13.3+5-6
「あ、はやくん」
家を出た瞬間、声を掛けられる。
隣の家の玄関先を見れば全く同じタイミングで桃香も家を出るところだった。
「そっちも伊織さんたちと約束だっけ」
「うん、そうだよ」
まあ昼食後に集合なら標準的にこんな時間だったりするのかな、と思いながら目的地に向かって歩き出す。
「あれ?」
「ん?」
普段の登校とは逆方向で、でも隣に並ぶことになる。
「どこで遊ぶ予定?」
「遊ぶというか……親睦を深める、って言われたけど」
「……結城君とだから河川敷でも行くのかな?」
「いや、それは、流石に」
幾ら彼が不良っぽいとはいえそれはない、と思いたかった。
「もしくは、柳倉君とだから陸上競技場でどちらかが力尽きるまで走り続ける、とか?」
「恐ろしいこと言わないでほしい……何メートル走ることになるやら」
さすがに冗談だよ、と言う桃香に友也から指定された駅名を告げる。
「わたしたちといっしょだね」
少し驚いたように言った後、まあでも、と続ける。
「このあたりじゃ一番お店とか遊べるところとか多いからそうなるのかも」
「成程」
「川からは遠いけど、スポーツ店はすっごい大きいとこあるよ」
「桃香?」
「はやくんと結城君にしっかり合うシューズ準備してもらってから完全決着、とかかな」
「いや、だから」
確かに友也は二言目には陸上部に誘ってくるが。
「流石に彼もそこまで陸上ばっかりじゃないと思う」
「だから、冗談だよ……あ、せっかくだから途中まで案内するね」
何故だかテンション高めな桃香に、その理由が二人でこうして歩いていることならいいかな、とふと思う。
ともあれ、近所の商店街で青果店の看板娘がそんな風に機嫌よく歩いていると。
「おや、桃香ちゃんたち、デートかい?」
そんな声がリカーショップの方から飛んできたりもする。
学校の友達みんなとお出かけです、と笑って答えた後。
「~♪」
桃香はもう少し、上機嫌な足取りになった。
「桃香たちは」
「うん?」
混雑する時間帯からは少し外れた電車はちらほらと空席があり、二人は並んで座ることが出来た。
「普段遊びに行くってどんな感じ?」
「うーん、ふつうに気になる甘いものの新作を食べに行ったりとか、雑貨とか服とか見たりとか」
あとは。
「お出かけとはちがうけど、テストが近くなったら勉強会とかするかな、大体わたしの家でだけど」
元々二つだったという部屋を改装の際に繋げた桃香の自室は高校生の七、八人は収容できる規模だった。
「あー……」
「はやくん?」
「いや、その時はうっかり顔を出さないようにしないと」
もうとっくに諦めざるを得ない状況にはなっていたけれど、隼人は平穏を望むタイプだった。
「まあ、いろいろ言われちゃう……かな」
「絶対言われる、だと思う」
そんな会話をしていたら三駅分の距離などあっという間だった。
「えーっと、はやくんたちの待ち合わせ場所ってどこだっけ?」
改札を抜け、北口南口と誘導の矢印が分岐するポイントで桃香が確認してくる。
「南口にご当地キャラの像があるらしいんだけど、そこに一時」
友也からのメッセージで指示されたままを言うと、桃香が珍しく微妙な顔をする。
「何かまずかったりする?」
「もうそこに見えてるんだけど、わたしたちもよく集合場所にするんだよね」
桃香の言うとおり、右に曲がって駅の構内を抜ければそれらしきものが目の前にあった。
いくつかあるベンチには待ち合わせ中と思しき人も何人かいる。
「ああ、じゃあ鉢合わせするかもしれないのか」
「ううん、そうじゃなくて」
別の可能性思いついちゃったな、と言いながらスマートフォンを取り出した桃香が高速でフリック入力を始める。
時刻は一時の十分前。
待ち合わせに間に合わせるにはちょうどいい時間だった。けれど六人の候補者はまだ誰も姿が見えなかった。
「誰も来ない……」
「し、既読にもならないね」
桃香が応じて一呼吸間があった後、時刻を知らせるチャイムとメロディが何か所からか駅前に届く。
と、同時に。
「わ」
桃香の手の中と、隼人のポケットの中で通知の振動が入る。
桃香は四回、隼人のは二回。
『言い訳はしないけど、親睦会はまた今度でよろしく、本当にゴメン』
『ま、男見せてこい』
以上が隼人への連絡内容。
「えーっと、桃香?」
「わたしも大体いっしょだと思う」
みんな偶然突然予定が入ったみたい……と呟いた後、溜息をもらす。
「あーあ」
「予定、残念だった?」
「ううん、そうじゃなくって」
ミルクティー色の髪を指で少し巻くように遊びながら。
「わかってたら、もうちょっとかわいい格好選んだのに、な」
まだ上積みできる余地があるのか、と若干外れた感心をする隼人に、桃香がつま先を合わせて向き直る。
「どうしよっか? はやくん」
「ん……」
「予定なくなっちゃったから、もう帰っちゃう?」
拗ねたような、と困ったような、と。
もう一つの声と気持ちが見える表情だった。
「その……慣れてないのであまり桃香を楽しくできないかもしれないけど」
