12.一五秒コース
「私は桃香に似合う服を着せて可愛くしたい」
連休初日。
待ち合わせ場所に人目を惹きながら現れた悠は最初から全開だった。
「当然、私の望みだから私は満足する」
「まあ、確かに」
それはそうだ、と隼人は首肯するしかない。
「母様たちもそれを見たいので一杯やって写真を送れと言っている」
「仲間内で生まれた女の子の最初が悠姉で次が私ですからね」
着飾るのを期待されても担当が違います、と彩が澄ました顔で言う。
「……で、当然隼人も嬉しいだろう?」
突然ボリュームを絞って耳打ちしてくるのは配慮なのか、からかっているのか。
両方同時にできる人なので双方なのだろうけれど明らかに後者のウエイトは重かった。
「どうなんだ?」
「……いや、それは」
「いい、皆まで言うな」
表情で答えてしまったのだろうけれど、言わせようとしてこれである。
「まあ、そういう訳で」
隼人との間隔を元に戻して胸を張る。身長がほぼ同じなのが若干隼人的には悔しいポイントだった。
「全員が得をするので、まずは買い物だな」
改めて決定をして歩き出す。
「ところで」
歩き出したところでもう一度悠が隼人に耳打ちする。
「男子高校生としてはまだ清楚が良いか? それとも折角の夏だから少し大胆に魔法をかけてみるのがお望みか?」
「いっ……!」
何を言ってくれている、と目で抗議するが。
「桃香が最終的に見せたい相手の需要を把握するのは大事だろう?」
違うかな? と聞かれる。
桃香本人に見立てに参加しろと言われているので否定できなかった。
「よーし、じゃあ次は本命の桃色行ってみようか」
「うーん、わたしもさすがに高校生だからあんまり前面に出すのは」
「じゃあ、アクセントの方向だな」
二度目の試着を終えて楽しげに次の候補を探しに行く桃香と悠の後姿を見送りながら、売り場の中でも目立たなそうな位置にそっと後退する。
「隼人」
その背中に、今度は見立てに参加していない彩が声を掛ける。
「まだこれで準備運動が終わったくらいですよ」
「……えぇ」
「それはそれとして」
観葉植物の隣に自分も樹木にならんとばかりにそっと立ち止まった隼人の顎を軽く突いて。
「今度からは『良いと思う』禁止で」
あと一回はこれで何とか、と思っていた言葉を封じられる。
他に何とか使える語彙は……と脳内をひっくり返して探し始めた隼人に彩が続ける。
「もし私たちを気にしているならそこら辺のマネキンだと思って貰えば」
いうとピタリと静止し本当に気配を消し始める。
「いや、もう一人の姉さんの方が無理でしょ」
「まあ、それは確かに」
どうしてもしなければ気が済まない指摘をしてから、再び黙り込んで考え始める隼人に彩が小さく溜息を吐いた。
「まったく……」
「……面目ございません」
「『ももちゃん』には普通に可愛いって言っていたくせに」
思わず彩を見ると、小さく唇だけが笑っている。
「いや、だって、それは」
「違いますか?」
「……多少、大人になったし」
「どっちが?」
「それは、どっちもだよ……当然」
それでもどちらが多か、少かで言うならば。
「桃香の成長に驚いている?」
「それは……うん」
認めないわけにはいかないくらいに。
まだ本人の前では難しいけれど。
「隼人」
繰り返しになりますが、と彩が告げた。
「きちんと磨いたからこその、今の桃香だから」
「うん」
「少しずつでいいので、ちゃんと応えなさいな」
そんな彩の言葉は正しいことだと思ったし、そうするように努力はするつもりだった、が。
「えへ……どうかな?」
三度目のお披露目。
前二回より桃香はさっきまでと比べてずっと照れたような表情で隼人の前に現れた。
「……その、ええと」
ターゲットにしている年代を上げた服にしてきたのもあるのだろうが、その中でもそういうものを選んだのだろうが。
桃香の顔を見るしかない、というか顔より下の方に視線を移すと危険極まりないというか。
首回りや肩口の防御力がとても低くて、破壊力が絶大だった。
「はや、くん?」
しかもわざわざ試着室の中で髪を纏めてきて背中側も見易くしているという念の入れ様であった。
街中で見る同年代の少女の服装と比較したならそこまででもないのかもしれないが、緩急差が凄い。
