124.冬の四角
「よいしょ、っと」
自分の部屋へと続いている階段を、少し大きな段ボール箱を抱えて登る。
父が「手伝うか?」と申し出てくれたものの古めの日本家屋の狭い階段、そこまで重くはないし却って危ないかと一人で持っていた。
小さく息を吐きつつ部屋の中央にそれを下ろして、その隣に母が準備してくれていた風呂敷包みを確認する。
後は組み立てるだけか、と手首を回したところで。
「お?」
窓の外から、ネコの鳴き声……ではなく鳴き真似の声、が聞こえた。
早速嗅ぎつけたか? なんて今から開こうとしている梱包の中身と猫との相性の良さから小さく笑って、一旦は窓の方に足を向けた。
「はやくん、おはよ」
「ああ、おはよう」
小春日和の陽光にも負けない笑顔が朝の挨拶をくれる。
「今、何してたの?」
「ああ、最近さすがに寒くなって来たんで」
「うんうん、そうだよね」
「炬燵、出していたんだ」
「!!」
もし、桃香が猫だったら耳と尻尾が立っていたんだろうな、くらいに興味を引かれた仕草を見せる。
「ね、はやくん」
「ん」
「出すのお手伝いしたら、わたしも入っていい?」
そもそも嫌というはずもつもりも無かったけれど、手が増えるというのならそれに越したことはない。
ついさっき、父には手伝いはいいと言ったのはそこの箪笥の上にでも上げておく。
「いいよ」
「じゃ、今から行くね」
グッと握り拳を見せた桃香が、桃香にしては素早く窓を閉めて踵を返すのを、大分甘みのある苦笑いで眺めていた。
「大体この辺りかな」
「そうだな」
焦げ茶色の羽毛布団を二人で広げて組み立てた……とは言っても足を取り付けただけの台の上に掛ける。
「じゃあ、仕上げに」
「あ、持つよ」
「大丈夫」
軽めの天板を乗っけて小ぶりのサイズの電気炬燵の設置が終了する。
「よし」
「やったね」
短時間の軽作業だけれど桃香が嬉しそうに手を出してくるので軽く音が出る程度にタッチをする。
「えへへ……入れちゃっていい?」
「ああ」
「最初は中くらい?」
「だな」
立ち位置もあってコンセントに近かった桃香がプラグを差し込んでコードの中央にあるスイッチを真ん中にセットする。
「えっと、あとね」
「ん?」
桃香が持ち込んでいた風呂敷包みを仰々しく差し出した。
「こちら、完成祝いと入場料替わりにお納め下さい」
「これはこれは、ご丁寧に……」
形状と桃香の家の家業から何かはすぐに察せられて、隼人もそれに乗っかかって恭しく受け取る。
「おこたには、必要だよね」
「そうだな」
包みを解いて、籠に盛られた蜜柑を真ん中に設置した。
「あ、あったかくなってきてる」
「だな」
じゃあ入ろっか、と桃香に誘われてそのまま向かい合わせに座る。
自分の部屋で使うため一人暮らし用サイズを買っていたため普段使っているテーブルよりも表情も言葉も近い。
「じゃ、折角だから頂くよ」
「うん、わたしも食べていい?」
「勿論」
お互いに籠から蜜柑を取って、皮を剥き始める。
「おいしいといいなぁ」
「おじさんの選んだのなら間違いないだろ」
「うん」
そんなことを言っているうちに中身を取り出して。
「あ、筋は栄養あるからできるだけ食べたほうがいいよ?」
「でも大きいのは取らないと食べにくいだろ」
「まあそうなんだけどね」
柑橘の匂いがほのかに漂う中、それぞれ一粒最初に口にする。
「あ、うま……」
まさしく蜜柑に求める味、が口の中に広がって程良い満足感を得た隼人に対して。
「う~っ」
桃香の方は顔をぎゅっと窄めたような表情になっていて……。
「大丈夫、か?」
「ちゃんとおいしいんだけど……酸味もすごいの引いちゃった」
「みたいだな」
その顔つきに思わず吹き出してしまったことに桃香の視線は抗議してきていて、それにゴメンと謝りつつ。
「交換するか?」
「ううん、だいじょうぶだよ……でも」
「うん」
「最後にお口直しに一粒分けてくれるとうれしい、かな」
「ん……」
頷きつつも手を伸ばして、さっき取り出した後に分けた一個の半分を桃香の蜜柑の皮の上に乗せる。
「はやくん?」
「半分にしよう」
「いいの?」
「ああ」
「えへ、ありがと」
果実が甘いよりこっちの方がずっといいな、と思いながら。
桃香の方から持ってきた酸いと噂の方を三粒ほど一気に口に放り込む。
「んっ!」
正直、子供舌なところもある桃香だから、とそこまででも無かろうと油断していたことは否めず……想定より強い酸味に思わず声が出る。
確かにその後じんわりと甘みも来るのだが、なかなかのインパクトだった。
「だから言ったのに」
「……そうだな」
心配そうなのと申し訳なさそうなのの中にも呆れたようなニュアンスを含んだ桃香に済まなかった、と手を合わせる。
「思った以上に、酸っぱかった」
「でしょ?」
桃香が何故か堂々と胸を張った後。
「ははは……」
「えへ」
二人同時に噴き出して……一先ず協力して強敵の方の蜜柑の討伐に挑むのだった。
「あー……」
「ん?」
「おこた、最高だね……」
蜜柑を食べ終えてのんびりとくつろぎながら、桃香がしみじみと口にする。
「桃香の部屋にだって置けるだろ?」
「そうだけど」
それじゃあこっちに来る理由が少し減るとでも言いたげな桃香だけれど、でもこの程度では何も変わらないだろうとフォローする。
「勿論、幾らでも入りに来てくれていいけど……その、置ける置けないという意味で」
桃香の部屋は少なく見積もっても五割増し近くの床面積があり、ベッド等で専有面積が多いと言ってもこのくらいは行けるはず、だった。
そんな質問に、桃香が少し黙ってから口を開く。
「お母さんとお父さんがね」
「ん」
「それだとお前出てこなくなるだろう、って」
口を尖らせ気味の桃香に、再び軽く噴き出す。
「確かに、桃香は寒がりだからな」
「あ、ひどい」
笑いながらも憤った桃香がもぞもぞと身体を動かして、炬燵布団の下で伸ばした足で爪先を当ててくる。
「さっきは炬燵と聞いて飛んできたじゃないか」
「だって」
また桃香が身動ぎして。
今度は上半身を倒すようにして手を伸ばして来た。
「好きなお部屋にいいものあるって聞いたら気になるでしょ?」
「……まあ、そうかもな」
隼人の手が捕まえられて、全く抵抗せずに指を全部絡められる。
そのまま転寝するように瞼を閉じた桃香が小さく呟く。
「居心地、いいなぁ……」
「それは良かった」
「……住んじゃいたい、くらい」
「……炬燵、にか?」
一応聞き返すが、薄く開いた桃香の目がそうだけれどそうじゃない、と告げていた。
隼人の方も、元々あった願望が先日の出来事で具体性を帯びていて……以前にも増してこうして居たいと思うようになっている。
「取り敢えずは」
「うん」
「ずっと桃香にとって心地良い処であれるように頑張るよ」
「えへへ……ありがとね、うれしい」