122.年末に向けて
「ええと、桃香」
今は二人での時間だったから、桃香に両手を合わせて謝る。
「後にすると面倒なのと……あと、ええと」
説明はきちんとすべきか、と頭を掻く。
「望愛も詩乃も俺の従妹なんだけど、三番目の伯父さんの所と一番上の伯母さんの所で住んでるところ違うから……多分、今揃って連絡したいことがあると思うので」
「うん、わかったよ」
「ごめん」
ちょっと見たことのない雰囲気の表情で、それでも頷いてくれた桃香にもう一度片手で謝りつつ折り返しの操作をする。
『はやと、おそーい!』
兎に角元気なのは知っているので普段の倍の距離で耳に当てていたが、それでも足りずもう八割余計に離す。
「ごめんごめん、少し取り込んでいた」
『あ、もしかしてデート中とかだったー? お邪魔してゴメンねー』
「んっ!?」
軽く咽るが、何事も無かった風を意識して返す。
「いや、別に出かけてはいないけれど……」
『ホントにー?』
「……」
「……」
電話の向こうの明るい声は割とどちらでも良さそうだったが、横にいる桃香は隼人の袖を引っ張りつつ口パクで「おうちでデート」と主張してくる。
それは特に否定しないけれど、向こうに伝える必要もつもりも全く無いので。
「それより、どうしたんだ? この電話」
『誕生日プレゼントで遂にスマホデビューだよっ』
「あ、そうだったな……おめでとう」
『うん、ありがとっ、ちゃんと登録しといてよね?』
「はいはい」
『あ、ちなみにはやとの番号はおばちゃんに聞いた』
「まあそうだろうね」
相変わらず天井知らずに元気で、向こうにいた頃は大変だったがこうして久しぶりに声を聞く分には何より、なんて思っていると。
『のあ、のあ』
『あー、ゴメンゴメン……はやと、詩乃に代わるよ』
「はいはい」
『お兄ちゃん? 詩乃だよ』
「ん、詩乃も久しぶり、元気にしてたか?」
『うん、してたよ』
テンションは低いが素直な声に、確かにそうみたいで安堵する。
此方に居るのが大事なだけで向こうの従妹たちは決して嫌いではないので。
『それでね、お兄ちゃんにお願いがあるんだけど』
「うん、どうした?」
『今度のお正月なんだけど』
『あ、そうだった、はやとー』
「おわっ」
詩乃の声を聞き取るために通常に戻していたスピーカーを再び遠ざける。
『何でお盆、帰って来なかったし』
『そうだよー、どうして?』
「いや、そうは言われてもこっちも色々あるから」
『もしかして』
『彼女さん?』
「……ではなくて、友達とバイトしてた」
『『本当に?』』
「本当」
『嘘吐いたらウチのおとんの超苦い山菜漬けの刑だかんね?』
『駄目だよ、のあ、お兄ちゃんそういうの全然効かない枯れた若者なんだから』
酷い言われようだ、と思いつつ脱線しつつある会話の途中で桃香を盗み見れば微笑ましそうに見られている。
大体いつもこういう感じ、というのが伝わったらしい。
「えっと、それで、お盆は……まあ、悪かった」
『その声はあんまり悪く思ってなさそ』
『大きなおばあちゃんも寂しそうだったよ』
「っ……」
大好きな曾祖母の事を出されると言葉に詰まってしまう。
「ええと」
桃香の方に向き直ってから。
「お正月は、帰省します」
『うん、よろしい』
『待ってるよー』
受話器の向こうの声もだが、桃香がそっと頷いてくれるのを確認して安堵する。
『それで、お兄ちゃん』
「ああ、どうした?」
『お使いを、お願いしたいんだけど』
「欲しいものでもあるのか?」
『うん、実は……お兄ちゃんは知ってるかな?』
詩乃が口に出したキャラクターの名前を反芻すると、桃香が検索画面を見せてくれる。
CMで見たこともあるデフォルメされた動物を中心にしたキャラものだった。
「一応、知ってるけど」
『そっちにキャラショップがあってね、直接店舗で買わないと手に入らない限定衣装のチャームとかぬいぐるみがあるの』
「……わかった、どれかわかるように知らせてくれれば買って行くよ」
