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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
二学期/やっぱりこの二人近くない?
138/225

121.着信アリ

「おじさん」

「うん」

「元気そうで良かった」

「そう、だね」

 日曜日のためほぼ無人の総合病院のエントランスを抜けて外に出ながら、安堵八割苦笑い二割で桃香と顔を見合わせた。

「お父さん、元気過ぎ……」

「だな」

 昨日伝え聞いた通り大丈夫だから退院すると言い張って桃香にも窘められていた。

 まあ、お店のこともあるが大事な一人娘のことも心配なのだろうとも思う。

「……」

 そこは、桃香が大切なのは負けない自信があるので信頼していただくしかないんだけど……内心で肩を竦めたところで。

「でも、安心しちゃった」

 桃香の力の抜けた表情に頷いてから。

「じゃあ、帰ろっか」

「ん」

 二人で、最寄り駅の方に足を向ける。

「あ、そうだ」

「どうした?」

「ちょっとお買い物しながら帰ろうね?」

「要るものでも?」

「お昼、いちおう作れる材料はあるけど、買って来ればはやくんの好きなものに変更できるよ?」

 リクエストある? と小首を傾げられて。

 確か、ここで何でもいいは厳禁なんだよな? と僅かに緊張感が走る。

「あ、勿論わたしの作れるもので、だけど」

「無体なことは言わないって」

 応じながらも頭の中では何が良いだろうか、と考え続けている。

「?」

 そんなタイミングで、着信の知らせが胸ポケットで震えた。

「あ、ちょっといいか」

「うん」




「わかったよ……うん、それは伝えておく」

 普段以上にぶっきらぼうに、通話を切る。

 そんな隼人を微笑ましそうに見ながら桃香が目線で尋ねてくる。

「えっと、母さんからだったんだけど」

「うん、何って?」

「今仕事が終わって移動を始めたから……着くのは三時過ぎだって」

「そうなんだ」

「で、夕食は桃香の行きたいところに四人で行こう、って」

「!」

 想定外だったのか、少し驚いた顔になる。

「いいのかな?」

「当たり前だろ?」

 桃香も家の家族みたいなものなんだし……と言いかけて、その繊細な意味合いに口を閉じる。

「はやくん?」

「……遠慮せず、好きな物食べてくれな?」

「わ……」

 無邪気な喜色を浮かべた桃香に、思い付いたことを述べる。

「エビのドリアと季節のフルーツパフェ、だな」

「あ、わかっちゃった?」

「一応、な」

 近所の小さなレストランでの桃香の昔からの鉄板チョイス。

「はやくんは、ハンバーグとフライの盛り合わせにバニラジェラート」

「……まあ、多分そうなりそう」

「えへへ、だよね?」

 おじさん達お疲れだから、近くがいいよね? という桃香に頷き返してから。

 そこに、それと、と付け加える。

「あと、夜は……昨日みたいに家に泊まってくれ、な」

「あ、うん」

「……小母さんの帰りは明日、だもんな」

「えへへ……今夜も、お世話になります」

 小さくお辞儀した桃香と、どちらともなく手を繋ぐ。

「いっぱい、いっしょに居られるね」

「ん」

 直球真ん中の言葉に、少し目を逸らす。

「飽きないか?」

「ぜんぜん?」

「そうか」

「うん!」

 全然敵わないな、と思ったところで。

「それで、はやくん」

「ん?」

「お昼に食べたいものは、決まった?」

「そうだった」

 先に夜が内定してしまったが、電話がかかってくる前の話題に戻ってくる。

 朝が和風で夜は洋、昨夜魚を食べて朝は麵だったし……と迷うところに助け舟を出してくれる。

「中華にしちゃう?」

「ああ、それもいいな」

「まずは基本でチャーハン、とかどう? あと、春雨スープで」

 あ、食べたいな……と思ったのが顔に出たのか。

「決まりだね」

「うん、よろしく」

 上手い事着地できたか、と安心したところで桃香が人差し指を立てる。

「じゃ、今日は八百屋さんお休みだから駅前のスーパーにちょっと寄るね」

「了解」

「ちゃんと、レタス入りにするからね?」

「!」

「その方が好きでしょ?」

 全く持って、敵いそうになかった。




「終わったよー」

「ああ、お疲れ」

「うん」

 桃香の家のリビングで、ソファーの隣が僅かに沈む。

 自分の椅子の背もたれに畳んだエプロンをかけて戻って来た桃香に、ブランケットを六割五分ほど譲る。

