128.クリスマス、の前に
「おつかれー」
「おう」
にこやかに労いの言葉を発する友也とそれに応じながら背中を伸ばしている勝利に続きながら建物の外に出る。
色々と先立つものが必要な学生同士、夏休みからの延長で時々単発のアルバイトは継続中だった。
「隼人以外はまた来週だな」
「え? 皆は来週も入れているの?」
「何というか、時給が高いのが多いからね」
「それは……そうか」
蓮と誠人の発言に驚きつつも頷くと、勝利と友也がこちらを振り向く。
「オメーは絶対来るんじゃねぇぞ?」
「トナカイに蹴られたくも橇に撥ねられたくもないからね」
来週末にどんなイベントがあるか非常に分かりやすいジョークに苦笑いしていると蓮に脇腹を小突かれる。
「ちなみにどこ行くんだ? イルミ観賞か? それとも観覧車とか?」
「夏の花火大会で帰りが遅くなって小言を言われたからそれは別の日に行って、イブの日はその……ケーキを一緒に食べる、くらいにしたけど」
「そのケーキってやっぱ綾瀬の手作りなんだろうな、ぜってー」
「言わずもがなだね」
「一回滝澤たちに配ってるのついでに貰ったけど美味かったしな」
両側を固めた蓮と誠人が確信をもって頷かれている、ちなみに無論その通りだった。
「というか、今」
「うん……?」
「花火大会、とか言ったよな」
「あ」
眼光鋭く勝利が振り返る。
「お祭りの花火の時は何だか大人しいなぁと思ってたけど、なるほどなるほど」
「そんなカラクリがあったわけだ」
友也もくつくつと笑みを浮かべながら流し目をくれて……そのことに後ろめたさが皆無ではなかった隼人としては小さくなるしかない。
「んで、遅くなって綾瀬さんのご両親にお怒りを買ったりしたのかな?」
「……そこは遅れそうになって直ぐ連絡したから厳重注意と言ったところだったけど」
「けど?」
「うちの母親に大分小言を……」
言いながらちょっと胃の辺りが痛み出す。
無論、年頃の女の子を連れてああなったことに関しては反省あるのみなのだが。
「で、隼人は綾瀬に何を買って来たんだ? まさかバイト代三ヶ月分の指輪とかか?」
「流石にぶっ飛ばしすぎでしょ? 吉野達は見事な夫婦ぶりだけど」
「そんなことは……いや、まあ、プレゼントは今週中に仕上げるけど」
「まさかの手作りかいっ!?」
「……桃香には普段から色々と時間を使ってもらっているから、そのくらいは」
「うわー、御馳走様」
そんなことを話していると友也が可笑しそうに指摘をしてくる。
「隼人は器用だから昔から色々綾瀬さんにあげてそうだよね」
「……いや、そんなことは」
シロツメクサの冠やビーズのアクセサリーが脳裏に蘇るがそこまでは口にしない。
「綾瀬、生物以外はちゃんと保管してんじゃね……?」
「在り得るね」
そんなことはない、を全く信じてくれていない蓮と誠人にまたもや両サイドから頷かれる。
ちなみに隼人も大いに在り得ると思っている。
「なあ、隼人」
「うん?」
「何でお前らそれで付き合ってないの?」
「……」
「ホントにね」
ふと真顔に戻った蓮に聞かれて目を逸らす……もそちら側には一見にこやかそうながらも目はあまり笑っていない誠人が居た。
「いや、その……前にも言ったけど、その前に果たしたいことがあるというか、甘えたままでいたくないというか」
「それで今週何か悩んでたんか?」
「え?」
勝利に切り込まれて、自分でもわかるくらい表情に出たと自覚する。
「良かったら、相談に乗るわよ?」
「!?」
そんなタイミングで、予想外の涼しい声に振り向けば。
「よーっす、吉野君、とその他」
