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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
二学期/やっぱりこの二人近くない?
135/225

118.湯上りのひと時

「……」

 何でこんなに静かなんだろう、とリビングに正座しながら隼人は思う。

 町の人たちも皆いい人でそこまで遅くない夜の時間帯でも騒音などほとんどない、から。

 だから。

 浴室を桃香が使っている音が、時折僅かに聞こえてしまっていた。




『……お風呂、のことなんだけど』

 一〇分ばかり前、桃香が提案してきたことを思い出す。

『それぞれの家のを使っちゃうとお湯もったいないし、そもそもはやくんだとちょっと寒いのにシャワーだけで済ませちゃうでしょ?』

 言い返す余地がないくらいその通りだった。

 だから、今隼人はこういうことになっていて……先に桃香が入っているのはあの人目を引く豊かな髪が乾かすにも相応な時間が必要なためだった。




 自室や自宅ならともかく、気を逸らせる物がない今、どうしても……追い出しても追い出しても年頃の男子相応の妄想が脳内に浮かんで悶えることになる。

 特に、ついさっきも生半可に桃香の柔らかさに触れていた所なのでどうしようもなくなりそうなってしまう。

 そこに。

「何でだよ」

 唐突に脈絡なく。

 夏に見た薄着の桃香の姿が蘇ってくる……無防備だった首筋や肩のまろやかな曲線と白さ。

 いや、無関係でないのはわかっているが。

「大丈夫なのか、俺」

 呟きながらも、大丈夫じゃないけれど大丈夫じゃないといけないだろう、と自分に言い聞かせ続けていた。




「お風呂、どうぞ」

「……ん」

 なので。

 桃香が入浴を終えてそんな風に声を掛けてくれたときは助かった、とか思ったけれど。

「?」

「何でもない」

「そう? あ、タオルは一番上に出してあるの使ってね、水色のだから」

「ん、ありがとう」

 リビングの入り口ですれ違う時、普段より若干桜色……もとい、桃色の肌と乾ききってない髪の寝間着姿にやはり心は揺さぶられる。

 新鮮で、気を許されてないと見れないであろう姿。

 夏にも見たには見たけれど、今はこんな近くで、正真正銘の二人きりで。

「えっと、はやくんの知っている頃から多少内装直したくらいで変わってないと思うけど、何かわからないこととかあったら呼んでね?」

「まあ、大丈夫だとは思う」

「のぼせないくらいで、ごゆっくりしてね」

「……気をつけるよ」

 身体を冷やすなと言う桃香の気遣いだったけど。

 最初と最後は水で顔を洗うことになる隼人だった。




「もう上がったの?」

「数えては無いけどちゃんと浸かったって」

「そう?」

「男だし、髪もそんなに長くないし」

「そんなもの?」

 そんなものだ、と言い切った隼人に丁度ドライヤーのスイッチを切った桃香が、何かを思いついた……と手招きする。

「ちゃんと乾かした?」

「拭いた拭いた」

「仕上げは、していい?」

「……」

 短時間ながら大いに迷ったものの、羞恥に魅力が勝って、桃香の前のクッションに座らせられる。

「いい子……って言ったら、怒る?」

「……いや」

 吸い寄せられるようにここに来た時点で、反論に説得力は失われていた。

「じゃあ、いくね」

 優しい手付きで楽し気に、殆ど乾いているが末端の湿気を飛ばされる。

 心地いいな、と思ったところで……ふと桃香がかぐやを洗っていた様と、ついでにそれに少し嫉妬していたことを、思い出す。

「えへー……」

「楽しそうだな」

「うん」

 聞かなくてもわかっていたけど、でも肯定してくれる声が聞きたくて。

「はやくんと一緒にいて、いろんなことするの、楽しいよ」

 そしてそれだけだと済まないのもわかっていた筈なのに、一旦スイッチを切った桃香が返事だけじゃなくおまけに後ろから頭をこつんと軽く当てられる。

「わたしだけじゃ、ないよね?」

「勿論」

「よかった」

 そうした後、桃香が両肩に手を置いて暫く止まる。

 後ろ髪の辺りで桃香の吐息を感じる。

「桃香?」

「えへ……はやくんのお部屋に行った時の匂いがするな、って」

「……そりゃ、そうじゃないか?」

「そうなんだけどね」

 当たり前、と二人して笑った後。

「安心するなぁ……」

「ん」

「わたし、この匂い、好き」

「それは、どうも」

 湯船からはとうに上がっているのに、頬が火照る。

「ネコちゃん」

「猫?」

「吸っちゃう人の気持ち、わかるかも」

 聞いたことはあるな、と思ったところで……小さく笑った桃香の声色が何かを思いついた時の物だと分かって。

「ね、はやくん」

「学園祭の時のアレはもうやらないからな」

「ざんねん」

 即答すればやはりそうだったのか、本当に心底残念そうな声を出されて……。

「その、桃香」

「うん?」

「吸うこと自体は……拒絶してないから」

「ほんと?」

 もう少しだけ背中の桃香がくっ付いて来たな、と思いつつ……やっぱり俺、桃香に甘いな、とか内心で額を押さえる。

 まあ、恋をしている相手なので仕方がないのだけれど。




「えっと、それじゃあ」

「ん」

 桃香の好きにさせつつも……こっそり背中の方から流れてくる桃とミルクの香りをこっそり堪能して。

 最後にもう一度、こつんと額をぶつけてきた桃香が立ち上がる。

「湯冷めしちゃう前に……行こっか」

「そうだな」

 小さめのトートバックに貴重品とスマートフォンを入れた桃香が、元栓と窓を確認して……忘れたことが無いかを反芻してから。

「うん、だいじょうぶ」

「良し」

 先に玄関に続く廊下に出て、リビングの照明のスイッチを切ってドアを閉めた桃香を待ってから進む。

 廊下のフローリングから下りて、サンダルを引っかけたところで。

「ね、はやくん」

「ん?」

 桃香が、尋ねてくる。

「忘れ物は、だいじょうぶ?」

「……え?」

 着替えと家の鍵と携帯くらいで、他は無いよな……と内心で首を捻ったところで。

 まだフローリングの上で、身長差の少ない桃香が囁いた。

「はやくんは、言ったこと守っちゃうから」

 「指一本触れないと誓うので」と夕刻桃香に言った言葉のことだと、思い至る。

 隼人が理解した様子になるのを待ってから、もう一度桃香が小さな声で。

「わすれもの、ない?」

「そう……だな」

 この位置関係でも僅かに見上げられる格好になる桃香の瞳に頷き返してから、もう少し距離を無くして。

「じゃあ」

「うん」

 そっと両手を桃香の背中に回して引き寄せる。

 同じ高さに立っていれば桃香が腕の中に納まる形になるけれど、今は普段より顔の高さが近いため……一瞬だけ、頬同士が触れ合った。

「一応、言い訳させてもらうと」

「……うん」

 当然、言葉同士も最短距離で。

「これでも、それなりに勇気を出しているから」

「……そうなの?」

「そうだよ」

 そして思い切り矛盾しているが、自制心も。

「えへ……そうなんだ」

「……湯冷めする前に行くぞ」

 甘さを増した桃香の声に、わざと意識して冷静に返した後。

「……一応、約束したことの効果範囲は家の屋内と言うことで」

「えへへ……うん」

 桃香に手を、差し出した。





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