「あったかい」

「少し予熱しておきました」

「えへ、ありがと」

 くすぐったくなる笑い声を漏らしてから、桃香が隼人側に位置を微調整して。

「あと、少し重くしちゃっても、いい?」

「どうぞ、あと」

「?」

「全く重くないから」

「……よかった」

 肩に桃香の頬が乗せられるのを感じながら、布地二枚越しでも本当に柔らかくて驚く。

「というか、俺今日……いや、昨日から全く何もしていないから」

「え? 荷物持ってくれたりとかしてるよ?」

「そのくらいじゃないか」

「あとは、わたしをさみしくなくしてくれたり、安心させてくれたり」

「ん……」

「はやくんだけ、なことだよ?」

 ブランケットの下で伸びてきた桃香の手に隼人の手が捕まって、少し遊ばれながら。

「それにね」

「うん」

「この週末はわたしが家事出来ること見てもらおう、って思ってたからこれでいいの」

「……そう、か」

「そうだよ」

 指を引っ張ったり手の甲を撫でたりしていた桃香の手に、そっと握られる。

「どうでしたか? はやくん」

「文句無し、でした」

「えへへ……やったね」

 もう片方の手をブランケットからわざわざ出して、ぐっと握る。

「チャーハンも、なんかすごいパラパラで」

「あれは、プロにコツを聞いてきたから」

「ああ、そういうことか」

「実は、そういうこと」

 若干強面な近所の中華料理店のご主人も含め、桃香はご近所に可愛がられているものな……と、それに比べれば愛想なんて千分の一なのを自覚しつつ隼人は思う。

「あ、それで、だけど」

「ん?」

「もちろん、そのうちはやくんといっしょにお料理、も素敵だな、って思ってるから」

「それは、勿論」

「はやくん力あって器用だから下拵えのときとかすっごく助かりそう」

「頑張らせていただきます」

「うん」

 ただ、と付け足すように呟く。

「機会は限られるかな……」

 両家の両親が不在なのは実際半年に一回の出来事だった。

「そう?」

「じゃないか?」

「まあ、今のところそうかもだけど」

 一呼吸置いてから、桃香に聞かれる。

「例えば……はやくんって」

「うん」

「高校卒業したら、進学だよね?」

「まあ……今のところは」

 家業を継ぐかどうかは若干特殊な業種なので置いてはいるが、少なくとも少しでも良い就職を考えてはいるからそういうつもりだった。

 一家族を支えていくくらいには。

「志望先って決めてる?」

「ぼんやりと、だけれどな」

「わたしも……なんだけど」

 二人きりのリビングで、でも桃香が秘密を相談する声量になる。

「ちょっとこっちから通うにはきびしいかな、くらいのところにしちゃわない?」

「……!」

「ね?」

 口元に人差し指を立てる桃香に、少し緊張しながら応える。

「まあ、一つの経験として……一人暮らしはしたい、かな?」

「一人なんだ」

「それは、当たり前」

 全く痛くないように調整した指先で桃香の額を弾く。

「勿論」

「うん」

「桃香が寂しかったり不安な時はすぐに駆け付けられるくらいのところで」

「えへへ……うんっ」

 今度は小指を立てた手を、桃香が差し出してきて。

「ぜったい、そうしようね?」

「ああ……そうしよう」

 隼人も応えようとした、その時。




「「!」」

 テーブルの上に置きっぱなしにしていた隼人のスマートフォンが着信の知らせを震わせる。

 咄嗟にお互い身を離した桃香と苦笑いしてから、一応こんな時ではあるから緊急かどうかだけは確かめようと表示される番号を覗くものの。

「おばさん? お姉ちゃんたち?」

「いや、知らない携帯の番号」

 ならば無視しよう……と再びテーブルの上に戻す、ものの。

「……」

「すっごい、かかってくるね」

「ああ」

 留守電メッセージを促す音声になる直前に切れては、同じ番号が再度コールを寄越してくる。

 落ち着かないので、桃香と静かに過ごしたいのでどうしたものか……と拒否設定すべきか悩み始めたところで。

『おーい、はやとー!』

「「!?」」

 向こうも根負けしたのか、メッセージの録音が始まる。

『私、望愛なんだけどー、電話出てよー! 詩乃もいるし!』

「望愛、お前だったのか……」

「のあ、ちゃんとしのちゃん?」

 結構な声量で呼びかけてくる少女の声に隼人はがっくりと肩を落とし、桃香は不思議そうに首を傾げた。


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