「俺らはおまけかっ!」
「ともあれ偶然ね?」
絶対そうじゃないだろう、と突っ込みたかったが。
花梨たちが勢揃いでこちらに向かって歩いて来ていた……そういえば友也が上がる直前に何やらスマホを操作していたか。
「女子の意見必要なら役に立てると思うケド?」
「代わりといっちゃなんだけど桃香との甘いエピソードもお願いね?」
琴美と絵里奈がそんな風に言いながら、じゃあ近くのファミレス行こうか? と言うに及んで。
絶対全員グルで確信犯だ、と内心で呟く隼人だった。
「あ、そういえばさ」
「うん?」
「どうした?」
連行されていく途中で思い付いたことを口にして抵抗する。
「皆でこんな風に出掛けたって聞いたら桃香が拗ねそうだから……」
「あら、吉野君そんなに桃香と一緒に居たいのー?」
「そういう意味では言ってないけど」
口元を押さえてニヤニヤする琴美に渋い顔をして見せる、も。
「安心なさいな、桃香は今、悠さんたちや真矢とお出かけ中でしょ?」
「……」
そういえば母親同士の繋がりがあるのは花梨と悠もだったか……と思い出しながら、久々に女子会だとご機嫌だった悠の様が蘇る。
「そういうわけで、安心して遊ぼう?」
美春の良い笑顔に、遊ばれるの間違いでは? と思っているうちに。
先頭を歩いていた友也はもう自動ドアの向こうに入ってタッチパネルに人数を記入していた。
「で」
「はい」
「何かあったの?」
全員がドリンクバーで好みの物を調達して席に着いたところで早速美春と絵里奈がお手本のような単刀直入で切り込んでくる。
「何か、とは?」
「今週吉野君なんかおかしかったじゃん?」
「そうそう」
「だね」
琴美の指摘に友也と誠人が頷いた。
「だったのか?」
「池上君は横方向だから気付かなかったかもしれないわね?」
「よし、絵里奈、吉野君と池上君のために再現VTRよろしく」
「私なの?」
「あんな乙女オーラを出せるのアンタくらいでしょ、少なくともひとま……えぐっ」
美春の言葉が突然途切れる。
隣の花梨が何かをしたのは明白だったが、涼しい表情の流しなさいオーラに誰も突っ込めない。
「まあ仕方ないか……吉野君」
「はい?」
「桃香ほど可愛くないけど、ゴメンね?」
「……そんなこともないと思うけれど」
「おやま、ありがとー」
遊ばれているな、と思いながらもお世辞ではない返事をすると満更でもなさそうに笑ってから絵里奈が隣の琴美を促してから頬杖を付く。
「テイクワン、普段の二人」
「オッケ」
ひたすらニコニコと隣を見詰める絵里奈が小さく手を振ったりしていると気付いた琴美がじっとそちらを見てから、柔らかく笑い返した。
そしてそのまま見つめ合い笑い合う。
「……とまあ、こんな感じ」
「そうだな」
「違いねぇ」
「わかる」
「芸能人の結婚会見じゃないんだからねぇ?」
「……」
そこまで二人の空気は出していない、と言いたかったが言わせてもらえる雰囲気ではないため口を噤んでいるしかない。
いや、でも、だからって桃香はともかく俺は……とか考えていると。
「出しているわよ?」
「な、何が!?」
「自分の胸に聞いて御覧なさいな」
ティーカップを傾けていた花梨にそんな風に呟かれた。
「で、テイクツー」
琴美が指を二本立てて続きを示唆する。
二人が顔を合わせるところまでは同じだったが、琴美の方が唐突に顔を逸らした後頭を抱えたり額を押さえたりしている。
「そうそう、多少アクションは盛ってるけどそんな感じ」
「……本当に?」
多少脳内で考えていたことがあるのは認めざるを得ないのだが、こんなに出ていたのだろうか?
