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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
二学期/やっぱりこの二人近くない?
134/225

117.夕食と、その後

「はい、お待たせしました」

「うん」

 エプロンを畳む桃香からの笑顔の許可が下りて、ソファーから立って食卓の方に。

 お待たせ、と言わせてしまったが手を止める原因を幾つか作った身としては申し訳なさが先に立つ……それを言うとまた色々起きてしまうので自重するけれど。

「お……」

「えへへ、どうかな?」

 並べられたのはサバの味噌煮にけんちん汁、湯豆腐が湯気を立てている。

 最近寒いから温かいものを、と言っていた通りの品目だった。

「美味しそう」

「……えへ」

 素で出た感想に、そうなのが伝わったのか桃香が口元をほころばせる。

「でも、ちょっと意外というか……」

「メニューのこと?」

「ああ、うん」

 今までの傾向はどちらかと言うと洋風中心だったよな、と頷くと桃香がにこやかに断言してくる。

「だって、はやくんこういうの、好きでしょ?」

「それは、うん」

「だったら、こういうのも出来ないとね」

「そういうものか」

「そういうものなの!」

 力強く断言した後、両手の平で、さあどうぞ……とジェスチャーされる。

「いただきます」

「はい、めしあがれ」

 手を合わせた後、箸に手を伸ばして……気付く。

「これって」

「いつまでも来客用のじゃ、さみしいもん」

「そっか……」

「うん、そうだよ」

 見るからに新品な、多分今後何度も使うことになる箸を手に取ってメインディッシュに伸ばす。

「……」

 物凄く向かいの桃香からの視線を感じるが、まあそれは当然だよな……と内心で頷いて解したサバの身を口に運ぶ。

「うん」

 しっかりほんのりと甘い身を噛みしめてから、述べる。

「美味しいよ」

「ほんと?」

「本当」

 少し強めの食い付きに、内心若干驚くけれど、それだけ気持ちを入れてくれていたことなんだとじんわりと嬉しくなる。

「濃さは? 大丈夫だった?」

「少し濃い味に感じるけど、ご飯と一緒に食べるならこのくらいがいいかな」

「うん、覚えておくね」

 頷いた後、そうだった……と薬味の小皿を示されて。

「お豆腐は、冷奴なら生姜とお醤油、湯豆腐なら柚子でよかったよね?」

「……よくご存じで」

「えへへ、まあね」

 得意げに目を細めてから、桃香の方はけんちん汁の器を手に取って。

「多めに作ってあるから、明日の朝はこれにうどんを入れちゃうね?」

「おー」

 熱々の豆腐に柚子を乗せた後、思わず拍手をしてしまう。

 その後で、やっぱり明日の朝食のことも考えていてくれたのか、と感謝しつつもう甘えてしまうことする。

 自宅で適当に済ませることも出来なくもないが、それと桃香の作ってくれた料理は比べ物にならない。

「それも、美味しそうだ」

「でしょ?」

 そんな風にしながら食べ進めていくと。

「はやくん」

 自分もゆっくり食べ進めながらも、タイミングを計っていたのか桃香が席を立って促してくる。

「おかわりも、どうぞ」

「うん」

 ご飯と汁物の器を両方差し出して……それを受け取ってくれた桃香が、炊飯器のところまで行ってからしゃもじを片手に笑う。

「なんだかいいね、こういうの」

「……何だかじゃなくて、桃香のお陰で、良いんだと思う」

「えへへ……ありがと」

 盛ってくれたおかわりを隼人の前に置きつつ、小さめの声で尋ねられる。

「合格、もらえそう?」

 何の? と聞き返しかけてから、それは間抜けすぎると寸前で飲み込む。

「合格も何も」

「も?」

「そもそも、桃香が俺には勿体無いんだよ……」

 こんな面倒臭い奴には、と一口お茶を飲んだところで。

「でも」

 運んでくれた位置のまま、桃香が少し屈んで耳打ちしてくる。

「わたしがお料理の練習をがんばれたのは、はやくんのためだよ?」

「!」

「ね?」

 だから沢山食べてね、と言う桃香に結局その後、半ライスでとはいえ三杯目に突入することになる隼人だった。




「戻ったよ」

「うん、おかえりなさい」

 食べ終えてから、五分後。

 一旦自宅に戻った隼人を再びエプロンを装着した桃香が迎えてくれる。

「片付け手伝わなくてごめん」

「その分かぐやのこと見て来てくれたんでしょ?」

「まあ、うん」

「とってもいい子で、助かるよね」

 細々と様子は見に行ったもののよく留守番をしてくれたので。

「いっぱいご褒美、してあげてね?」

「ああ」

 頷きながら、背中に隠していた箱をテーブルに置く。

「あと、今日頑張った桃香にも」

「それって……」

 白い箱に書かれたロゴに、桃香が顔を輝かせる。

「ケーキ?」

 商店街のケーキも作っているベーカリーの店名に、頷く。

「いつの間に買ってきてくれたの?」

「夕方、かぐやの散歩ついでに」

「あ、そっか」

 声色にも表れている桃香のご機嫌に「きっと喜ぶわよ?」なんてにこやかにからかってくれたベーカリーのお姉さんの台詞が蘇る。

 三個とか六個ならともかく、二個だったから。

 誰のために買って行くかは明白過ぎた。

「開けてもいい?」

「勿論」

 鼻歌混じりに開かれた箱の中には、シンプルに選んだショートケーキとチョコレートケーキ。

「はやくんは、どっち?」

「桃香が選んで」

「そう? じゃあ」

 ショートケーキの方を指名した桃香が、でも、と聞いて来る。

「もちろん、一口交換するよね?」

 勿論なのかよ、と内心呟くものの。

「桃香さえよければ、勿論」

 考える前に、そんな返事をしていた。




「おいしかった」

「そっか、よかった」

 ソファーで待っていた隼人の隣に、家事を全て終えた桃香が戻ってくる。

「ごちそうさま、はやくん」

「ああ……でも」

「も?」

「俺、今日はその十倍くらい桃香にご馳走様って言わないといけないよな、って」

「それは大袈裟だよ」

「いや、でも、そのくらい」

 にこにこ笑いながらこっちを見てくる桃香の、膝の上の指先に軽く触れる。

「美味しかったよ、ご馳走様」

「えへへ……おそまつさま、でした」

 桃香の笑顔が見えなくなる。

 桃香側の肩に額を当てられて、腕を抱き締められたから。

「うれしいな」

「ん」

 ただ、言葉と声色からどんな表情をしてるかは伝わって。

「このまま、食休みしていいかな?」

「そうだな、今日は慌ただしかったから」

「ね」

 頷きつつ、さっき桃香が掛けてくれた畳んだブランケットを空いた手で引き寄せて。

 毛布代わりに使えるくらい大ぶりなそれを二人の上に広げる。

「はやくん、器用」

「そうか?」

「うん、お魚も綺麗に骨だけになってたよね」

「あれは……家の母さん、そういうとこ厳しいから」

「あ、なんとなくわかるかも」

 一頻りそんな話題で笑い合ってから。

「それより、ちょっと気温は下がってきた気がするから」

「あったかくしないと、だね」

 桃香がもう少し密着を強めてから。

「重くない?」

「全然平気」

「えへへ」

 もう少し、身体の力を抜いて隼人の方にもたれかかった。




 それから。

 一度温かいお茶を飲む小休止を挟んで小一時間他愛もない話をした後。

「ね、はやくん」

「うん?」

「……お風呂、のことなんだけど」

 桃香がそんな言葉を口に出した。





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