125.前借り
「あわてんぼうのサンタクロース」
「?」
土曜日の昼前、待ち合わせの時間に玄関から隼人の方に楽しそうな歩調で近付いてきて桃香がそんな曲を口ずさむ。
そこまで歌ってから口を噤んで、続きを求めるようにじっと隼人を見る。
「クリスマス前に?」
まだ、二週間ほど前で……桃香へのプレゼントもあと少しとはいえ完成していないんだが、と思っていると。
「やって、来ちゃった」
身を寄せた桃香がふわりとしたものを首の周りに掛けてくれた。
「……マフラー?」
「今日のお出かけのメインは、寒くなりそうだから、早めにはやくんに渡した方がいいかな、って」
「ん」
「ね?」
イルミネーションを見に行く約束は、本番の日に行くと人混みで大変なことになりそうで……そんな風に相談して決めていた。
「あったかい?」
「ああ」
首元だけで随分違うな、と思いながら……手に取ってまじまじと見る。
クリーム色にネイビーブルーのラインで飾られた柄は、最近桃香が通学時に、そして今もしているマフラーとは違うもので。
「おそろい、がよかった?」
「いや……えっと」
「さすがにそれだと、学校にはしていけないからね?」
それもそうか、と納得したところで。
「それより、今日の格好どうかな?」
ローズピンクのコートを身に纏ってマフラーも完備し完全に冬の格好になった桃香がショートブーツのつま先でくるりと回る。
「!」
「えへ」
豊かな髪を留めているバレッタのリボンが、ついさっき隼人に掛けたマフラーと一目で解るほど同じ色使いをしていた。
「どうかな?」
「凄くあたたかそう」
「うん」
「あと、相変わらず」
「?」
隼人に対してしてくれることも全て含めて。
「……可愛いな」
そして敵わないな、と小さく口に出して。
「なのに……そこだけ寒そうなんだけど」
「ここは、待ってるから」
「……ん」
完全防備なのに、素肌を見せている手をそっと取って。
「じゃあ、行こうか?」
「うん」
促して、駅の方へと歩き始める。
「えへへ……」
「ん?」
「いろいろ着てきたけど、はやくんの手がいちばんあったかいね」
「!」
「ね?」
「じゃあ、はやくんの頼まれもの、に向かいつつ」
「まずは桃香の行ってみたい喫茶店でお昼、だな」
電車の座席に詰めて座って、もう一度今日の予定(前半戦)を確認し合う。
「さすがに電車の中は暑いな……」
少々長めに乗ることになるので。
先程桃香に貰ったマフラーを丁寧に畳んだ後、先日桃香に見てもらったコートの前を空けると、これまた桃香に決めてもらったワインレッドのセーターが出てくる。
「どうした?」
「はやくん、その色も似合ってるよ」
「……ありがとう」
「ううん」
満足そうな顔で首を横に振った桃香は、変わらず厚着のまま。
「……暑くないか?」
「え? ちょうどいいよ?」
「そうか」
「もうちょっとしたら、マフラーは取るかも」
「ん」
そんなことを言っているうちに、電車は減速を始め次の駅のアナウンスが入る。
「あ、そうだ」
「ん?」
「いとこさんたちから、注文は来た?」
「ああ」
ジーンズのポケットから端末を出しグループを開いて、望愛や詩乃以外の従姉妹たちからも寄せられた指定部分をまとめたメモを開く。
女性中心に人気のキャラクターということもあって「折角なら欲しい!」という注文が多かった。
「クリアファイル五枚にポストカードセット三つとぬいぐるみが各種で七体……」
「それだけ行くと、三千円以上お買い上げの限定アクリルスタンドも二種類とも貰えそうだね」
「……詩乃には絶対貰ってきてくれと言われてる」
「チェック済みなんだ」
「そういうとこ、昔からちゃっかりしてるんだよ」
と、そこで桃香の発言に気付く。
桃香は桃香でそこの辺りはきちんと把握済みなんだな、と。
「桃香も、割と好きなんだよな?」
「うん」
「……間違えると本気で残念がられそうだから一緒に見てもらっていいか?」
「もちろん」
快諾してくれた桃香が、更に表情を崩す。
「どうした?」
「えっとね」
少し不思議に思って尋ねると。
「はやくんが、真剣な顔してグッズとかちいさなぬいぐるみいくつも抱えてるの想像したら……かわいいな、って」
「可笑しいかもしれないけど、それは違うだろ」
「ううん、かわいいもん」
表情は柔らかいもののそこは頑として譲ってくれない。
それに対して微妙な表情をしていると、くすくす笑いながらこんな提案をしてくる。
「はやくんもお部屋に置いてみない?」
「置きません」
「はやくんのお部屋に遊びに行ったとき、楽しそうなんだけど」
「む……」
「あ、少しは考えてくれた?」
そこでぱっと顔を明るくされると、天秤がさらに傾く。
