思い切り飛び上がった桃香の声が。

『あの時から、いろんなことが全然違ったよ』

「そうか」

『うれしくって、楽しみで……』

「うん」

『そしてほんとに帰ってきてくれて』

「まあ、その……少々あったけど」

『でもね、あの、えっと……』

 少し掠れていって……桃香の息の吸い方で、わかってしまった。

 可能なら、目元を拭かせて欲しかった。

「……ごめんな」

『ううん、謝らないで』

「……」

『そんなこと言っちゃ、やだ』

「うん」

『わたし、すっごくうれしいんだよ』

「ああ」

 頷いてから。

「俺も、桃香と同じくらい、嬉しい」

『ほんと?』

「勿論」

『うん』

 再び心地良い沈黙が訪れて……ややあって遠くから時報の音が聞こえた。

「桃香」

『うん』

「あけまして、おめでとう」

『うん、おめでとう』

「今年も……」

 定型の言葉を口にしようとしてから、少し考えて変える。

「今年は、去年よりいい年にできるように頑張るから……よろしく」

『!』

 一瞬言葉が止まった後、耳に柔らかな笑みが聞こえた。

『はい』

「うん」

『わたしも、がんばるから……いっぱい一緒にいようね、たくさん楽しいことしようね』

「ああ」

『今年もよろしくね、はやくん』





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