詩乃の家の居間にさえ溢れていたぬいぐるみを思い出しながら、そういうの大好きだったしな、と頷く。
『あ、待って』
「どうした?」
『帰省シーズンだととても入れないくらい混んでるみたいだけど』
「そこを避けてあらかじめ買っておくよ」
『いいの? お兄ちゃん』
「お盆に帰らなかったのを許して貰えるなら」
実際気にしていたので、少しでも減らしてもらえるならと行く気になっていた。
『『やったー!』』
「ん? 望愛も好きなのか?」
『わりとねー、てかお姉たちも好きだから後で聞いてからリスト送る』
「持って新幹線乗れる程度で頼むよ?」
総勢二桁に及ぶ女性陣を思い出しながら軽く眩暈がした。これは帰省の新幹線で荷台にトートバッグか紙袋を一つ追加か、と。
『流石に手乗りとかまでにしておくから』
「ん」
『お兄ちゃんが行ける時だとそれでも女の人で一杯だと思うけど、気をつけてね』
「そんなに」
『大人気だよー』
まあそれでも可愛くないこともない従妹のためなら、と思っていると再度大きい方の声が割り込んでくる。
『あ、そうだ』
ナイスアイディアが出たよ、とばかりに。
『はやとはやと』
「何だ?」
『それ口実にしていいからさ、気になる女の子と一緒に行って来たらー?』
「はっ!?」
『のあ、あのお兄ちゃんだよ?』
『それでも高校生だし、デートくらいしたいお年頃だって』
今年中学生になったくらいの二人に散々言われている、と額を押さえながらも。
「わかった、望愛は要らないんだな」
『ちょっと、それひどくない?』
「……半分冗談だ」
『半分本気じゃん!』
「まあ、流石にそんなことはしないから……どれが欲しいかは後で教えてくれ」
『はいはーい、ってか、むしろイトコグループに後で招待出すからそっちでね』
「わかった、それじゃあ冬休みに」
『うん』
『待ってるからねー』
悪い気分ではないけれど、まあそれでもちょっとは疲れるな、と思いつつ通話を切った。
電池残量が大丈夫かを確認した後テーブルに置く。
「はやくんはやくん」
それを待っていた、とばかりに桃香が隼人の袖を引いて来る。
もう片方の手は、桃香自身を指しながら。
「わたしで、いいかな?」
「……むしろ桃香以外の誰だという話だけれど」
「えへへ」
ぬいぐるみの買い物を口実にデートしたい気になる女の子、は。
「ちなみにショップはどのあたりか知ってるか?」
「電車で一時間かからないところにあるよ」
「そっか……じゃあ」
桃香の方に向き直って、軽く頭を下げる。
「ちょっと従妹に頼まれた買い物があるんだけど、付き添って欲しい」
「うん」
「あと、正月は一度ささっと帰ってくるので……待っていて下さい」
「はい、もちろん」
にっこり笑って頷いてくれた桃香が、まだ離していなかった隼人の袖を引いて来る。
「おにーちゃん」
「!?」
「わたしも、手乗りの小さいのでいいからぬいぐるみ、ほしいな?」
「別に桃香にならそこそこ大きいのでもプレゼントするけど……」
先ずそう答えてから、袖を抓まれてない方の手で桃香の頬を抓む。
「ほえ」
「普段は『わたしがお姉さん』とか言ってるのはどの口だ?」
「誕生日は同じだもん」
「……それでも六時間早いもん、はどうした?」
「半日以下だよね、えへ」
「コラ」
当てるだけ、の指を桃香の額に見舞う。
「さっきのはやくんお兄ちゃんが上手だったから、もしかしてこういうのが好みだったり……とか思って」
「桃香は桃香でいいんだって」
「えへ……うん」
にこりと笑ってから、少し何かを考えた桃香が耳打ちしてくる。
「一応、まだ中学校の時のセーラー服入るけど……」
「え?」
「はやくんのリクエストなら着てみるけど」
「え……」
「どう、する?」
「…………」
「あ、迷っちゃった?」
「お馬鹿」
今度はほんのちょっとだけ痛いように、と加減して桃香の額にデコピンした。
多分、「す」からはじまって「し」で終わるアレです。