何より、桃香が、着ていた。
「……」
やっと目が離せて、桃香の後ろでいい笑顔をしている悠に視線で「わざと?」と聞けば勿論その通りだ、とばかりにウィンクされる。
「隼人」
そして隼人の後ろには映画ならナイフか銃口を突き付ける位置に彩が立っている。
「わかっていますね?」という声が聞こえた。
「その、ええと……」
彩からの圧ついでに「『ももちゃん』には普通に可愛いって言っていたくせに」という言葉と、記憶が蘇る。
「可愛いし、大変……その、魅力的」
「ほんと?」
「なんだ……けど」
「?」
上着を脱いで桃香の肩に羽織らせていた。
「桃香は……昔から日焼けに弱いし、虫とかに刺されても凄く腫れるし、冷房とかにも弱いんだから」
「……うん」
「肌は、あまりみせないようにしてほしい……んだ」
それを伝えるつもりだった。
そこまでの、つもりだった、が。
「特に、誰か他の人の目があるところでは」
そこまで口から出ていた。
もうまともに桃香の顔が見れなかった。
「……はい」
二人して固まっていた後、店内放送で互いに我に返り、桃香がしおらしい返事をして「戻してくるね」と引っ込んでいった後。
「頑張り方はともかく、充分合格」
そんな桃香を今度は彩が追いかけて行った。
悠は腹を抱えて笑っていた。
「そうかそうか、悪い虫に気を付けないとなぁ」
たっぷり五分は爆笑したのにまだ笑い足りない、という表情で悠がまだ顔を上げられない隼人の背中を叩く。
「まあ、私の桃香は可愛いから仕方がない」
所有権の主張については突っ込む気にもなれなかった、その気力もなかった。
「隼人もしっかり心配しているようで安心した」
「まあ、それは……」
「桃香が他の男に見られているのは面白くなかった?」
「そりゃあ、その……」
薄々感じてはいたことを言語化された。
良き哉良き哉、と顔に書いてある。
「学校では花梨たちが私達の姫を守る、とか言ってくれているが」
「え? 何でそこで伊織さん?」
「彼女の母上と私の母様は元クラスメイト」
だから時々皆とお茶したりするぞ、という発言に答えは一つ。
「世間狭い」
包囲が、狭まるのを感じた。
「だからたまに隼人と桃香のことも聞くんだが『ニコニコし合っているか照れ合っているだけで特にない』としか来なくて私は寂しい」
「伊織さん、何を言って……」
否定はできないが、学校でそれ以外があっても困るだろう、と内心で突っ込んでいた。
あと、その連絡の頻度は絶対たまにではないだろうとも思った。
「まあともあれ」
もう一度背中が叩かれた。
「桃香が大事なら頑張らないとな」
ん? と確認されるように笑いかけられる、が。
「何だ、その不景気な顔は」
「……元々そんなに資産価値ないです」
「例え無かったとしても付加価値つけて高値で取引してもらえ……私は隼人はなかなか高いと思ってるが」
そもそもその取引が下手過ぎるのを日々実感している所だった。
溜息がもう一つ出た。
「姉さんみたいに出来たらな」
成れたら、では決してない。
「桃香は驚くだろうけど、驚くだけだろう」
そうじゃないだろう? と悠の目が言っていた。
その後、力を抜いた笑い方をして。
「まあ、決して平坦な道ではない、か。それでも他ならぬ弟の頼みであれば」
隼人の手を下から取る、もう片方の手は悠の胸に添えながら……悠然と微笑みながら。
悠のファンの女子がされたら卒倒する者も出ただろう。
「レクチャーしないこともないが、GWの残り全部使っても足りるかなぁ」
やるからにはスパルタ方式で行くぞ、とニヤリと笑う。
「友達とも約束有るけど……それ以前に色々と逆な気がする」
「まあつまり隼人が初心ということだな」
反論できる余地もなく黙る隼人の手をぱっと放して。
今度は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「まあ、そんな隼人には特別に一五秒コースで」
どうだ? と聞いてくる表情の後方遠くに着替え終えた桃香がちらりと見えたため。
慌てて頷いた隼人に悠が本当にシンプルに囁いた。
「桃香が喜ぶことだけ、考えればいい」




