131.クリスマスケーキ
「わたしのサンタさんは」
「ん」
「階段から来てくれるんだね」
ケーキの皿を持って階段を先に上って、部屋の前で振り向いた桃香がにこりと笑う。
「まあ、桃香の家に煙突はないし……」
「荷物を持って窓からも危ないしね」
「ああ」
プレゼントの包みは肩掛けバッグに入れて、グラスは先に準備してくれているとのことなのでリカーショップで調達したグレープジュースのボトルを持ち替えて隼人がそんなことを言いながら扉を引いて先に桃香を通す。
「それにさ」
「うん?」
「桃香も、大分サンタクロースじゃないか」
「えへへ……」
赤系のノルディック柄のニットにモスグリーンとネイビーのチェック柄スカートで、髪を飾っているリボンもワインレッドで、何より店頭でも使っていたというサンタ帽を頭に乗せている。
「わたしは、はやくんのサンタさんだよ」
「ん……」
良くもまあそんなに堂々と、とも思うけれど。
こんな笑顔で言われて悪い気がするはずもない。
「まあ、確かにそうなるのか」
「だよ?」
自分は面倒臭くも一応悪い子では多分無かった筈で……有形無形の色々な贈り物をくれたのは間違いなく桃香で。
そもそも、クリスマスイブの夕食後に二人で小さくパーティをする相手も桃香だった。
「じゃあ、座って座って」
「ああ」
「ブッシュドノエルとも迷ったんだけどね」
「ん」
「やっぱりまずは基本の苺ショートで作りました」
「おお」
皿に被せていた覆いを外しながら軽く胸を張る桃香に小さく拍手をする。
上に砂糖菓子のサンタクロースを乗せた小ぶりのケーキは……。
「いや、お店で売っててもおかしくはないんじゃないか?」
「褒めすぎだよ……でも、ありがと」
ちょっと照れながらも。
「それに、二つ作るのにあんなに時間かけてたらケーキ屋さんにはなれないし」
クリームの形がちょっと悪い方がお父さんとお母さん用、と桃香が続ける。
「頑張ってくれた、ってことか」
「えへ……うん」
二人でいる時はいつもだけれど、今日は更に笑顔が絶えないな……と桃香のそれが伝わって来たのか隼人も小さく笑う。
「ちょっと張り切っちゃった」
「そっか」
「はやくんとクリスマス、だもんね」
ふと、壁にかけてあるカレンダーに視線が行けば。
今日の日付に思い切り書かれてある大きな印に気付く。
「二人で、クリスマス……だからな」
「うん」
こっちまで嬉しくなるじゃないか、と内心で呟きながら。
「とりあえず……乾杯か?」
「そうしよっか」
あくまでグレープジュースだけれど、お店がサービスでつけてくれたクリスマスカラーのリボンとそれなりにちょっと洒落た包装を解いて瓶を取り出す。
それをまたにこにことしながら見ている桃香が呟く。
「前までに比べてちょっぴり大人だね」
「一応、高校生になってはいるからな」
「うん」
記憶から引っ張り出せばキャラクターものの包装紙の子供用シャンメリーが思い出される。
それをプラスチックのカップに注いでおっかなびっくり飲んでいた。
「グラスも、ちょっと良い奴じゃないか?」
「えへへ、お母さんたちにお願いして借りてきたよ」
テーブルに二つ並べられていた細身のシャンパングラスは低学年の小学生の頃なら絶対に持たせては貰えなかっただろう。
「じゃあ、始めるか?」
ボトルの栓を回した隼人に。
「あ、はやくん、ちょっとまって」
「ん?」
近くの棚に避けてあったリモコンを手にして、桃香が部屋の明度を二段下げてからベッドサイドのスタンドタイプの照明を入れる。
暖色の灯りに見慣れている桃香の部屋が少し違う雰囲気に変わる。
あと、その近くに並んで飾られているこの前の小さなぬいぐるみのペアが微笑ましい。
「このくらいで、どうかな?」
「ああ、いいかもしれない」
頷いてから、少し考えて……手に持った瓶の重量がそこまででもないのを確認してそこを手のひらで包むように片手で持つ。
