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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
二学期/やっぱりこの二人近くない?
140/225

123.月曜日は憂鬱?

「はやくん、起きてる?」

「!」

 秋も終わりの、冷たい朝の空気を感じつつも布団の中で安穏としていた所に声がかかる。

「起きてるよ」

 応えながら時計を確認すれば桃香にまだ眠っていたら起こすように頼まれていた時刻の五分前。

「えへへ、おはよ」

「うん、おはよう」

 襖を開ければ荷物をまとめた桃香がほんの少しだけ眠気を追い払いきれていない表情で立っていた。

「今から家に戻って、支度してくるね」

「ああ」

 わかってはいたことだけれど、それを非常に惜しく感じている自分が居た。

 今までで間違いなく一番、月曜日を恨めしく思っている。

「そしたら、すぐに戻って……朝はお願いしちゃったけど、お弁当はわたしも準備手伝うから」

「ん……」

 何と言うか、昨日までの状況以上に「嫁に貰う」というイメージのシチュエーション過ぎて体の内側からむず痒くなる。

 そういうことを考えてくれてはいそうなのに、それを嬉しそうに口にしている桃香はやはり大物だな、と感心してしまう。

「こっちも、着替えたらかぐやの散歩してくる」

「うん、気をつけてね」

 小さく手を振ってから、軽い足音をさせつつ階段を下りて行く桃香の姿を後ろ髪惹かれる思いで見送る。

「……えへ」

 それに気付いたのか、一番下でもう一度振り返って手を振ってくれる桃香が嬉しくて……でも照れくさくて。

「顔、洗お」

 ぺちんと音を立てて額を叩く隼人だった。




「じゃあ、それね」

「うん、ありがとう」

 桃香も含めて四人での朝食後、登校の支度を整えて自宅の台所で母から受け取った二人分の弁当箱の包みを持つことになって若干不思議な感じがする。

 いつもなら、桃香が弁当を作ってくれるようになった直後に二人で決めたことに従い桃香の家の前から二人分を隼人が持っていくことになっている。

「ちゃんと桃香ちゃんにお礼言ってる? いつものことも、昨日とかのことも」

「勿論だよ」

 母のいつもの調子にも、まあこんな小生意気な息子より料理も手伝う素直な女の子の方が普通に可愛いか、何て思う。

 あと、桃香を家に泊めると伝えた時も物凄い葛藤の後で電話の向こうで頷いてたよな、とかも思い出す。

「そうそう、望愛ちゃんに連絡したいからって昨日言われたけれど、何だったの?」

「ああ、正月に帰省するときにこっちでしか売ってない限定グッズ買ってきて欲しいって」

「そういうことだったのね」

 頷いた後、母が何かを確認するような顔をするので。

「別に、向こうの皆のことが嫌いなわけじゃないし、お世話になった自覚だってあるよ」

「……そう」

 夏のお盆を巡ってのちょっとした親子喧嘩の苦い記憶にはお互い深入りは避ける。

「お義姉さんに今度は三人でお邪魔しますと連絡しておかないと」

「……よろしく」

 小さく言った後、今度は父にも聞こえるように「いってきます」と口にしてから通学靴を引っかけて外に出る。




「はやくん、おまたせ」

「いや全然」

 程なくして今日は施錠もしっかり行いつつ出て来た桃香の姿に、少しだけ目を見張る。

 それに気付いたのか桃香がちょっと照れたように口を開く。

「結構、寒くなって来たもんね」

「特に桃香だしな」

「えへ」

 寒がりの桃香はいつもの制服姿に加えて、白地に紺と赤のチェック柄が鮮やかなマフラーを巻いていた。

「あったかいんだよ?」

「確かにそう見える」

 行こっか、という桃香に頷いて並んで歩き始めつつも。

 防寒以外にも、見た目のアクセントとしてとても見栄え良く、あと顔が埋もれ気味な様子が小動物っぽさもあって……いつも以上に隣を盗み見してしまう。

「はやくんも、してみる?」

「……一本しかないだろ?」

「ちょっと長めなの選んだから」

「にしても」

 前に進みながらも桃香の方に身体を寄せる、きちんと隣に並ぶと桃香の頭頂部と隼人の肩はほぼ同じ高さなのを再確認することになる、お互いに。

 それをした場合、恐らく桃香の首が吊り上げられる形になり。

「多分、桃香が危ないだろ」

「うん」

「あと、今は一応登校中」

「……うん」

 若干不満そうに頷きながらも、桃香も整理を付けた様子で。

