129.自覚
「桃香と何かあったかって……」
若干の胸の痛みと共に視線を彷徨わせる。
そんな隼人を見ながら花梨が静かに言葉を続けた。
「先週末に二人で出かけるっていうのは何となく聞いていて……桃香がいつも外でデザート食べた時に更新する写真が珍しくお店の内装なのは多少気になったけれど」
確かに桃香がそういうことをしてお勧め情報を友達とシェアしているのは把握している。
あと多分、流石にあのカップル限定と銘打たれているパンケーキを乗せるのは自重したのだろう。
「まああの辺りに行ったのなら、イルミネーション見に行ったのかな、というところだけれど」
「御明察だね……」
名探偵じゃん、なんて誰かの呟きに隼人も頷く。
「桃香があまり隠さないし、隠してないもの」
「はは……」
「もうここずっと、嬉しくて仕方ない、って感じに」
花梨が少し珍しく表情を緩める……多分、友達の幸福を喜ぶ顔。
「吉野君も桃香が絡めば普段の難しい顔を緩めているんだけど、今回は何やら考え込んでいるようだから」
「ん、まあね……」
「何かあったのか、お節介ながらも気になるのよ」
「そうなんだ」
頷きながら、何か、の事を。
最近の頭の中を占めていることを思い出す。
「はやくん……」
淡い光に照らされて、隼人のことを甘く呼びながら瞼を閉じた桃香の姿が蘇る。
正直なところその桃香の吐息を唇で塞いでしまいたい衝動には駆られたし、桃香もそう望んでくれていた、と思う。
でも。
「桃香」
「!」
直前でこれは完全に恋人同士の行為だと頭が働いて……衝動に任せていいのかというブレーキがかかった。
だから。
咄嗟に首を捻って強引に触れる箇所を頬に変えた、のだった。
それでも、充分に好意を伝える行為ではあったと思うし……場違いでも無かったとも思う。
桃香も照れながら嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
ただ、あんなことを考えてしまうことと、何より桃香の伝えてくれた気持ちを知りながらも自分の理屈で桃香の望んでくれている関係になっていないこと、があの時からとんでもない我が儘をしていたように思えてしまっている。
だからつまり、それを一言で表すなら。
「……俺って面倒臭い奴だよな、というのを再認識する出来事があっただけ、です」
そしてそう言いながらも桃香のあの表情を思い出すとどうしても熱が上がってくる顔を上げられず。
テーブルの表面に小さくある傷とにらめっこをしながらそう呟いた。
「ま、確かにそれはそうだよな」
店内の喧騒から隼人たちのテーブルが一瞬切り離されたか、という沈黙の後、勝利がストローで一口コーラをすすって口を開いた。
「綾瀬とあんだけ二人の空気作っときながら付き合ってないだのどうだの、面倒で不可思議な事この上ねぇわ」
「容赦ないねー、しょーり」
「事実だし、こいつが自分で言ってるじゃねーか」
「ははは……」
おっしゃる通りです、と呟くと同時に……おどけたように相槌を打った友也と併せて、わざとそう言う物言いをしてくれたのかな、とも考える。
「そもそもこいつからクソ真面目取ったら運動神経くらいしか残らなくね?」
「結城君、それはひどいよー」
「おう、じゃあ滝澤、他にあるか?」
「えーっとねぇ」
顎に手を当てて考えた美春が口を開く。
「クソ真面目なところ?」
「だからそれを取るって言ったじゃねーか!」
「取っても残るレベルだって言ってるんでしょー!」
多少緩んでいた空気が、二人の突っ込み合いに完全に解けた。
「これは褒められてる? 貶されてる?」
「多分六四で褒めてると思うよ? 多分ね」
「そ、多分な」
思わずぼやいた隼人に誠人と蓮が薄笑いで慰めてくれる。
「よし、じゃあそこを打破するためにも吉野君にはぜひ王子様衣装でアイドルソング歌って貰いましょっか」
「ちな、ウチのアニキが今の彼女落としたときは洋楽のバラードだったらしいけど?」
「駄目よ、今回は吉野君の改造計画だし、そもそも桃香はもう落ちてるわ」
「あ、そっか」
絵里奈は諦めていないらしいし、琴美と花梨も何を言ってくれているんだ……と思う。
「あの、皆さん……」
これでも一応、真っ当に悩んではいたのですが……と肩がずり下がる隼人に友也が言い放つ。
「僕らでさえ知っている隼人のそういうとこ、綾瀬さんが承知してないわけないでしょ?」
「まあ、それは」
間違いない、と断言できる。
もしかすれば隼人本人よりも、というくらいに。
「それであれだけ想われてるんだから、隼人は無理はせずに今よりちょっと柔らかくなるように努力する、くらいの塩梅で良いんじゃないかな?」
その台詞を、全員がそれぞれの仕草で……まあ、若干の呆れやら何やらも混じりつつ肯定をしてくれた。
「じゃあ、そういうわけ、で」
その後、雑談に暫く興じて。
店外に出たところで友也に腕をがっしりと組まれる。
「カラオケ二次会行こうか、隼人」
「謹んで遠慮します」
「「えー」」
友也と、近くのカラオケショップを検索していた琴美に不服そうな声を浴びせられる。
「あ、一旦それはそれとして吉野君」
「はい?」
友也と反対側の肩を絵里奈に掴まれたかと思えばケースも画像もパンケーキのスマホを突き付けられる。
「吉野君、桃香と食べたのってこれ?」
「……まあ、うん」
生クリームもフルーツもたっぷりの、目にも舌にも記憶のあるパンケーキ。
ただ、カップル限定の注意書きに肯定するのを一瞬躊躇って……でも今更過ぎると首を縦に振る。
「甘々だった?」
「むしろ控えめで食べやすかったよ、勿論美味しかった」
「そっちじゃないんだけど、そっかー」
頷いた絵里奈が花梨たちの方を見る。
「花梨、美春、琴美~、誰か一緒に行って食べてこない?」
「え?」
いや、それ確か……と言いかけた隼人に、絵里奈が画面を下にスクロールさせ見せてくれる。
「仲の良いお友達同士等でもオーケーです、って書いてあるよ?」
「あ……」
本当だ、と確認するとともにがっくり肩が下がる。
「おや、どうしたのさ?」
「これは散々ああ言っているのに桃香に負けて注文してしまったのを若干気にしていたのにそういうことだったのかい、といった感じかしら?」
「なるほど」
「やっぱりクソ真面目か」
花梨の解説に頷いている美春と蓮。
「まあ、どう見てもそう見えることへの自覚はあるようで安心した、かな?」
「確かにね」
琴美と絵里奈もそんなことを言いつつ頷いているのを聞かされて。
そろそろ、居た堪れなくなってきた。
「えっと、じゃあ、そろそろ行くから」
あと、この流れのまま友也に連行されるとまずい、との予感で離脱を決意する。
「えー」
「折角だし行こうよ?」
「つまんないの」
引き留めてくれる声は有難いが、邪な意図が漏れ出ている。
「悪いけど、またの機会に……そろそろ桃香の方も帰ってくる時間だし」
「あ、そっか」
「じゃあ仕方ないか」
「……それが基準なのかよ」
呆れられながらも、手を振って自転車置き場の方に足を向ける。
桃香の顔が見たいのも、あと抗議の意味で頬を軽く抓むぐらいをしたいのも本音だった。
「選曲はこっちで進めておくからね」
との声は、聞こえなかったことにした。
本人にも自覚はあります……が、こういう性格でないと秒で話が片付くので仕方が無いのです。