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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
二学期/やっぱりこの二人近くない?
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115.今夜は

「ありがとうございました」

 桃香の父の現状を教えてくれた後、林檎を一袋買って帰って行った洋裁店の小母さまの後姿を見送って。

「売り切れ、ちゃった」

「だな」

 厳密に言えば乾燥物等あるにはあるが、今日明日中に売り切りたいものは奇麗に無くなって普段は果物がひしめき合っている台は緑の下地が丸見えになっていた。

「ありがとね、はやくん」

「桃香が頑張ったからだろ」

「ううん、はやくんが助けてくれたからだよ」

「……ん」

 正直、前を通ったりして看板娘モードを盗み見ていた時に抱いていた印象以上に、しっかりと一日をさばき切った桃香には感心していた。

「でも、桃香が一番お疲れ様」

 軽く肩に手を置いた後、目線で訴えられてそれを頭の方にも移動させる。

「一応間に合いそうだから、今からおじさんのところ行くか?」

「一応間に合う、くらいだから……」

 多分、顔を見るくらいで終わりそうな移動時間後の面会終了時刻との兼ね合いだった。

「明日、朝一番に行くことにするね」

「ん、わかった」

 元気過ぎて直ぐに帰ると息まき看護師さんに窘められていた、と言う話なので心配はいらない筈だった。

「そういえば……はやくんのお父さんお母さんは?」

「一応連絡したけど今日が前入りで明日が仕事だから、こっちは心配しないようにだけ言ってある」

「そうなんだ」

「今頃は温泉の筈、何だか良い宿を先方に準備して貰ったらしいから……無駄にするのも角が立つだろうし」

「そう、だね」

 頷いた桃香が、ぽつりと口にする。

「温泉、いいなぁ」

「まあ、そうだな」

「はやくんも、好きだよね」

「まあな」

 蓮や勝利辺りの口の悪いクラスメイトにかかると若干趣味が枯れてるとからかわれるものの、相手が桃香なので素直に頷く。

「そのうち、行きたいね」

「……まあ、な」

「出来れば、お泊り……で」

「!?」

 思わず真顔で見てしまう隼人に、桃香が続ける。

「だって、近くには良い所ないから……満喫するなら、そうでしょ?」

「いや、まあ、そうかもしれんけど……」

 挙動も表情も不振になる隼人に、桃香がぽつりと言った。

「えっち」

「理不尽だろ!」

「それはそうなんだけど……」

 思わず声が大きくなる隼人に、桃香は小さく。

「一緒に入ろうっては言ってないよ?」

「……うっ」

「…………まだ、言ってないよ」

「……」

「……」

「桃香」

 軽く、手近なところにある頭にチョップを当てる。

「うん」

「やっぱり、さっきのは理不尽だと思う」

「……わたしも思った」




 とても今更だったけれど、店仕舞い後とはいえ店頭でやる会話ではなかったと少し沈黙しながら奥に戻ったものの。

「えっと、そのね」

「……あ、ああ」

 どうしても、話題は着陸してはいなかった。

「ちゃんとはやくんの……になった後、行きたいのはほんと……だからね?」

「……それは俺も同じ」

「えへ……よかった」

 それでも、お互い何とか落としどころを探していて。

「ただし」

「?」

「絶対に、貸し切りのところな」

「……」

「……」

「いや、その、変な意味じゃなくて……そ、その、桃香を連れて行くなら、その」

 湯上りどころか湯あたりしそうなくらいに顔の熱が上がって行く。

 勿論、二人とも。

「絶対に、その、ええと」

「はやくん」

「お、おう」

「大事にしてもらっちゃってる、って思っていいの?」

「当たり前だろ」

 考える前の返事に、桃香が笑う。

「ありがとう」

「……」

「……」

「で、いいのか?」

「え、えっと……わたしが嬉しいから、それで、いいと、思うよ……」

「そ、そうか……うん」

 お互いに呼吸を落ち着けて、表情を伺い合った後。

「冷たいお茶、飲もうね」

「ああ、そうしよう」




「それで、この後……なんだけど」

「うん?」

 冷たい麦茶を、隼人はお代わり迄した後で口を開く。

「わたしは、ごはんの準備するけど……あ、はやくんはかぐやにいっぱい構ってあげてきてね」

「それは、勿論」

 一時間おきに顔を出しつつ、いつもよりおやつを多めに与える等してご機嫌を整えている仔犬は大人しくしていて欲しいときはわきまえてくれるので、後でたんと褒めつつ公園に行くことにしている。

「そうなんだけど、そうじゃなくて……もう少し後のこと、で」

「?」

 盛大に脱線した上に、そういう話題になった後なので切り出しにくさはあるものの思い切って口にする。

「今夜のことなんだけど」

「うん」

「その、女の子を夜に一人にするわけには……いかないから」

「ぁ」

「それで、あと……流石にかぐやを一晩中は独りで放っておけないから」

 じっと桃香を見て。

「指一本触れないと誓うので……夜は家に来てほしい」




 かぐやのリードを握りつつ、黙々と走る。

 さっきあんなことを言った後、耳の先まで赤くして頷いた桃香の姿が頭から離れない、どころか頭の中全てを占めている。

「……」

 一応、女の子に大変なことを言ってしまった、という自覚と、でも一人にするのは駄目だという葛藤があるにはあるが……僅かだし、付随しているようなものだった。

『まさかとは思うが誰もいない家に連れ込むなよ?』

 学校で言われたことが蘇るが……。

「いや、だって、仕方ないだろ……」

 思わず大きくなった独り言に、駆けるのに夢中なかぐやも流石に不思議そうな顔で見上げてくるが、何でもないと首を振る。

「……仕方ないとかじゃないけど」

 空いた手で、ぺちりと頬を叩く。

「俺が確りしてればいいんだ」

 確りと言うのかはうまく自分でも言えないけれど、それはその通りの筈だった。

 好いている女の子と二人きりで一晩過ごすことはそれ以上に心を揺さぶってくるのもわかってもいるけれど。





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