前置きは挟んでしまったけれど、口にする。
「ちょっと、遊んで行かないか?」
「わたしとで、いいの?」
「勿論」
「うん」
嬉しさが他のすべてを吹き飛ばして、桃香の笑顔が溢れていた。
「じゃあ、これから、だけど」
「うん」
「買い物は、この前行ったばっかりだし」
「そう、だね」
特に高校生の財布には重い内容だったのは隼人でもわかっていた。
「どこか喫茶店って言っても」
「お昼食べたばっかりだね」
「ゲームセンターとかは、ちょっと不得手だし」
「わたしも音がすごいからちょっと苦手、かな」
いきなりだとなかなか選択肢が難しい。
そもそも初心者中の初心者なので。
「ああ、そうだ」
「?」
「映画、とかはどう?」
広告ポスターが目に入ったので出した提案は思いの外良い反応があった。
「あ、ちょっと気になる映画あるんだった」
「じゃあ、それでいいか?」
「うん!」
すんなり決まり一瞬だけほっとして。
それから。
「えっと……映画館ってどっちにあるっけ?」
「あ」
可能であれば桃香を先導するくらいはしたかったが。
「駅の反対側だよ」
「そっか」
ほぼほぼ初見の場所では仕方ないか、と桃香に連れていかれる形になる。
「じゃ、行こ?」
それはそれで、こっちこっちとニコニコしている桃香が楽しそうなので良いのか、と思うことにした。
「うーん……」
再度駅の構内を抜けて特に何事もなく映画館に到着するが、その直前辺りから桃香が微妙に唸り始めた。
「何か、まずいことあった?」
「ううん、大したことじゃないけど……大事かもしれないかな」
「どっち?」
「うん、そこなの」
外壁に沿って並んでいる上映中作品のポスター群の中で。
「どっちにしようかな、って」
「観たいのがあるって言ってなかった?」
「それは、まあ、そうなんだけどね」
人差し指同士を突き合わせながら、躊躇いがちに口にする。
「最初に言ったのはこっち、なんだけど」
視線を追えばそれはもう派手な爆発を背負った俳優が疾走しているアクション映画のポスター。
「せっかくはやくんとはじめて観るなら……こういうのの方がいいのかな、って」
その隣のポスターは桜が舞う中で制服姿の二人が見つめ合う恋愛もの。
どちらもあまりテレビを見ない方の隼人でもコマーシャルを見た覚えがあるほどの話題作だった。
「その、あの、せっかく……だから」
もう一度小さく繰り返して隼人を視線で伺ってくる。
答えはとうに決めていたが、とりあえず思い出したことがあるのでそちらを先に指摘する。
「とりあえず、二人で最初に見た映画は何かのアニメ、だったと思うけど」
「あ」
そうだった、と一瞬納得しかけた桃香が抗議してくる。
「そうだけど、そうじゃないでしょ」
「ごめんごめん」
謝ってから、今度こそ桃香の先に立って歩き始める。
「はやくん?」
「桃香が観て楽しい方がいいと思うから」
「そ、そう?」
消極的な理由として隼人もそちらの方が入りやすい、というのも僅かにはあったが。
「割と好きなのか? こういうの」
「ドカーンって行くとスッキリするよね」
券売機に並びながら小さくパンチを繰り出すモーションで笑っているのを見るとこちらで正解だったと追認できる。
そこから戻ってきた桃香と、隼人の手の甲同士が広くはないレーンともう一つの理由のために軽く接触する。
「あ、ごめんね」
「こっちこそ」
若干場所が悪かった、と呟いて。
少し会話が途切れて二人の間を喧騒が支配した。
「あと、せっかく映画館のスピーカーで聴くならこっちの方が迫力あってでいいのかも」
「ああ、そういう考えもあるか」
その後、会話を再起動させればそれなりに混み合っているものの、回転率も悪くなくほどなく空きができて。
「うーん……お休みの日はペアの割引とかはないよね」
ディスプレイのライトに残念そうな表情を照らされながら桃香が操作を進めていく。
「しっかりしてる」
「だって、せっかくなんだから使えるものは使っておかないと」
「それは確かにその通り」
少し後ろの席でも大丈夫? と聞かれて問題ないと返して確定させる。
「はやくん、二枚出てきたよ」
「それは……出なかったら問題がある」
「うん、そうなんだけどね」
発券口から出てきたチケットを両方持って、隼人に見せてくる。
「お二人さま分、だね」
「あ、あとね、ポップコーン買お?」
「勿論いいけど」
「やっぱり、映画館でポップコーンは作法だよね」
コーンより余程笑顔を弾けさせて。
今度はフードコーナーに並んで並ぶ。
「あ、キャラメルがいいな……あまくても平気?」
「飲み物まで甘くなければ大丈夫」
キャラメルコーンとジンジャーエール、レモンティーが並んだトレイを。
「じゃ、行こうか」
隼人が持ち上げれば。
「ありがと」
そして両手がほぼ塞がった隼人の代わりに二枚重ねて持って、入場ゲートの係のお姉さんに手渡して。
「えへ……」
半券になった二枚を見て、また笑うのだった。




