109.とっておきの
「はやくん、はやくん」
「うん?」
「今日からはお昼、いっしょに食べよ?」
昼休みになってすぐに。
どう見ても一人分ではない包みを机に置いて桃香が笑う。
「「「何でだよっ!!」」」
「……どうしたの? 池上君に伊東君たちも」
そんなタイミングで教室内の複数個所で上がった声に、桃香が小首を傾げていた。
「いや、隼人に綾瀬、怒ってたんじゃねぇの?」
「わたしが? どうして?」
「昨日、吉野のこと置いて帰ってたから……なぁ?」
「それは、今日の材料を買おうかな、ってなっただけだよ……驚かせたかったし」
「……まあ、その割には朝からいつも通りだな、とは思ってたけど」
一体何を期待されていたんだ、と言いたくなりつつも。
まあ昨日の放課後の時点での情報のみだとそう判断されてもおかしくないか、とも考える。
「むしろ、パワーアップしてる感じだねぇ」
可笑しそうに笑う友也に、退散しよ? と促されて男子の波が引いてそれぞれの場所で弁当を広げたり学食へと向かっていく。
「ちなみに、吉野君は知っていたの?」
「まあ、今朝家で母親から今日からは弁当無しと言われた時点で……」
「ぷっ……」
「それはわかっちゃうねぇ」
花梨の問いに遠い目をして答えた隼人に、美春と絵里奈が噴き出していた。
「でも、凄いですね、綾瀬さん」
「え? 何が?」
心底感心したように呟いた由佳子を桃香が拾う。
「姉の方は、義理のお母さんと家事で折り合うの大変だといつも零しているので」
「そこは、ほら……昔から、よく知ってるし」
照れ笑いする桃香に、どこからともなく「対策バッチリじゃーん」なんて女子の声が飛んで来る。
まあ確かに昔から桃香の方を可愛がっているレベルだもんな、と思った後……そうじゃないと首を振ることになる。
「じゃあ桃香、私達は今日から別に食べるから」
「うん、ごめんね」
「いえ、ごゆっくり」
琴美の宣言に桃香が笑った後、花梨がもう一つ隼人に向けて口を開いた。
「ところで、吉野君」
「はい……?」
「彼女でも無い女の子に、これから毎日お弁当作って貰うことに関して、ご見解はいかがなのかしら?」
「……別に、桃香が赤の他人だとも申しておりません」
「ふふふ……確かにね」
落ち着け、と自分に言い聞かせながら答えた内容に花梨が薄く笑いながら頷いてくれた。
そこで、気付く。
「……毎日?」
「うん」
「吉野君、今日『から』お弁当無しなんでしょう?」
「あ、そういえば……じゃないっ!」
横からにっこりと力強く返事をくれた桃香の方に向き直る。
「大変じゃないか」
「大丈夫だよ」
「桃香、朝弱いだろ」
「……大丈夫、だよ」
二回目は若干怪しい返事な桃香が、でも、と微笑む。
「お願いしちゃったから、明日からもはやくんお家でお弁当無しなんだよ?」
「いや、だからって……」
「わーお、もう逃げられない奴だー」
「観念して頼んじゃえばいいじゃん『毎日桃香の手作り弁当が食べたい』って」
楽しそうな美春を受けた琴美の提案にクラスの女子が黄色い声で盛り上がる。
「待って、一寸待って」
「お味噌汁じゃないからギリセーフだし、言っちゃえ言っちゃえ」
「……どちらかというとアウト、というかホームインじゃないかしら?」
絵里奈と花梨も気持ち大きな声で隼人の後ろで話している。
「で、どうするの?」
そちらを向けないので誰かはわからないものの、四人のうちの二人に肩を後ろから叩かれて。
「桃香」
「うん」
「ひとまず当面のところは……」
どのくらい当面なのかしらね? と花梨が言ってくるが聞こえないことにする。
「弁当、頼んでいいのか?」
「はい、よろこんで」
にっこり微笑んだ桃香に沸いたちょっとした歓声と拍手と、怨念交じりの声を聞きながら。
とりあえず鳴った腹の虫は紛れたか、と自分を慰めつつ。
「じゃあ、時間なくなっちゃうから食べよっか」
今週一番ご機嫌な桃香が包みに手を付けて。
そしてそこまで至ってやっと、夜にこっそり桃香に頼めばよかったことに気付く隼人だった。
「きっと、はやくんの好きな物たっぷりになってると思うけど」
どうかな? と蓋を開きながら聞いて来る桃香に頷く。
「バッチリだよ」
「よかった」
定番の卵焼きに唐揚げ、ポテトサラダにタコのウィンナー入りナポリタン、とお握り。
確かに桃香の言う通り好物ばかりが入っていた、多分お握りの中身は鮭と海苔の佃煮。
「流石桃香、バッチリ把握している訳ね」
「いつ嫁に出しても恥ずかしくないよっ」
「……」
後ろから絵里奈と美春の声が聞こえて手が止まるものの。
「だって仕方ないじゃん」
「お天気がお天気だもの、ね?」
「……そうですね」
生憎の空模様と本日から昼の形式を変えたのもあってスタートに遅れて行き場を無くしてしまい……結局教室で桃香と机をくっ付けている隼人だった。
当然、背後には花梨と美春の机に固まっているいつもの面子が居る。
「箱だけでも思ったけど、すごいボリューム」
「午後の体育が楽しみだな、おい」
今度は通りがかりでーすと言いながら友也と勝利が付近を通過して行く。
「絶対に余らすなよ、果報者」
「隼人が残すわけないじゃないか」
「それもそうだな」
「……」
つまり、落ち着かない。
「お箸どうぞ」
「ありがとう」
ただ、ここで手をこまねくと妙に大物なところもある桃香が桃香の箸で隼人に料理を差し出しかねないためとりあえず手を動かす。
あと、時間が押しているのも本当のため……隼人一人ならどうとでもなるが、桃香は基本スローペースなのを多分誰よりも知っている。
「……!」
「はやくん?」
ナポリタンを口にして止まった隼人に桃香が首を傾げる。
「おいしく、なかった?」
「いやいや、全然そんなんじゃなくて……というか、凄く美味しい」
わー、と後ろから小さな拍手が送られてくるが無視しながら。
「ただ、ちょっと思い出したことがあって」
「?」
「桃香と、給食の時」
「あ」
卵焼きの次に、桃香もナポリタンに箸を伸ばす。
「わたし、遅いからいっつもはやくんに待ってもらったよね」
「それは全然いいんだけど」
「あと、こっそりわたしのピーマン、食べてくれたよね」
大分標準より細かめに切られた緑色を、今は大丈夫と主張するように笑った後口にする。
「……好物だから横取りしてたんだよ」
「そっか」
「そうだよ」
「でも、ありがと」
「ん……」
桃香とは逆順で今度は卵焼きを口にした隼人に、同じくらい甘めの笑顔が贈られてくる。
「あ、唐揚げもちょっと自信作なんだけど」
「よし、じゃあそっちも貰う」
「うん」
絶対にまだ食べ終わっていないだろうタイミングでどこからか「御馳走様」が聞こえてきたが……。
先ほどまでより全然気にならず、桃香の作ってくれた味に集中する。
ただ。
「やっぱりいつもよりペース遅いね」
「幸せ太りだな、こりゃ」
体育の時間、誠人に笑われ蓮には腹を突かれながら。
桃香への負担のことも勿論ながら明日からは加減するように申し出ようと心に決める隼人だった。