111.どんな女の子なら
「隼人さん」
「うん」
「夕方の銀杏も、綺麗ですね」
「確かにそうだね」
和花のそんな言葉に合わせるように秋風が一吹きして染まった葉を揺らして枝からも地面からも黄金色を舞わせる。
今日は少しでいいので散歩をしたいです、と言う和花の希望で日曜日皆で遊んだ公園まで来ていた。
「気に入って貰えたかな?」
別の自分の物でも何でもないんだけど、と付け足しながらも尋ねてみる。
「はい」
「それは良かった」
夕日に照らされながら笑う和花は、間違いなく綺麗な女の子なんだよな、と思う。
まるで絵のような空間の中でも一際目立つくらいに。
「でも、この季節、銀杏も良いですけれど紅葉も素敵ですよね」
「ああ、確かにそうだね」
「あの、私」
「うん、どうしたの?」
「昔から何度も行っている、紅葉の綺麗なお庭があって」
そしてそんな素晴らしい景色でも和花は背景にし得る、と思えた。
「その、明日か明後日のお休みに、行きたいな……と」
「えっと、確か和花ちゃんは」
「はい?」
「結構お稽古が多かったんじゃ……?」
「お休みをします! だから隼人さんのご都合に合わせて、その……」
その提案は状況によってだけれど本当に魅力的だな、と思いながら……意を決して和花に問いかける。
「行くとしたら、皆で? それとも……」
「……」
聞いた後、俯いて黙ってしまった和花に。
隼人の方から再度切り出す。
「和花ちゃんと出掛けることとかは嫌いでは全然ないけど……その、場所や場合によっては適切ではない、からね」
「それは……」
和花が顔を上げて、一度黙った後、必死な表情で口を開いた。
「隼人さんには、もうお付き合いしている人がいるから、ですか?」
「!」
一つ瞬いてから、頷いて答える。
「まだ、正式にそういう訳ではないけれど……そうなりたい人は居るから」
「……まだなら、間に合いますか?」
「え?」
真剣な表情で、和花が続ける。
「隼人さんは桃香ちゃんのどんなところが好きですか?」
「……」
「私、そうなれるように努力するので……そうなれるまで待って、それから選んでくださいって……その、あの」
「和花ちゃん……」
「それでは、駄目ですか?」
少し震える指先を隼人の手に伸ばしたけれど、目測を誤ったのか僅かに掠っただけで空振りになってしまう。
「駄目、だよそれは」
「!」
怯えたような素振りを見せた和花に優しさを意識して返す。
「それは、駄目にしてしまうと思う……和花ちゃん自身も、それで和花ちゃんと特別な関係になる誰かも」
一時じゃなくてずっと傍に居るのなら、と伝える。
「……誰か、ですか」
「うん、和花ちゃんのための、誰か」
それは自分ではないよ、と表情で告げた後。
早く見つかるといいね、とは白々し過ぎて口には出せなかったけれど……ただ、本心からはそう祈った。
深く会釈して車に乗り込んだ和花を見送った後。
和花が思った以上に大人なのに自分はどうなんだろうか、と軽く口の中を噛んだ。
そして。
「ごめん、今日は……早めに休むよ」
「うん」
久しぶりに、家の窓の距離そのままで桃香と話す。
「……苦しかった、の?」
「……真剣に考えてくれた人に対してどれだけ下手な対応しかできてないんだと思うと情けない」
「……」
「勿論、桃香に対しても」
それだけ言って、最後におやすみと付け加えようとした矢先に、桃香に呼ばれる。
「はやくん」
「?」
「手、出して?」
思い切り身を乗り出してくる桃香に、慌てて隼人も手を伸ばす……触れるまでは桃香が意地でもやりそうだと理解して。
結果、指先が一瞬だけだけれど触れることに成功する。
「はやくんも真面目じゃないなんて、思ってないから」
「……」
「誰にもそんなこと、言わせないから」
そこまで言ってから、桃香が表情を優しいものに変えてくれた。
「じゃあ、また明日ね」
「……」
「いやだって言われても、行くからね?」
「おやすみ、はやくん」