「えへへ……」
「ん?」
「注ぎ方、かっこいいね」
「……ん」
桃香の言葉は嬉しいけれど、口がぶれないように気を引き締めながら二人分をグラスの八分目まで。
白葡萄の色をした液体の中をすうっと気泡の粒が上がって行く。
「じゃあ、桃香」
「うん」
促してから、隼人もグラスの脚に手をやって。
二人で声を合わせる。
「「メリークリスマス!」」
「おいしいね」
「ああ、よかった」
そこまでの時間は掛けなかったけど、短時間ながらかなり真剣に吟味したので桃香の感想にほっとする。
「あと」
「ん?」
「炭酸、弱いの選んでくれたんだよね?」
確かに自分用なら結構強めにしたかもしれないけれど。
「……桃香も楽しめるものじゃないと駄目だろ?」
「そうなの?」
「俺だって桃香とクリスマスをするの楽しみだったし、すごく」
言いながら、自分の頬と桃香の視線が熱を帯びるのを感じて残りを一気に呷る。
「えへへ……」
「ん?」
そんな様子をじっと見られて。
「メリークリスマス、だね」
「それはさっき言ったけど」
「でもね、すっごくそんな気分」
今度は薄明りの中でまた少しグラスの中身を口にする桃香のことを隼人の方が凝視してしまう。
「メリクリだね」
「……桃香が楽しそうで何よりだよ」
「うん、すっごく楽しい」
「じゃあ、ケーキ食べよっか」
「ん」
隼人が二杯目を飲み干したところで桃香のグラスも空になって、部屋の灯りを戻してから桃香がフォークを手に取った。
正直、いつも桃香の手並みを楽しんでいる身としてそちらも期待している隼人も待ってました、というところだったが。
「えへ」
ちょっとお行儀わるいかな? と言いつつ結構小ぶりとはいえホールのケーキに直接フォークを突き刺してそれなりの塊を抉り桃香がにっこり笑う。
「はい、はやくん」
「……」
「これ食べてくれないと、残りもだめだからね?」
笑顔も楽しそうな様子もご機嫌なご無体も、嬉しいのだけれど。
「それは、困る」
「そうなの?」
「桃香が作ってくれたケーキ、食べたいし」
「これもそうだよ?」
「まあ確かに」
じゃあ、あーん? と言われ、まあこれももう何度目かわからないくらいなんだけど慣れることは無いな……と口を開け近付いて。
「桃香」
「うん」
「ちょっと、大きくないか?」
「えへ」
小さく舌を出した後。
「思ったよりおっきく取れちゃったな、って思った」
「おい」
「だいじょうぶ、はやくんなら」
「おーい」
「おーい、じゃなくて、あーん」
少し強引に、桃香の差し出してくれたケーキを口に入れる。
どうかな? と視線で聞いて来る桃香に、このままの口は開けないと目で伝えて。
流石青果店フルーツの味が違う、と思いながらも何とか咀嚼して飲み込む。
「桃香」
「うん」
「美味しかった、けど」
口の周りが少しばかり大変なことになったのは鏡を見るまでもなくわかる。
「ごめんね」
「……まったく」
「白髭のお兄さんになっちゃったね」
誰のせいだ、と言おうとした瞬間に。
桃香の人差し指が口から頬に掛けてそっと撫でて行って。
「えへ」
そんな自分の指を一瞬眺めた桃香が、躊躇いなくそれを口に含んだ。
「……うん、おいしいかも」
「……まったく」
気恥ずかしさに少し目を逸らすが、却ってそれで桃香は笑みを濃くする。
「ちょっと大胆過ぎるだろ」
「イブの日に二人きりでパーティしようって言ってくれる人くらいね」
「……む」
それを言われると、全く反論ができない。
でも今日の日付をどう過ごしたいかと問われれば。
「だってそれは、こうなるだろう……?」
「じゃあ、わたしもこうなっちゃったんだよ?」
桃香の口元を離れた指先が、再度隼人の頬に帰ってきた。
「はやくんはやくん」
「ん……」
「楽しいね」
「そう、だな」
そんな隼人に表情も声も蕩けさせて桃香が囁く。
「しあわせ、だね」