そんな気持ちを疑問にしてみれば。
「だったのか……」
「だよ?」
その場に居合わせた蓮以外の全員に頷かれる。
「で、クラス女子有志の予想がこちら」
「……ちょっと待って」
「おや、どしたの?」
それこそ額を押さえながら美春の言葉を遮る。
「それは、一体」
「ん? 二人に何があったのかなー? というのを皆で心から『心配』した結果だけど?」
「絶対心配だけじゃないよね」
「そこはほら、あたしらお年頃だから」
全く悪びれない表情で美春が続ける。
「その一、最近の寒さで二人で毛布を羽織って身を寄せ合って座っていた所、足が痺れて立ち上がる時毛布も絡まってうっかり桃香を押し倒した」
「あの、ちょっと……」
「んで、桃香は桃香だから大好きな吉野君に全部任せちゃうんだけど、吉野君の方は小さい頃から知っている桃香とのそういう事態に戸惑ってしまって何もできず、自分の意気地の無さに打ちひしがれている」
「初手からエグいな」
嫌な予感しかしていなかったので水分補給程度にしかジンジャーエールを口にしなくてよかった、と思いつつ呆れたように呟く勝利に心から同意する。
「まあ、吉野がヘタレなことは否定しねーけど」
「……」
出来れば最後まで味方して欲しかったな、と思いつつも確かにそれは自分でも否定できない。
「お次はね」
片目を閉じて絵里奈が引き取る。
「クリスマスに年末と歌番組等が多くなってくる季節です」
「まあそうかもね」
「それを見たお姫様に乙女オーラ全開でキラッキラのラブソング歌って欲しいとリクエストされたものの吉野君のキャラではないためどう応じようかお悩み中」
マイクを持っているかのような仕草で出された意見を聞いて、視線の隅では友也達男性陣が大爆笑している。
「いいね、それ」
「練習するならいくらでも付き合うよ、隼人」
「やべぇ、ちょっと見たい」
「やる時は演劇部とのコネとかフル動員で王子様にしてあげるからね?」
バカ受けで盛り上がる場に上機嫌でそんなことをのたまう絵里奈にきっぱりと首を横に振る。
「しーまーせーん」
「絶対桃香喜ぶよ?」
「……ぐっ」
「個人的に吉野君が桃香に歌うのにぴったりの曲とかも目星付けてるけど?」
学園祭の時に猫にさせられた時を思い出す圧で絵里奈が迫ってくる。
「待ちなさい、絵里奈」
「どしたの? 花梨」
「敢えてここは吉野君の口から通常なら絶対に出ない路線というのも捨て難いわよ?」
「なるほど!」
成程じゃない! と思いつつも案外と花梨がそういうのにも食い付くんだなという感想も脳裏に浮かぶ。
「あ、ちょっと待って」
「柳倉君?」
「だったら僕にも案があるんだけど、隼人に歌わせたい曲で」
「話が分かるじゃーん!」
止めてくれるのと違うのか、と言いたかったものの隼人そっちのけで話が盛り上がり始めたので結果的に助かったとこっそり息を吐く。
あとは最終的にどうやって回避するかだけだと思っていると。
「その三」
これが大本命なんだけどね、と説明しつつ今度は琴美が口を開いた。
「割とクラスでその相談もしていて時々アルバイトしていることをみんなご存じ吉野君」
「まあね」
今丁度帰りだし、と頷く隼人。
「目標金額は無事にクリアできそうだけど、如何にして桃香の薬指のサイズを測ろうかとずっと考え続けているものの、名案が出ずにこのままではクリスマスが来てしまうとお悩み中」
これでどうよ? と得意げに腕を組む琴美に隼人は考え込む。
「確かに……」
「おやおや?」
「それってどうやって知ればいいんだ?」
「「「……」」」
「マジかよコイツ」
真剣に呟いた後、周囲の目線に気付く。
そのサイズを知ろうということはつまり。
「あ、いや、ちょっと待って」
「吉野君、ぶっちゃけ見直したよ」
「ついに付き合っているいないを一足飛びに解決するのね」
「なんだ、やることやってるんじゃねぇの」
「あ、いや、だから待って!」
慌てて両手を開いて突き出して話を切る。
「純粋に話題について興味を引かれただけで、その……別に」
「あら? 桃香に贈らないの?」
「それは、無論考えてないわけではないけど……」
例えば先日。
桃香と二人きりで過ごした週末でそんなことを意識しなかったと言われれば完全に嘘になる、けれど。
「考えてはいるんだ」
「無論とか言いやがったぞ、おい」
「吉野君の方もマジじゃん……知ってたけど」
何を言っても墓穴じゃないか、とは思うけれど話題の飛躍はどうにかせねばと声を絞り出す。
「その、学生の身分でそれは先走り過ぎだし桃香の居ないところでそういうことを言うわけにもいかんので、その」
テーブルの上に撃沈寸前になっている様に女性陣が慌てる。
「あ、ごめん」
「あんまりにも甘くって盛り上がっちゃったけど」
「桃香と吉野君にくっついて欲しいと思っているのは本当なので」
「それは、ええと……ありがとう」
確かに。
こんな風に騒ぎながらもそれが根底にあるのは本当に感じているので男性陣含め友達に恵まれているとは思っている。
出来ればそこは放っておいて欲しいだけで。
「本当、六年も経ったんだからこれ以上桃香を待たせたら可哀そうよ?」
「あ、それも」
「本当にそう思うわ」
「やっぱもうちょい頑張ろうよ、吉野君」
「……はい」
それは自覚があるので頷いたところ、花梨が話題を最初に戻す。
「で、一体何があったの?」