「検討は、しておく」
「えへ、よろしく」
「限定、といえばだけど」
「うん」
「こっちも楽しみなんだよね」
目的の喫茶店の表に置かれているボードのメニューを指差して桃香が笑う。
「気持ち遠目だから」
「ん」
「はやくんのおつかいに、感謝だね」
ベルの音を鳴らしながらドアを引いて桃香に入ってもらう。
幸い、正午は過ぎてない時間帯、まだ席は空いていて直ぐに案内される。
「写真で見てたよりもさらにいい感じ」
レトロで落ち着いた店内と、それをチョイスしたことに満足そうな桃香に頷きながら、通された席でまずはお互いにコートに手を掛ける。
「ちょっと寒かったね……はやくんは、大丈夫だった?」
「あのくらい平気だよ」
「でも、ずっと風上側にいてくれたよね」
「……ん」
「ありがとう」
大したことじゃないよ、と呟きながら壁側にコートとマフラーを掛けながら淡い照明に照らされる桃香を見ていると……。
見覚えのある薄いクリーム色に黒いリボンが飾られたセーターが現れる。
「はやくんに選んでもらったの、だよ」
「うん」
視線に気付いて嬉しそうに囁いて来る桃香に頷いた後、周囲を一度見てこちらに向かっている店員がまだ遠いのを確認してから囁き返す。
「とても可愛いと思うし……その恰好でデートして貰えて嬉しい」
「えへ」
席に座ってから、お冷のグラス二つとメニューを置いて行かれた後で……桃香が身を乗り出して。
「わたしもはやくんとふたりのお出かけ、うれしいよ」
手のひらの陰で伝えられたメッセージの後、どちらともなく笑い合ってから。
「何、頼もうか」
「えーっとね」
メニューは二冊置いて貰ったけれど、横向きに一冊だけを開いて覗き込んだ。
「それで、はやくん」
「ああ」
昼食のパスタと飲み物を決めた後、桃香がメニューの下からラミネートされたチラシを抜き取って上に重ねる。
「あとは、このクリスマスシーズン限定メニューのパンケーキ、どうしよっか?」
「ん……?」
それで桃香の昼食は曖昧な言い方をしていたのか……と内心で納得しながら、それを見ると。
「あ」
「……えへへ」
フルーツやクリームに飾られたパンケーキの写真に負けないくらいに派手な色使いの字で書かれた「カップル専用」の表記が目に入る。
「はやくん」
「うん」
「わたし、ちゃんとホームページ見せたよ?」
「ああ、それは……内装とか桃香の好きそうだな、ってその時は思ったけど」
確かに、その記憶はあったけれど。
「メニューは、あんまり見てなかったんだよな」
人気のお店なら、何かしら自分の好きなものがあるだろうから気にしてはいなかった。
「まあ、わたしも……」
「ん?」
「はやくんのびっくりしてるところとか、楽しそうだし見てみたかったから言わなかったけど」
「おい」
ちらりと舌を見せた桃香に一応の抗議はするが、こちらの確認と言うか脇が甘いと言えばそれまでだった。
「はやくんは……いや、かな?」
普段の姿でも勿論だけれど。
ちょっとお洒落したその恰好で、その少し寂しそうな表情でその問いかけはズルいだろ……と思いながら。
「その前、に」
「うん」
「俺たちは頼んでいいのかな?」
文面的に、そこが気になった。
「その……桃香とはすごく仲が良いつもりではあるけれど、一応、正式にはまだではある、し」
今日も悠と彩に進呈されたワックスで整えた前髪を弄りながら、桃香からは少し視線を逸らして。
「でも、わたしたち、そう見てもらうことはできると思うよ?」
「それは、な……」
花梨や美春たちのからかいとお小言が幻聴で聞こえた気がした。
「ね?」
駄目を押すかのように、また身を乗り出した桃香に頬を指先で触れられる。
そんなことをされたら、それこそ、そう見えてしまうだろう……と思うのは隼人だけだろうか?
「でも、はやくんまじめだから」
「……ん」
「はやくんに決めてもらっちゃおうかな?」
楽しそうに決定権を寄越されたけれど、それも当然だと思う。
まだそうなっていないのは、自分が色々拗らせているだけという自覚はある。
「どうしよっか?」
「……前借り、かな」
「え?」
「絶対に将来そうなるので……今はそういうことに、させて貰おうかな」
「絶対、なんだ」
「……そうだけど」
「そうなんだ」
時折見せてくれるくすぐったくなる笑顔に、もう一度そうだよ、と告げる。
少し早くなってしまった鼓動のまま、呼び出しのベルを鳴らして……自分の注文を述べた後、極めて冷静を装って。
「あと、この限定のパンケーキもお願いします」
「お願いします」
そんな風に、オーダーした。
「はやくんはやくん」
「ん?」
「たのしみ、だね」
元々ガッタガタだった箍が更に緩んで行っている感じが出てれば良いのですが。