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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
二学期/やっぱりこの二人近くない?
130/225

113.青果店の店頭で

「ただいま」

「ああ、大丈夫だったか?」

「うん、ちょっとびっくりしちゃったけど、虫垂炎でもうすぐに取っちゃって病室で寝てるよ」

「ん」

 合間に連絡してくれた内容で把握していたことを再確認して頷く。

「そこまで大事じゃなくてよかった、けど」

「うん」

「桃香は大変だったな」

 屋外なので軽く二の腕の辺りを叩くに留める。

「はやくん、ありがとね」

「いや……大したことは出来てないし」

 桃香を落ち着かせた後、ご近所に助けを求めたくらいだった。

「でも、あのままじゃわたししばらくあわあわしてるだけだったと思うから……お母さんも伯母さんのお見舞いに行っちゃっている時だったし」

「連絡は?」

「したけど、すぐには戻ってこれないから」

「海外、だっけか」

「うん、北欧の方」

 飛行機が取れたとしても明日中には厳しいか、というところだった。

「ん、それでこの後は?」

「ええと、着替えを届けるのはしないといけないんだけど……」

「うん?」

「いくつか取り置きの予約が入っているものもあるから、お店何とか開けてくれってお父さんが」

「そう、なのか」

 仕入れを済ませてある模様なのでそうしたい気持ちは理解できる。

 何せ、鮮度が命の商品が多い青果店なのだ。

「桃香は大丈夫なのか?」

「お父さん、あれできちんと記録は書いてるしそこを見ながらすれば」

「そっか」

 何より桃香はしっかりしているしな、と頷いたところで。

「あとは、用心棒と力仕事に隼人くんが居ればいいかな」

「! そう、ですね」

 今まで黙って話を聞いていた、車を出してくれた写真館の小父さんの提案に桃香が顔を輝かせる。

「はやくん、お願いしていい?」

「まあ、そりゃあ、うん」

 実際同じことを考えていた所だったし、何よりこの状況で桃香を一人にする選択肢は無かった。

「じゃあ、ちょっと遅れるけど、お父さんの着替え用意して届けたら開ける準備するから、そしたらよろしくね?」

「ああ、勿論」

 そう言ったところで、隣から声がかかる。

「あら、着替えなら私が持っていくわ」

 様子を見に来てくれたらしい服飾店の小母さまが片目を閉じて申し出てくれていた。

「丁度お見舞いの用事あったし、あそこの看護師長さんは同級生だから割と融通利くわよ」

「じゃあ、お願いしてもいいですか?」

「ええ、お安い御用」

 準備してきます、と家屋の中に戻って行く桃香を三人で見送った後、両サイドから肩を叩かれる。

「何かあれば商店街全員で助けるけれど」

「何より隼人君がしっかりね」




「えっと、じゃあ」

「うん」

「いきなりだけど、今日はよろしくね」

「ああ」

 エプロンをして髪を纏めて、小さく頭を下げた桃香に頷き返してから。

「でも、その前に」

「え?」

 ぽんぽん、と軽く二回、桃香の両肩を叩く。

「大変だったろうし、難しいだろうけど……少し力、抜こうか」

「あ……うん」

 柔らかめを意識して笑いかけると、桃香の方も表情がいつも寄りの物になる。

「ありがと」

「このくらい当たり前だって」

「でも、ありがと」

 一瞬だけ黙ってから、桃香が続けて口を開いた。

「あ、でも、せっかくだから」

「ん?」

「元気、充電していい?」

「……そりゃ、いいけど」

「えへへ」

 桃香が一歩隼人の方に寄ってから、軽く上半身を倒して額を隼人の胸にくっ付ける。

 本当にそうするんだな、と思いながらも桃香のするがままに任せた。

「うーん」

「ん?」

「こうかはばつぐん、だね」

「そんなにか」

「うん」

 でも控えめにしとかないと、と離れてから。

「ね、はやくん」

「ん?」

「今日頑張ったら、夜にもお願いしていいよね?」

 断る理由も、拒むつもりも、全く無かった。




「売れ行き好調っぽいかな?」

「そうだね」

 その感想の通り、ようやくと言っていいくらいのタイミングで客足が切れて二人で店の奥で木箱の上に腰掛ける。

「心配して貰えてるのかな」

「それはあるだろ」

 商店街の、主に小母さん方が「大丈夫なのかしら?」といった感じに店を覗きに着た後、そのまま季節の果物を買って行ってくれる流れで、店頭に並べていたものは順調なペースで数を減らしていた。

 見物に来られている可能性も勿論否定できなかったので「それはある」よりは「それもある」の方が正確か、とも思う……何せ皆さん良いもの見たわといった感じで上機嫌でお帰りになられている。

「取り置きの予約の最後が午後三時だから……それまでにほとんど売り切っちゃうかも」

「それは助かる、のかな?」

「晩御飯の準備がゆっくりできるからね」

「ん……」

「ね?」

 言いながら、軽く手に触れられつつ見上げられる。

「ええと、一応、提案だけど」

「うん?」

「桃香は今日朝から大変だったんだから、いつものとこにラーメンの出前お願いするとか、でも良い……けど」

 言い切った途端、ソフトに頬を抓まれる。

「だーめ」

「……なのか」

「うん」

 否定をこんな表情と声でするのか、と的外れに感心させられる。

「もちろんそれも楽しそうだけど、今日はわたしが作るんだから」

 そして、とにっこり笑って付け加える。

「ぜったいに、美味しいって言わせちゃうからね」

 ね? と念を押すようにもう一度言った後、店先の人影に弾かれたように立ち上がって小走りよりもう少し遅いスピードで店頭に出ていく。

「いらっしゃいませ」

 その快活さは何だか季節柄並び始めた蜜柑ぽいな、と何となく思ったところでさっきまでの桃香は本当に甘くて柔らかい桃なんだな……と連想してしまう。

 どちらが本質かは言うまでもなかった。

「ありがとうございました」

 そんなことを考えているうちに、丁度蜜柑が一籠売れてレジスターを閉めた桃香が時計を見て提案する。

「晩御飯もいいけど、その前にお昼だったね」

「そうだな」

「チキンライスの作り置きがあるからオムライスの予定だったんだけど、それでいい?」

「そりゃ、勿論」

 色々な意味で、異論などある筈がない。

「卵はとろふわ? それともしっかり焼いちゃう?」

 桃香はああ見えてしっかりしているけれどふわふわ成分の方が圧倒的に強いだろ、なんて思った後、そうじゃない、と首を横に振る。

「ふわ、の方で頼むよ」

「うん、おっけー」

 指で丸を作った桃香が、スリッパの音と共に家屋の方に入って行く。

「ケチャップは……」

「ん」

「シェフの気まぐれになってるからね」

 そう宣言した後、少しだけお店お願いね……とキッチンの方から声が届く。




 期待した方がいいのかそれとも、と思いつつも……大変そうな桃香が楽しくしてくれるならそれで良いや、と頭を掻いた。





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