「離れたくなくなっちゃうと、困るもんね」

「ああ」

「今でも昨日ほど仲良しにできなくてさみしいのに」

 そんな桃香の、少し冷えた指先をいつも手を繋ぐタイミングには少し早いが捕まえる。

「はやくん?」

「多少はこれで紛れるか?」

「うん、ありがと」

 握り返してきた桃香の手に応えながら。

「一応」

「?」

「俺の方も少し物足りない、って思ってる」

「!」

 一瞬動きを止めた桃香と歩くペースがずれて、お互いに五歩くらいかかって修正する。

 また丁度隣に並んだ桃香が頬の緩んだ表情で見上げてくる。

「そうなんだ」

「……そうだよ」

「はやくんもそんなこと思ってくれるんだ」

「さすがに桃香に……その、温かくなることをしてもらうとそうなる」

「えへへ……」

 桃香が二度、手を強めに握ってから聞いて来る。

「ちゃんと、できてた?」

「ああ……何というか、おじさんには悪いけれど」

「うん」

「本当に良い週末だったな」




「あら、暖かそうね」

「うん」

 教室に入るとノートから顔を上げた花梨が「おはよう」の後、桃香の姿にそんな感想を述べていた。

「週末辺りから一段と冷えるようになったし」

「ねー」

「そうね」

 そんな話をしながらも、何となくマフラーを仕舞う桃香の仕草を見ている、と。

「でも、桃香と吉野君は」

「熱々甘々だったんでしょー?」

 桃香の机のところに、待ってましたとばかりに美春と絵里奈が生えてきて隼人と桃香を見比べる。

「まあ、確かに」

「おおっ?」

「桃香の作ってくれたご飯は温かくて美味しかったけど」

「えへへ……」

 あくまで一般回答のつもりで答えたが。

「あら、ご馳走様」

 花梨にはそんな風に言われ、美春と絵里奈には口笛を吹かれる。

「あれ? そこまでおかしな事では……ないよね?」

「私は家族以外の男性に料理を振舞う機会なんて授業以外で持ったことないけど?」

「私も無いなー」

「……美春の場合は人に食べさせちゃダメっしょ」

「何か言った?」

 そんなこんなしている中。

「で、桃香」

「何?」

「この前買ったのって……」

 琴美に囁かれた桃香が顔を林檎にしながら首を横に振っているのを美春たちの向こうに見てしまう……あと、生半可に耳が良いのも後悔する。

 そう言えば先日冬服を桃香と見た翌週、大いに盛り上がりながら買い物に行くとか相談してたっけ、とも思い出しつつ……諸々を深堀は絶対にすまいと心に決める。

「隼人」

「のわっ!」

 そんな折、後ろから両肩を叩かれて思わず派手に声が出る。

 振り返ればほぼ変わらない高さに友也が笑っていて、手招きされて桃香たちの輪から少し離される。

「相変わらず仲がよろしいようで幸いなんですが……少々小耳に挟んだことがあってね?」

「……何を?」

「先輩から教えてもらったんだけど」

「先輩?」

「杉田円先輩、だよ」

「あ」

 来店後、楽しそうに去って行かれた短めのポニーの後姿が蘇る。

「何だか、聞いていたのと違う状況だったみたいけど?」

「うっ」

 そう。本来なら少なくとも桃香の父は居た筈だった、が。

「……こっちだって想定外だったって」

「ちなみに、他に知ってる人は?」

「居ない、筈」

 流石に脇がちょっと甘いところがある桃香でもそんなことを、週末二人きりで夜を過ごしたことを漏らすことはない筈……と思いたかった。

「じゃあ、余計なことは言わない方がいいかな?」

「是非そうお願いしたく……」

 そんなことを皆に知られた日には……後ろめたいことは何一つないけれど、そもあの状況が大問題ではあったのはわかっている。

 幾ら互いに気を許し合っているとはいえ……いや、そうだからこそ? 拙いと言えば拙い状況ではあったと思う。

「よし、隼人に貸しが出来た」

「はは……」

 まあ、蓮あたりならともかく友也なら妙なことにはならないか……と思いつつも。

 「えー、なんで」「チャンスだったじゃん」「アレならいくらにぶちんの吉野君でもイチコロだって」等々、いつもの三人が小さな声で桃香に詰め寄っているのも僅かに聞こえて気が気ではない。

 一体、何を唆していたことやら。

「で」

「?」

「……本当に何も無かったのかい?」

 此方も声を潜めての友也の問いかけに、向こうの桃香とシンクロしつつ思い切り首を横に振ることになるのだった。





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