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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
冬休み/暖かな時間を君と
154/225

135.車窓からも君を想う

「じゃあ、俺こっちに座るから」

 二×二列のシートの窓側のみを取っている方の席を指差して、両親が頷くのを確認してからホットのカフェモカをホルダーに差しバッグを上に押しこんでから、コートをやや無造作にマフラーを丁寧に畳む。

 その間膝の上に置いていたスマートフォンは窓際に置き、文庫本を栞が抜けていないか確かめながら広げる。

 発車時刻を告げるアナウンスを聞き流しながら、幸い最後尾のため気遣い無しで倒せるシートの上で自分の位置を調整してから。

「……っと」

 本の世界に没頭する、前に。

 事前に確認していた手順に従いWi-Fiを接続してから。

 彼女基準で普段より二時間以上早起きをして見送ってくれたけれど……アプリを開いて改めて、「いってきます」とだけ送信した。




 このシーズンなのにまさかの隣が空席か? 何て思ったものの。

 最初の停車駅で隣に大学生か新社会人くらいと思しき女性が立ち止まり席に座る……かと思いきや。

 思い切り隼人、の向こうの窓に向かって立ったまま手を振り始め……横目でしれっと確認すればお揃いのマフラーをした男性が同じ動作をこちらを覗き込む体勢でホームでしている。

 正直、物凄く気まずい。

「……」

 ふと、そこで思い至る。

 あれ? まさか普段教室では自分と桃香がそんな風になっている? いや、そんなことはない、もうちょっと周囲を弁えた行動はとっている……筈。

 と言うか、まだ恋人という訳ではないし……未だ。

 そんなことを思っているうちに、再び車両は動き始め……隣の方は落ち着くかと思いきや指を忙しなく動かし何やらメッセージを送っているご様子。

「ん?」

 そんな折。

 桃香から先程に対する返信が届く、向こうはあの後で二度寝してしまっていたとの自己申告。

 それに対して速攻で問題ないし早起きしてくれたことは嬉しかった旨を返信するものの……傍から見れば実質隣のお姉さんと変わらないのか? と再び考え込むことになる隼人だった。




 カフェモカをちびちびと口にしながら、高速で流れていく風景の中で遠くに見え始めた北の山々はやっぱり白いなと当たり前の感想を持ちながら。

 しばらくの間そんなことを考えていたが、その間も延々と指を動かしては時折悶えている隣のお姉さんに、やっぱり俺たちそこまでじゃないから蓮あたりが大袈裟なだけで基本無害な筈だ、と結論付ける。

 桃香が向こうで一人で何かしら花を咲かせていない限りは、だけど。

 そんなタイミングで。

「?」

 ぴったり三〇分開けて桃香からのメッセージ。

 Wi-Fiは繋いであるかの問いかけに問題ない、と返せば……少々読み込みに時間のかかる添付画像。

「ぶっ」

 紙コップは手にしていただけで中身を含んでいなくて良かったと心から思う。

 セルフタイマーでも使ったのか、両手の指でハートを作って笑顔の桃香の写真。

『ちょっとやってみたくなっちゃった』

 という説明書きに、さっきようやくああ結論したのに隣と変わらなくなる……と溜息を吐く。

 吐きながらも。

『じゃあ、お店の大掃除するから、お手伝いに行ってくるね』

 それに頑張れ、と返してから。

 画像はきちんと保存し保護を掛ける、可愛いと思うのはどうしようもなかったから。




 そしてまた、休憩時間になったと桃香からメッセージが届く。

『疲れてない? 大丈夫?』

「ああ」

『やっぱり新幹線混んでる?』

「それはまあ」

『お隣、怖い人じゃない?』

「大丈夫」

 普段は一緒に部屋に居てもラジオだけの時間とかもあったりして無言でも苦にならない二人だけれど。

 ここは文字を打たなければどうしようもない……そして隼人からの報が指のこなれ具合から若干時間がかかっている。

『かぐや、いい子にしてるかな?』

「きちんとしたペットホテル紹介して貰ったから大丈夫」

『はやくんは、いい子にしてる?』

「ちゃんと座って桃香の相手してるよ」

 すると、えらい、と花丸のついたスタンプが送られてくる。

「そっちこそ掃除中に何処かぶつけて泣くんじゃないぞ」

『また小さいときの話してる』

「気をつけてくれ、って意味」

『うん、ありがとう』

『じゃあ、お掃除に戻るね』

 そうして静かになった画面が少し寂しく思えてしまって。

 相手して貰っていたのはこっちだな、と甘苦い紙コップの中身を空にした。




 あまり桃香が寂しくないように、という建前はあれど流石にあまり間を置かず送信するのもと思いしばしの間文庫本に目を落としていた内に、雪は遠くの山だけでなく近くの家々の屋根にも見られるようになり。

 そもそもその家が点在するのみとなり山々が至近の所まで新幹線は進んできた。

「ん……」

 そして耳に馴染み始めていた走行音が変わり、窓を見ればトンネルに入ったのがわかる。

 すると当然通信速度もがっくりと落ちた後、切れてしまう。

 既読にならなくて、一応言ってあるとはいえ桃香が変に心配しないと良いけど……何て考えが頭に浮かぶ。

 果たして、五分ほど経って外が明るくなって暫くすれば少し前のメッセージが入って来る。

『お掃除終わったよ!』

 結構大きな注連飾りが見慣れた店頭に下げられている写真も一緒に。

「お疲れ様」

『うん』

 そんな遣り取りの後、少し考えてから付け加える。

「こっちは暇だから助かるけど、そっちは大丈夫なのか?」

 すると桃香も少し考えたのか、先程までの打てば響く勢いからワンテンポ置いて返信が来る。

『はやくん、向こうに着いたら余裕なくなるだろうから今のうちに』

『あとそれといっぱいお話したいし、した方がいいみたいから』

「ん……?」

 違和感に、指が止まって声が出る。

 画面を見ていれば桃香の最後のメッセージが一旦削除されて、前半部分のみが再投稿された。

「桃香?」

 問いかけを投げれば、暫くした後……観念したかのように続報が来る。

『みんなとメッセージしているうちに、はやくんちょっと帰省中だよって話題をしたら』

『花梨ちゃんから参考にしなさいって遠距離恋愛成就の秘訣、っていうサイト紹介されて』

『できる限り連絡はした方がいいっていうのと、気持ちは素直に言うようになっていて、その方がいいのかな、って』

 それを読んだ瞬間、再びトンネルに入り……反射的に視線をやった暗くなった窓に映った自分の何とも言えない顔と対面する。

 もしかして自分ももう手遅れ、なのだろうか。




『もちろん、さみしくて、早く帰ってきてほしいけど』

『これって、遠距離恋愛、みたいって思うとね』

『ほんのちょっとだけ、楽しくなっちゃったかも』

「……あいつめ」

 そして再度繋がった瞬間に入って来るメッセージたちにそう小さく呟くも、確かに。

 最高時速二百数キロメートルで距離は離れているし、愛は多分そうだし間違いなく桃香が恋しかった。





公開を始めて1周年となりました、これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

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